第4話 呪われた天使㉗
「――水牢嶽顎」
言葉の終わりと共に水の壁を這うように険しい山々が顕現。頂が徐々にサワンに近づくと思ったら止まった。
「……」
サクラの魔法により未だ拘束されている。
つかの間の静寂、そんなのは一瞬であり、破るのは魔法の使用者であるサクラ――。
両手を上下に、まるで獲物を嚙み殺す顎そのものだ。
そして、獲物を噛み殺すかのように、上下の手を容赦なく重ねる。
「――――――!!!!!!」
サクラの動きに連動するように、水中の山々がサワンに襲い掛かる。
未だ拘束が生きている状態であり、サワンは抜け出すことも出来ずにただただ迫りくるものを受け入れるしかなかった――。
「相変わらずえぐい技を使うもんだな……」
「ビリン……大丈夫?」
「ああ、問題ない」
サワンの一撃を受けたビリンだが、幸い楯の効果もあり無傷とまではいかないが、大したダメージに放っていなかった。せいぜい鎧が少し汚れた程度だろうか。
「それで、どうすんだよ」
「水牢嶽顎は、大きな一撃を与える魔法だけど同時に相手を閉じ込める役割もあるから……」
「水の牢屋……名前の通りか。さっきも言ったけど見た目はえぐいけど実際はどうなんだ?」
「見た目もえぐければ中身もえぐいよ……まあ、そのくらいしないと今のサワンは止まらないでしょ」
「確かにな……」
悪魔化したサワンを殺さない程度に抑えるのはハッキリ言って困難である。
だからこそサクラが下した決断は殺すつもりで相手をする。
これ以外にサワンを抑える術はないと判断した。
「そもそもエイジスのカウンターとかシュウラの技を受けてもピンピンとしてるんだから、これで終わるとは全然考えてない……ほら、来るよ――」
そう言ってサクラは聖剣を再度構える。
「ああああああああああああ!!!!!!!」
大音量の咆哮と共に、水の牢の内側から爆発離散するかのように閉じ込められていたサワンが姿を現す。
そして、当たりに飛び散った水の牢の魔力を自身の力ですべてを停止、すぐさま自身の体内へと吸収していった。
「まずくねぇか、あれ……」
「さすがに吸収されるのは予想外かも……グランですら吸収したのは悪魔因子だけだし……いや、それが出来るなら魔力の吸収も――」
「サクラ話はあとだ、来るぞ――」
自らの力を高めたサワンが、瞬時にサクラたちに襲い掛かり、激しい攻防戦が開始された――。
「はぁ…………はぁ……」
「……クソッ」
結論から言うと、半ば一方的……とまではいかないが、サワンの激しい攻撃の数々に加えてサクラの放った魔法の魔力を吸収したことにより守備力の面でも向上、圧倒的な力を手にした悪魔化したサワンに苦戦を強いられていた。
神器による弱体化も踏まえてのこの強さ……本気で殺しに行かなければならないといけなくなるくらいの相手に変貌。
以前のサクラならともかく、今のサクラに殺すという選択肢はない。
なぜならサワンという天使の女性は、父と母の仲間――親友でもあるから。
「ビリンは少し休んでて、僕が相手をするから――」
「……ああ、守備ならともかく今のサワンを相手にするならその守備を捨てた方がやりやすいだろうしな」
「ありがと――」
そう言い残して、サワンとの戦いに戻っていったサクラ。
「……あいつがありがとうとはな……天変地異でもおきるんじゃねーか……」
親しみを込めた若干の失礼な言葉を吐きつつ、ビリンはサクラを見送った。
「まあ、何もしないのは癪だから、後方支援くらいはしてやるさ――」
そう自分に発破をかけるように身体を起こして、反撃の準備を始める。
守備を捨てて、攻撃に徹するようにしたサクラの攻撃速度は先程と段違いだ。
それでもサクラの魔力を吸収し、パワーアップしたサワンとの差が縮まった訳ではない。
強烈な一撃は、サクラの体力を少しずつ削っていく。
ただ、聖剣と拳がぶつかるたびに、悪魔因子を少しずつではあるが吸収しているので、そういう意味ではサワンの力も削っていることになるわけだが……。
「……ッ」
(呪いが強いのか、悪魔因子と共鳴しているのかわからないけど重すぎる――!)
