夢の中の警告
神というのは神様ポイントを与える以外の方法で人間の人生に干渉してはいけないことになっている。しかし、宮司などの神職者に限り、御上の許可が下りれば物理的な干渉が認められている。
茶々丸は早速御上へと出向き、宮司斉藤を懲らしめるべく申請書を提出したが、「まぁ、気持ちは分かりますけど、もう少し様子を見てみてはどうですか? いきなり物理介入ってのは・・・・・・ねぇ。せめて警告してからでも遅くはないかと」と窓口担当者の反応は冷ややかだったという。
1時間粘るも結局許可が下りなかったことに憤慨した茶々丸は神社に戻ってくるなり、「これだから役所の神は嫌なんだ、頭が固すぎる」と召喚したサンドバックを力いっぱい殴り始めた。御機嫌斜めな時はこちらからは話しかけないのが一番なので、俺は静観を決め込むことにした。暫くすると気が晴れたのか、サンドバックを消し、「仕方ない、役所の言う通りまずは警告から始めるか」と呟いた。
神は人間の前に姿を現すことはできない。しかし、夢の中であれば問題ないらしい。夢の中は現実と非現実の狭間である為、神と人間との接触が許されているのだという。もちろん、これにも御上の許可がいる。つまり、対象者への警告は、夢の中で行われることになる。
再度御上へ出かけた茶々丸、今度はものの数分で神社へ戻ってきた。どうやら夢の中への出演権に関してはすぐに許可が下りたようだ。それにしても、夢の中で警告したところで、果たして現実世界で行動を改めるという結果に繋がるのだろうか。
茶々丸曰く、警告の効果は半々だという。「これではいけない」と悔い改める者もいれば、「所詮夢だ」と何も変わらない者もいるという。宮司斉藤は間違いなく後者の部類だろうが、御上の連中からしたらその過程を踏まねば物理干渉の許可は出せないのだろう。
「早速今日行くぞ」と息巻く茶々丸。どうやら俺も同伴せねばならないようだ。正直面倒だ、宮司斉藤が早く寝ることを祈るばかりである。
願いも虚しく宮司斉藤は夜型だった。時刻は深夜1時を回ったというのに、まだ布団に入っていないらしい。茶々丸は苛立っている。それはそうだろう、特に寝る必要もないのに普段は9時には必ず寝ているのだから。
ようやく夢へのダイブが可能となったのはそれから更に1時間が経過した頃だった。茶々丸の呪文と共に体の周りが光に包まれた。瞬間移動の際にかかる重力も、最早慣れっこである。ワープゾーンのような空間を経て、宮司斉藤の頭の中に入る。一瞬彼のこれまでの記憶が走馬灯のように俺の頭の中に流れた。瞬間移動は何度も経験しているが、これはいままでにない経験だった。
足の裏に感触を覚えた。どうやら夢の中に到着したらしい、ゆっくりと目を開ける。場所は客船のデッキだろうか。真っ白な海の上を航行している。空は薄いピンク色、煌めく星々はよーく見るとダイヤモンドやルビー、サファイアだ。
デッキの上を移動する。いわゆる大型客船というやつらしく、端から端まで移動するだけでもかなりの時間がかかるだろう。中世ヨーロッパの貴族のような格好をした連中が、老若男女問わずあちこちで高笑いをしている。すぐ横を俺と茶々丸が通っても、まるで見向きもしない。
暫く歩くと目の前に神輿を担いでいる男達が現れた。神輿の上には豪華な椅子が設置してある。その椅子の上には右手に石原裕次郎ばりの大きなワイングラスを持った偉そうな男が足を組んで座っている。間違いない、宮司斉藤である。
神輿の傍らにはスーツ姿の複数の美女が立っている。内一人の美女が斉藤に向かってシャンパンを差し出す。斉藤はそれを神輿の上から受け取り、ポンッとコルクを飛ばす。すると瓶の中から虹色のシャワーが吹き出し、美女達に降り注ぐ。シャワーを浴びた途端彼女等は一転水着姿になり、斉藤はそれを見て微笑んでいる。
