初仕事
神様スコープを使って人々を観察すること5時間超、未だ誰にもポイントを与えることができていない。点数と備考欄が見えることが、逆に俺の判断力と決断力を鈍らせていた。
「しかし優柔不断な奴だなお前は」
既に飽きたとみられる茶々丸はパラソルを広げ、その下にリクライニングチャアを置き横になっている。パラソルの下だというのに何故かサングラスをかけ、右手には南国のリゾート地で見るようなフルーツジュースを持っている。ここが駅前だということを分かっているのだろうか。
単純に現在の点数の高い奴をみつければ良いのだろうが、残念なことに天国行きのボーダーラインとなっている60点を超える者は今の所一人も見当たらなかった。
「神に求められるのは即断即決力だ、いつまでもウインドウショッピングを続けてどうする」
その即断即決のお陰でうちの神社のポイント運用状況は厳しくなっているのではないか。とはいえ、確かにここまで時間をかけて何も行動を起こせていないのは優柔不断と言われても仕方がない。まずはポイントを与えないことには結果が出ない。仮に失敗しようが勉強代だと思ってやるしかないだろう。考えすぎず、数値や備考欄に囚われすぎずに直感を生かす。
母親に手を引かれながら歩く幼稚園児がみえる。まだ善悪の区別がつく前の子供ということで、点数は100のままだ。泣きながら母親に、「何で買ってくれないのよぉ」と訴えている。どうやら何か買いたい物があったが、母親に駄目と言われたらしい。あの年代の子を持つ親からしたら、あるあるといえる光景だろう。娘の絢子もそうだった。
「買ってやればいいのになぁ、3000円くらいなんだし」
茶々丸にはあの幼稚園児が買ってもらいたがってる物が何かも分かるらしい。3000円くらいと言うが、子供のおもちゃにおける3000円はなかなか高額だ。要求する度に買ってやっていたら家の経済がもたないし、何より教育上良くない。
「そういうもんかねぇ。人間だった頃なんてもう50年以上も前の話だから、もうその辺の感覚は忘れたな」
ふと急に娘のことを思い出した。あれから10年、元気にしているだろうか。孫娘の良子はもう13になるのか。13ということは中学生か、早いものだ。
感慨に耽っている内に親子の姿がどんどん遠ざかっていく。母親の方の点数は41点、備考欄には近々の善行と悪行が記載してあるが、どちらも特筆するようなものはない。初めてのポイントはこの親子にしようと思った。点数やポイント等関係なく、何となくあげたいと思ったからだ。
「おっ、ようやく決まったのか。そしたら手の平を上にして、与えたいポイントを考えながらワンクルって唱えてみろ」
またあのマヌケな呪文か。聞けばこの呪文は茶々丸オリジナルらしく、唱える内容は神々によって違うらしい。
「はよせんとあの親子見えなくなってしまうぞ」
両手の平を上にし、恥を忍んでワンクルと唱える。すると野球ボール程の大きさの青い光の球が2つ、手の平の上に出現した。暖かみがあり、どこか心地良い。
「それをあの親子に向けて投げてみろ。もちろんトルネード投法でだぞ。心配しなくても、投げれば後は勝手に自動であの親子のところに飛んでってくれる」
トルネード投法。確か往年の名投手がやっていた独特の投げ方だ。順序立ててやれば俺にだってできるはずだ。両手を高く上げ大きく振りかぶり、左足を上げたと同時に上半身を後方にくねらせる。しかしその瞬間、軸足が揺れバランスを崩してしまいその場に尻もちをついてしまった。
「プーップップ、運動神経ないなぁお前」
失敗したと思ったが、2つの球は俺の手を離れ無事あの親子に向かって飛んでいってくれたようだ。茶々丸はまだ笑っている。そもそも本当にトルネード投法で投げる必要はあったのだろうか。
「あるわけないだろ、投げ方なんて何だっていいんだ」
どうやら俺が転ぶところを見たかっただけらしいこの犬は、パラソルとリクライニングチェアをしまい今度はマッサージチェアを出している。
「5ポイントずつ与えたのか。人選もポイントの数もまぁ無難なところだな」
俺が与えた神様ポイントが、あの親子にどのような幸福をもたらし、その幸福によってどのような変化をもたらすのだろうか。良い変化をもたらせば運用成功。悪い変化をもたらせば運用失敗。神見習いとしての初めての仕事、損得勘定など抜きに、良い方向に進んでほしいと心から思った。
太陽は既に沈みかけており、周囲の日は陰り始めている。他の神々の姿は殆どなく、未だに残っているのは俺達を含め数人程だった。「おーい」と初老の男性がこちらに手を上げながら向かってくる。茶々丸が言っていた近所の神社のハゲた神様だ。
「茶々さん来てたなら声をかけてくれればいいのに、いつからいたんですか? 」
「午前中からずーっと同じ場所にいたぞ。お前は相変わらず視野が狭いな。ところで、良い人間は見つかったのか?」
「私は朝から来てたんですがね、いやー結局今日も誰も選ぶことができませんでしたよ。どうもこういうところに来ると悩んじゃって駄目ですね」
聞けば犬守神社から徒歩20分程のところにある光頭神社というところの神様ということだ。名前は山田というらしい。頭部は毎日剃っているのかというくらいつるっつるであり、茶々丸はハゲだハゲだと言っているが、スキンヘッドと言った方が正しいだろう。
「いえね、地域の人からは光頭じゃなくて、ひかりあたま神社だなんて言われるもんですから、私もこうやって自主的に頭を剃ってるわけですよ」
「嘘つけ、お前のはただのハゲだろ。ん、王手!」
「いやー、参りました。相変わらずお強いですな茶々さんは」
いつの間に出したのか2人は将棋盤を挟んで向かい合うようにして座っている。何度も言うが、ここが駅前、しかも屋外だということを理解しているのだろうか。
「では私はこの辺で失礼します。茶々さんと見習いの方も、どうか風邪などお引きにならないよう御自愛ください」
どうやら山田氏はまだポイント付与の候補者探しを続けるつもりらしく、帰路を目指す人の流れに交じるようにして駅構内へと向かって歩き出した。
「あの男はな、自分の神社に来る参拝者全員にポイントを与えてしまう程のお人好しなんだ。そんなんだから運用状況はもちろんマイナス。これじゃいかんぞと御上に注意されて、特別に許可をもらって毎日出張に出ているんだ。ところが外に出ると今度は逆に誰にポイントを与えて良いか迷ってしまい、連日誰にも何もできないでいるというわけだ。面白くて良い奴なんだが、このままだとと神見習いに格下げされるかもしれんな」
話を聞く限りお人好しというよりは単純に優しい人なのだろう。しかし、よくそんな性格でチャレンジを合格して神になれたなと思う。
「コマさんも心配するし我々もそろそろ帰るとするか。六郎、今日の夕食は何だ?」
何がいいだろうと考える。何だかんだで今日は茶々丸に世話になったので、食べたい物を作ってやろうと思う。あの親子が向かった先に目をやる。もちろんもう姿はない。良い方へと進めばいいなと思いながら、俺は神社へと戻った。




