98.それは困る!
目覚めると、既に朝とは言えないくらいの時間になっていたらしい。窓から差し込む光を、肌に強く感じてからの覚醒だったもので。
結局自分の中では王太子もどきーークモ使いダーに対する攻略の糸口を見出せず、なかなか寝付けないまま明け方近くにうとうとし始めた結果がこれだ。
「あーあ、ダッルぅいっ。なーんか中途半端な時間に起きちゃったかなぁ。今日急ぎでやることもないし……二度寝するかなぁ」
ベッドで大きく腕を広げて伸びをしながら呟けば、間髪入れずに頭の斜め後ろから聞き覚えのある声が降ってくる。
「なんだ、聞いていた報告とずいぶん違うようだが? ナイフの使い方をヒューズ教わっていると聞いたぞ。もう止めてしまったのか?」
びっくりが半分、嬉しさが半分で振り返ってみると、私の想像していた人物はおらず、代わりにラッセルの使い魔である三つ目のカラスが、口をパクパクさせて喋っている。
「なんだ、帰ってきたのかと思ったのに。目が開いてるから私が見えてるわけ?」
「そうだ。君の寝起きの顔もなかなか見応えがあったぞ? このような楽しみ方があったとは知らなかった。これから毎日の日課にしても悪くないかもな」
悪戯な声の響きに、思わず胸の前に上掛けを手繰り寄せ、恥ずかしさのあまり赤くなる。
「ちょおっとおっ。乙女の寝姿を覗くなんて悪趣味なこと、絶対やんないでよねっ!」
言ってから気がついた。乙女って何だ? 自分のこと乙女って。私はいつから乙女になったんだ? むしろオッサンの方がしっくりくるだろが。
お笑いのテレビ見て、親父ギャグ連呼する乙女がどこにいる……はーい、ここでーす。
うん、虚しい。バカか、私は。
恥ずかしいを通り越して、なんだか切なくなって、再びベッドに倒れ込んでしまった。
「お、おい、沙羅。悪かった。少し悪ふざけが過ぎたようだ、改めよう。気分が悪くなったのなら誰かを呼びなさい」
「ううん、大丈夫。自分なりに考えた結果だから、気にしないで」
思いのほかラッセルが焦ったみたい。ちょっとレアな声のトーンに、この場にラッセル本人がいなかったことが悔やまれる。慌ててあたふたしているラッセルを見られないのが、非常に残念だ。いつかそんなヤツの顔を拝んでやる。
とりあえず、寝起きドッキリは今回限りってことにしてくれたようだ。乙女問題はどっかに蹴飛ばして、きっちりと忘れてもらおう。
「でもどうしたの? 急に使い魔なんて。今までなかったわよね」
「ああ、君に伝えておこうと思ったことがあって。それよりも私が不在の間、二度も襲撃を受けたと聞くが」
ラッセルの声が心配そうに響いてくるので、安心させるように明るく返事をする。
「ああ、私は平気。ただ……レイニーさんがかなり深い傷を負って。目がね、あんまり見えないっていうの。そうだ、ラッセル? アンタが帰ってきたら、治せないかな」
「専門の治癒師が数人がかりで治療にあたったと聞く。頭や首の大きな神経を傷つけてしばらく放置していたのなら、回復はかなりの時間がかかるな。治らないことはないが……正直、厳しい」
ラッセルほどの魔術師ならば何とかなるかと思ったのだが、それほど現実は甘くないということだろうか。色よい返事を聞けなかったことに、思わず深いため息が溢れる。
しかしラッセルは私の心配に反して、あまり深刻な事態にはなっていないとでも言うような口ぶりで、補足した。
「レイニーにはロイズが付いている。彼らはよいパートナー同士になるだろう。いや、今までもそうであったように、これからはそれ以上の繋がりになれると思うぞ? 問題ない」
「そっか、ならお二人とアンタを信じる」
短く返した言葉が自分でも確実な安心材料となり、モヤモヤとした不安がひとつ解消された。
「国境は落ち着きを取り戻しつつあるが、火種が消えたとは言い難い状況だ。なるべく早く調停に持ち込んで収束させる方向に向けているのだが……もう少し時間が必要だな」
「そう……」
ひとつ不安が消えると、またひとつ別の不安、いや、むしろ不満とも言えるべきものが頭をもたげる。
ーーラッセルに会いたい、側に居たいーー
口をついて出そうになる言葉をグッと堪えて、無理やり笑う。
「どうした、寂しくなったのか? 先ほどの元気が消えているが?」
「な、んでもない。元気だし、寂しくないっ」
「そうか? 私は君がいないと寂しいと思ったぞ?」
「え?」
うそ……この人から寂しいなんて言葉が出るなんて……
意外過ぎて頭がついていかない。
呆然として固まっていると、さらにびっくりな言葉が飛び出した。
「いろいろ考えた結果、一旦王都に戻って王に現状を報告がてら、君を国境まで連れて行くことにした」
「はあ?」
いや、嬉しいよ? 嬉しいけどさ、それってアンタのワガママじゃん?
