第一章 episode 02
side Ruta
皆が自分たちのことについて思い悩んでいる中、大人たちが研究所内に1人もいなくなるということが起こった。皆で行ける限りのいろいろな所を探したが見つからない。
こんなにいいチャンスはもうないんじゃないかと思った。俺たちが何者なのかを知ることができるのは、普段から「ほかの部屋に勝手に入るな」と言い続けていた大人たちがいない間しかないんじゃないか。そうだ。今しかない。今なら勝手に部屋に入っても誰にも怒られない。
「大人がいない間に、この研究所の中を探検してみないか?」
俺は皆にそう言った。
それから計画が進むのは早かった。皆はこの提案に乗ってくれて、「潜入作戦みたいに周りを見張りながら進もうか」「部屋に入る班と見張る班に別れようか」なんていう話をしているうちに計画を実行する日がやってきた。
周りを警戒しつつ、廊下を進む。とりあえず最初に目指したのは俺たちの部屋からいちばん近くにある大人が使っていた部屋。ルミ、ケイ、ハール、マキが部屋に入り、残りのサーニー、ソルム、そして俺が外を見張る。部屋に鍵はかかっておらず、思ったよりすんなりと入ることができた。
しばらく待っていると、ルミたちが慌てて部屋から出てきた。何かが書かれた紙の束を手に持っている。
「皆!これを見て!!」
自分たちが秘密の作戦を実行しているのも忘れたかのように大声でそんなことを言うので驚いて、何を見つけたのかと全員で集まって紙に書かれた内容を読んだ。
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✕✕✕✕年〇月△日
私が生まれた時には、地球上の人間はすでに1つの町に収まるほど数を減らしていた。残された人々も数年前から流行している感染症に倒れたり、世界中の人口が減ったことで住処を広げた野生動物に襲われたりして次々といなくなっていった。この町にも野生動物が山から降りてくるようになり、畑を荒らされるようになったために十分な食料が町の全員に行き渡らなくなってきた。もう私たちは限界だった。おそらく私の世代が最後の人類になるのだろう。
✕✕✕✕年頃から町に残った人間全員の知恵を集めて、私たち人類の姿を地球上に残せないか必死に試した。研究を続ける間にどんどん人は減っていき、皆焦りを隠せずにいた。
30年ほど研究を続けた頃、その時に残っていた数十人のうち1人がいなくなった。その命が終わった時、研究所にあった計測機器がエネルギー体の存在を捉えた。それはすぐに空気中に散ってしまったが、その直後から空気の流れに違和感を感じた。この部屋には窓はない。ドアも閉まっているし、使える電気の量も限られているので空調の類もつけていなかったが、部屋の中に風が吹いた。体が包み込まれるような感覚。空気が自分の意思で動いているような気がした。他のメンバーも空気の動きを感じたようで、もしかしたらこのエネルギー体を使うことによって空気や物質に意思を持たせることができるのではないかという仮説がたてられた。
その時から、誰かがいなくなってしまうのと引き換えに同じようなエネルギー体が現れるようになった。私たちは急いでエネルギー体を凝縮して固体の状態で保存できるようにするための装置を作った。そして私たちの残りが6人になった時に現れたエネルギー体を凝縮して白く光る固体の状態にすることに成功した。これを空気中に取り出した時、部屋の空気が固体を核として集まり始めた。急に気圧が下がる。慌ててドアを開けて部屋の中を振り返ると、そこには人間の子どもの姿をして未だ目を覚まさない何かがあった。
ついにやった。私たちは泣きながら喜んだ。これで人の姿を残すことができる。私たちは、人の形をした「それ」を、人類の姿の記録という意味を込めて「ルジストル」と呼ぶことにした。その日の夜、私たちは遅くまで語り合って最初の一体の名前を決めた。
それから、研究所のメンバーは自分が死ぬ時にルジストルを生み出してほしいと遺言を残した。ある者は自分の体に例の光る固体を当ててどうなるか試してほしいと遺書を書いた。
空気から生まれたのがルミとサーニー
水から生まれたのがケイ
紙から生まれたのがルタ
遺書を書いた人の髪から生まれたのがハール
そして私がとうとう1人になった時、研究所のコンクリートの床から生まれたのがソルムだった。
私たちは皆年老いてしまい、彼らの体が何でできているのか、この先どのように体が変化するのかなどを満足に調べることができなかった。しかし彼らはこれまで病気になることもなく、体は大きくはなるが少なくとも人間と同じ速度で年をとるということはないように見えた。不安は残るが、しばらくの間は大丈夫だということに賭けるしかない。
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これがあなた達が最初に生まれた時の記録。
あなた達がこれを読んでいる時、私はもうこの世にいないだろう。
私たちに寿命があることも何も知らせないまま急にいなくなって申し訳ないと思っている。でももう私には時間がない。
なぜ人の姿で生まれることができたのか、食事をすると体が成長するのはなぜか、体は何で構成されているのか…など、あなた達に関することではっきりとは分からないことが多く残ってしまったが、せめてあなたたちが仲間を増やそうとした時にこの記録が何か手がかりになればいいと思っている。
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その場にいる全員が衝撃を受けた。
もう研究所の中だけでなく、外にも誰も残っていないこと。
自分たちは大人たちの命と引き換えに生まれてきたこと。
うすうす気づいてはいたが、自分たちが人間ではないこと。
そして自分たちだけでどうにか生きていかなくてはならなくなったこと。
突然に多くの事実を突きつけられ、しばらくの間言葉が出なかった。何も考えられないまま自分たちの部屋に戻り、全員の気持ちが落ち着くのを待った。
それから何度夜を明かしただろうか。
未だに気持ちが混乱したままのような表情のルミが「とりあえず食べるものを探そうよ。」と言ったのをきっかけに、もう一度研究所内を回って食べられるものを探すことになった。