這い上がるもの
とある森の奥深く、真円に開けた場所があった。
真円の中は草花の一本も生えず、中心を除き白い土で覆われている。
中心の土は黒く、少し盛り上がっている。
そのすぐ近くには、墓標のように一本の剣が突き立っている。
真円が月の光で満ちる。
それはまるで月の祝福を受けているかのようだった。
剣の柄が月光を反射したのか、黄金色の光があたりを照らす。
光を受けて、木々に隠れ様子をうかがっていた動物たちが一斉に逃げ出した。
月が雲に隠れ、あたりが闇に閉ざされていく。
完全に隠れる直前、黒い土に動きが見えた。
何者かが土の中から這い出てきたようだ。
それは雲の隙間からこぼれる月光を受け、人型の形を見せる。
しばらくその場に立ち尽くしていたそれは、唐突に意思の光をその目に宿し、空を見上げる。
それを見越したように雲が割れ、月がその顔をのぞかせた。
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(ああ、月がきれいだ)
そんなことを思ったのなんかいつぶりだったろうか。
そう考えて、ふと気づく。
何も思い出せないことに。
自分が何者かも、何をしていたのかも。
けれどこうやってゆっくりと月を眺めるのは、久しぶりな気がする。
思考の海に沈んでいると、目の端で何かがきらりと光った。
そちらに目を向けると、一本の剣が突き刺さっている。
その剣に見覚えはないはずなのに、自分の剣である確信がある。
・・・とりあえず抜くか。
剣に近づき、柄を握る。
手によくなじむことから、やはり自分のものであったことがわかる。
と同時に、信じられないものを目にしてしまった。
剣の柄を握っていたのは、肉どころか皮すらないむき出しの骨だった。
(な、なんじゃこりゃーーーーー!!??)
思わず手を放し、手のひらから腕、胸、下半身へと目を滑らせる。
・・・どこを見ても骨しかなかった。
肉と皮はもちろん、衣類すらもなかった。
その事実に愕然としたことに疑問を抱く。
なぜ俺は今、これは本来の姿でないと思ったんだ?
だったら本当の姿?は何だったんだろう。
どれほどの時間を立ち尽くしていただろう。
気づけば月は再び雲に隠れ、あたりは闇が支配していた。
その中で二つの光が俺を見ていた。
「何の光だ?」
自分が言葉を呟けたことに軽く驚きながらも、光からは目をそらさない。
右手は知らず知らずのうちに、あの剣を握っている。
この骨の体は夜目が効くのか、光が近づくにつれその全貌が見えてくる。
闇夜に紛れる漆黒の体は、四つ足にもかかわらず自分よりも大きい。
二つの瞳はギラギラと光を放っている。
俺が見ていたのはこれだろう。
そして、額には白銀色の毛が三日月型に生えている。
ルーベアーと呼ばれる、月の神の加護を得た魔獣だ。
知識は思い出せるのに、記憶は思い出せないな。
そう考えながら剣を構えたその時、何かの映像が脳内を駆け巡った。
目の前には、自分が対峙していたよりも一回り大きいルーベアーがいる。
周りには、黒いローブと幅広の帽子をかぶった人間の女。
黄金の全身鎧をまとった騎士風の男。
武道着のようなものを着ている禿げ頭の男。
その三人がルーベアーを囲う様に立っている。
ルーベアーと対峙している者の視線なのか、どういった格好なのかわからないが、自分の剣とほぼ同じものを握っている手が見える。
映像の中のルーベアーが走り出す。
と同時に映像が切れた感覚がして現実へと戻ってくる。
気づくと、目の前のルーベアーが映像と同じ様にこちらに向かって走り出したところだった。
ただの突進にしても、あの巨体から繰り出されるそれはかなりの威力を持つはずだ。
横っ飛びに回避し、すぐさま向き合う。
ルーベアーも回避されたとみるや、突進をやめこちらに向き直る。
そこで一度静寂が訪れる。
どうしたものかな。
先ほどの映像はきっと自分の過去の記憶だろう。
つまり、自分は一度この個体よりも大きなルーベアーと戦っている。
勝ち負けはわからないが、その時は仲間がいた。
であれば、今の状態で勝てるとは思えない。
逃げるか。
そうと決まればさっそく行動しよう。
俺は右手を突き出し、目を閉じる。
「光よ爆ぜろ!フラッシュ!」
魔力を手に集め、破裂する光をイメージしながら魔力を拡散させる。
すると、ギャオオといううめき声が聞こえる。
目をつぶっていたから確認はできていないが、確かに魔法は発動できたらしい。
俺はすぐさま身を翻し、その場を離れた。