悪魔因子の吸収が間に合わないほどにサワンの力が増幅している様にも感じる。
だからと言ってここまでの悪魔因子の吸収量を上げたら、逆に飲まれてしまう可能性もある。
サクラも本気を出したいが、サワンを殺してしまいかねない。
今のサワンだったらその心配はないのかもしれないが……だが、やらねばこちらがやられてしまう。
嫌々ではあるが、決心したサクラは一度距離を置き、自身の身体にエンチャントを掛ける。
「――オールエンチャント――」
個々の力を上昇させる普段のエンチャントとは違い、すべての能力を上昇させるオールエンチャント。
均等に上昇させるということもあり、突出して上がっているという力はないが、要は先程のサクラよりわかりやすく強くなっているということだ。
再びサワンに攻撃を仕掛け、激しい攻防が繰り広げられる。
単純に能力が上昇したサクラの一撃は先程と違う。
一撃の度に土ぼこりが立ち、地面だけではなく、空でさえも抉れてしまうのではないかという斬撃の数々。
逆にサワンが防戦一方となりつつある。
それでもやっと互角になったというべきか。
だが、サクラにはとある違和感を感じていた。
(攻撃してこない訳じゃない、だけど明らかに防御寄りになってる……?)
サクラの攻撃力が増したからというのもあるのかもしれないが、それだけではないかもしれない。
そんな違和感を覚えたのは間違いではなく、すでに遅かったとサクラは後悔した。
「――ッ、手か……!?」
サクラはすぐさまそれを止めようとしたが、すでにサクラは閉じ込められていた。
「……水牢嶽顎、僕の魔法そのものか」
先程自身が目にしていた水の牢を今度は自身が閉じ込められることになった。
これはまさしくサクラの魔法である水牢嶽顎であり、これはサワンの魔力ではなくボクの魔力そのもの。
吸収したサクラの魔法を、そのままサクラに害を与える魔法として発動者に返した。
つまりサクラがこれから受ける攻撃は自分自身の魔法である。
「最悪だ……」
愚痴をこぼしている間にすでに水による険しい山々が形成されていた。
「――――――」
サワンの合図とともに山々が顎の如くサクラに襲い掛かる――。
「――ッ!」
水で形成された牢は、次第にその形を崩し、地面に流れ落ちて大きな水たまりへと形を変えた。
中心地に近づくとその水はほんのりとした血色を帯びており、一人の人物が倒れ込んでいるのも確認できる。
攻撃が迫りくる最中、獄風を発動させて水牢嶽顎を相殺しようと試みた。
結果的にある程度防ぐことは出来た……しかし全てではない。
ダメージ量は減らせたが、直撃したために身体のあちこちから多くはないが血が流れ始め今に至る。
うつ伏せになっているが、何とか起き上がろうと状態を起こそうとする。
そのサクラの目の前には、サワンが見下ろすように立ち尽くしていた。
「…………」
言葉は無い。
そもそも悪魔化して以降のサワンは、言語と呼ぶには程遠い叫びを発しているだけで、特に言葉という言葉を発していない。
悪魔というより獣……何を考えているかはわからないその眼差しだが、一つ言えるのは、間違いなく殺気だけが伝わってくるということ。
片方の手には禍々しい闇――呪いが集約していた。
間違いなくこの先に待ち受けているのはサクラの死という現実。
呪いが込められた手をサクラに向け、それを見つめるサクラ。
その瞳はまだ諦めていないようだった……諦められるわけがない。まだあの女の元に辿り着いてすらいないのだから――。
「……………」
言葉は無い。
呪いによる殺しの一撃が無情にも放たれる。
サクラはそれを防ごうと魔法を発動しようとするが、水牢嶽顎によるダメージの影響か、魔法を上手く発動させることが出来なかった。
そうこうしているうちに呪いがサクラの目の前まで来ていた。
…………終わった――。