いいのかそれで。仕事にプライベート持ち込んでますよー。
「副官や周りの部下からも、現状維持はしておくので私に一旦戻るようにと進言された。巡回に来たコークスとも話す機会があったのだが……私の任務を早く終わらせるには君をこちらへ呼んだ方が効率的だと言われたのでな」
「あは、あは、は……」
ラッセルの話から察するに、ヤツは煙たがられる存在とみた。彼を一旦王都へ追い払って、私に会わせてご機嫌をとる風に根回しでもしたんだろう。さすがだぜ、ラッセルの部下。何気に優秀な人材を揃えているのね。
コークス先生は、これ以上ラッセルの機嫌が低下するのを防ぐため、私を生贄にすることを提案したってワケだな。ホント困るんですけど!
まあ、その提案に乗っかるアンタもアンタだわ。しかも臆面もなく私を側に置くなんて言ってのける心臓に頭が下がります。
「とりあえず明日、王都に到着予定だ。午後には君の部屋へ行けるので、翌日から出かけられるように準備しておいてくれ。それでは明日、楽しみにしている」
そう伝えきると、今まで開けていたカラスの口と額の目がパタンと閉じて、空気に溶けるように消えていってしまった。
おーい、伝えるだけ伝えてお終いかよー。
しかも楽しみだなんて……あの、初めて会った時にはブリザード吹き荒れていたヤツの口から、そんな言葉が出る日がくるなんて……
衝撃のあまり、カラクリ人形にでもなった気分だ。半開きの口を開けたまま、消えたカラスに向かってコクコクと頷くだけしかなかった。
それでも、明日になればラッセルと話しができると思えば心が弾む。
ちょっとだけ私の気分も上向きになり、鼻歌交じりで身支度のために立ち上がる。ちょうどハムスターちゃんが通りかかったので、彼女に手伝いを頼もう。
窓を開けると一羽の蝶がヒラヒラと部屋へと舞い込んできた。
あら、この蝶も私の気持ちをわかってくれたのかしら?
ふふふん、と歌いながらスッと手を差し伸べると、誘われるように指先に止まり、またヒラヒラと周囲を飛び回る。その蝶を目で追いかけて、また差し出した指先に止まらせる。
蝶を驚かせないように、指先に集中してベッドに腰掛けてから、軽やかな羽の動きを眺め続ける。やがて体がふわふわして、緩やかな眠気がやってきた。ふらりと体勢を崩しベッドに倒れこむ。
さっきまで充分眠ったはずなのに、また眠くなる?
でも気持ちいいからこのまま寝ちゃってもいいよね?
「アハハン。アタシの蝶はお気に召したかしら? シンがあなたに会いたいって言うしさぁ、しょうがないから連れて行ってあげる」
意識が遠くなる中で聞こえた女性の言葉に、この蝶が罠だったと今更ながら気付かされる。
ヤバい。連れて行くってことは私、誘拐されるってことじゃん。それはイヤ。
何で今シンに会わなきゃいけないのよっ。
私が会いたいのはラッセルなんだって。この眠気に勝てば面と向かって文句も言えるんだが……
がんじがらめの拘束に、悔しいけれど屈服するしか術がなかった。
ここで一時休載させていただきます。詳しくは活動報告にてm(_ _)m