個人が見る夢の内容など脈絡のない奇想天外なものが殆どだろうが、こいつの夢は中でも異質なのではないかと思う。深層心理が反映されているのだとしたら、宮司として以前にまず人間としてどこかに欠陥があるのではないだろうか。
流石の茶々丸もここに来てからというもの開いた口が塞がらないようで、積極的に発言しようとはしていない。今も斉藤と美女が繰り広げる奇天烈な光景をただ見つめている。
とはいえこのままこの奇妙な夢を見続けるのも精神衛生上良くないと思ったのだろう、「おい、斉藤、何やってるんだ」と茶々丸が重い口を開いた。
「何だい君達は? 見ない顔だね? 僕に何の用だい?」
斉藤はこちらを一瞥して答える。犬が二足歩行で、しかも喋っていることに関してはノーリアクションである。普段からこんな夢ばかり見ているこいつにしてみたら、この程度のことは些末なことに過ぎないのだろう。
「私は犬守神社の神、茶々丸だ。こいつは見習いの六郎」
「犬守神社? あぁ、僕が管理しているあの神社か。それで? あそこの神社の神様と、その見習いさんが何のようだい? 」
神輿の上からなので文字通り上からなのだが、話し方まで上から目線なのでいちいち腹が立つ。こいつには何を言っても無駄だろうと確信した。
「最近お前がたるんでいるから注意しにきたんだ。宮司としてまるでなっとらん! うちの掃除なんてもうかれこれ2ヵ月はやってないだろ! 」
「だってあの神社僕が掃除しに行かなくても何故かいつも綺麗じゃん、やる必要なくない? 」
それは毎日俺がやってるからだと伝えると、「それが見習い君の仕事なら、仕方なくない?」ときた。許されるならば神輿の上から引きずりおろしてぶん殴ってやりたい。
「これは警告だぞ斉藤。この警告をもって行動を改めなければ、我々神々は実力行使に出ざるを得なくなる! それが嫌なら、明日1日をかけてお前が管理する5つの神社全てを掃除しろ」
「駄目だよ明日は大学レディーとデートなんだ」
確かこいつは既婚者じゃなかっただろうか。よく見てみると、現実世界では確かに左薬指にはめている結婚指輪が無くなっている。どうやら結婚しているという自覚は殆どないらしい。
「だいたい急に人の夢に勝手に出てきて何なんだい君達。神様だか何だかしらないけど、そんな見た目が犬の奴に偉そうに命令なんてされたくないもんだね。ここは僕の夢の中だから、君達を追い出すことくらいわけないんだよ? 10数える内に消えないと、強制退場だ。じゃあいくよ、10・・・・・・9」
「か、神にむかって何て無礼な奴だ! 強制退場だと? や、やれるもんならやってみろ」
確かにここは宮司斉藤の夢の中とはいえ、茶々丸は神様だ。強制退場などということはきっと無理なのだろう。怒りを買うだけだというのに、マヌケな奴だ。
「いや、無理じゃない。正直夢の中では夢を見ている奴には何をしても勝てぬ」
何ということだろう。普段人知を超えた力を見せる茶々丸でも、この空間では何もできないのだという。
「4・・・・・・3・・・・・・2」
「いいか斉藤、チャンスは明日だけだ! 明日5社の掃除をすれば見逃してやる、もしそれをしなかったら」
「ゼロ」
宮司斉藤がゼロと言った瞬間俺と茶々丸は夢の中から弾き出された。あの薄気味悪い空間から抜け出せたことは大いに喜ばしいことだが、追い出されたというのが気に食わない。それは茶々丸も同じ思いなようで、「おのれ斉藤」と昨日よりも一段と低い声で唸っている。
「六郎、ちゃんと録画していただろうな? 」
警告をしたという証明を御上に提出する為、夢の中に侵入した段階から俺はカメラを回していた。事前に茶々丸から渡されたものだ。録画内容を確認すると、宮司斉藤の見事なまでのダメっぷりがしっかりとおさめられていた。
「これなら御上の連中も首を縦に振るだろう。それにしても、何て不快な夜なんだ」
全くの同意である。確かにあの男は懲らしめてやらねばならないと強く思った。




