コの港
カタカナのコの字をした波止場についた。
―久しぶりの故郷だ。みんな元気かな?
この町に二つだけ突き出た港。
この男は、住んでるところを出て、
親のいる実家に帰ろうとしている。
―さぁ、行こう。
そして男は、帰るために歩きだした。
時刻は午前二時、真夜中の町。
明かりは街灯のみで辺りに人の気配は無かった。
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しばらく歩いていると、
一画だけ明かりの着いている建物があった。
よく見ると工場のようだ。
何を造っているかは分からない。
作業中とは思えないほど静かだった。
工場の前には人影があった。
―休憩中かな?
そんなことを考えながら、通り過ぎようとした。
そしたら、人影の一つが声をかけてきた。
「こんばんは青年、こら、スルーしようとするな。」
と言って四十代のおっさんは、俺の腕を掴んだ。
掴む力は緩かったが、その奥にはとても力があることが分かった。
おっさんはやさしい笑みを浮かべている。
―悪気は・・ないんだよなぁ。力の掛け方もやさしいし。
しかし、おっさんは強面だったため、その笑みは何かを企んだ悪人のようでもあ
った。
「・・・・なんですか?」
―こっちは他のことで頭いっぱいなんだってのに・・。
「いやなんだ、こんな時間に一人で歩いてるから、泊まるとこが無くて困ってる
んじゃないかと思ってな。」
「そうではないです。今帰省しにきたんです。」
「そうか。こんな時期に帰省か、ずいぶん不定期な休暇だな。まぁいい、じゃあ
な青年。」
「はい。気を遣っていただいてありがとうございます。」
そう言って、男はまた歩きだした。
―さっきのやつは人攫いか?
と思いながら。
男は明るい一画から逃げるように歩いていった。
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―どういうことだ?
男は絶句した。
今男は門の前にいる。
実家だったはずの門の前だ。
家は様変わりしていて、表札の名字が変わっていた。
―つまり、引っ越したのか?
そんな手紙は来たことなかったし、メールもなかった。
―俺たちには知らされなかった?そうゆうことか。
そう男は思った。
つまりは、これは帰ってくるな。と言う意思表示なのだ。
書類では繋がっているが、ほぼ絶縁となったわけである。
両親に怒りを覚えながら、帰ることにした。
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「よぅ青年。帰ったんじゃなかったのか。」
工場の前に、まだおっさんがいた。
「帰ってくるなと、追い返されました。」
若干誇張だが、簡潔にするためにそう答えた。
「でも来たとこには帰りたくない。そうだろ?」
「・・・何でそう思うんですか。」
―このおっさんは理由を知ってるのか?
「こんな中途半端な時期の帰省だからな。向こうで嫌なことがあって家出したん
じゃないかと思ってな。」
―すごい洞察力だな。
そう思って改めておっさんを見る。
笑顔のおっさんは、強面にも関わらず。
やさしい印象を与えた。
「何があったんだ?話してみろよ。」
こんなことを赤の他人に言われても、普通は話さないだろうなと思ったが、笑顔
のおっさんはなぜか信用できる気がした。
「ついでに泊まるか?」
だからこそ、迷惑かけたくないとも思った。
―でも、話ぐらいは聞いてもらおう。
そうしないと。自分がパンクしてしまいそうだったから。
「それは遠慮します。」
「まぁ普通はそうだよな。『それは』ってことは、話しはしてくれるってことだ
よな?」
「はい。良ければさせてください。」
「よし分かった。」
そういって、おっさんはどこからともなくもう一つ腰掛けを持ってきて、座るよ
う促した。
すわって、落ち着いたところで、男は語りだした。
「僕は三人で暮らしていたんです。兄と姉と僕。結構仲良く暮らせていました。
」
「喧嘩したのか?」
「そうです。理由を聞きますか?」
「なんだ?」
「兄と姉がね、結婚するって言ったんですよ。
兄と姉は血が繋がってない。
二人とも連れ子だったんです。
その後に僕が生まれて、僕は二人共と繋がっているんです。」
「複雑だな。」
「そうですね。つづけますよ?」
「・・・・いいぞ。」
「僕は反対したんです。あんた達兄妹だろって。
素直に応援できなかったから。
そしたら喧嘩になったんです。
それで家を飛び出して帰ろうとしたんです。」
「そして追い返されたと。」
「えぇ。元々不仲でしたからね。それが三人で暮らしてた理由でもあったんです
。」
「不仲だったらなぜ家に帰った?」
「甘い考えでした。仲は悪くても親ですからね。なんとかなると思ったんです。
まさか追い返されるとは思ってなかったので。」
「なぜそこまでして・・・」
「孤独って奴がね。怖かったんです。誰でもいい、縋りたかったんです。そんな
心から、素直に賛成できませんでした。」
「・・・・。」
「僕は二人の幸せよりも自分の幸せを選んだんです。最低だなって思ってます。
でも怖いんです。独りになるのが。」
最後は顔面蒼白の状態で、男は語り終えた。
重苦しい沈黙のなか、おっさんは口を開いた。
「他に知り合いはいないのか?」
「・・・・学校の友人とかならいますよ。」
「そいつらだけじゃぁダメなのか?」
「はい。我が儘なのは分かっているんですが。二人がいなくなると代えがいない
っていうか、なんか他の人と違うんです。」
「結婚するといなくなるのか?」
「はい・・・?」
「さっき二人がいなくなるとって言ったからな。」
「そう言うわけじゃあないです。頼る相手がってことです。」
「頼っても良いんじゃないか?」
「えっ?」
「そりゃぁ結婚してすぐはさすがにやめたほうが良いと思うが、少し間を置けば
俺は問題ないと思うぞ」
「・・・そうですか?」
「あぁ。だって結婚は二人の話だ。おまえが近づくなってわけじゃないだろ、お
まえの関係は、ちっとも変わってないんだよ。
いつまでたっても変わらない絆ってのは少ないけど必ずあるもんなんだよ。」
「・・・そう・・ですね。おじさんありがとうございました。」
「帰るのか?」
「はい。もう悩みも無くなりましたから。」
そういって清々しい気分の男は、かおを綻ばせながら、港へ向かった。
港について、さらに顔を綻ばせた。
そして船を待っている間、潮風に当たりながら帰ってからのことを思案していた
。
―まず謝ろう。ごめんなさいって。そして祝福して、応援してあげよう。
船が来た・・・反対側の波止場に。
「やっべ!!」
思わず叫んで、荷物を持って疾走した。
その顔は必至ながらも楽しげで、走り方も軽やかだった。
朝日は、男の行く手を照らしてくれていた。
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