96.ウソでしょ!
王宮の入り口付近は、びっくりするくらいの人数でごった返していた。本当にこの人数が王宮の中で生活しているのかしら? ちょっとしたイベント会場並みなんですけど。
ラッシュ時の駅構内を歩くように人の間を縫って、なんとか一行が見られる場所まで辿り着いた。
「それにしてもすごい人だよね。みんなの顔もなんか期待してるっぽい表情ばっかりだし。アンドリュー王子ってそんなに人気者だったの?」
「ああ、将来この国を背負って立つ人だからな。面倒見がよくて優しいんだ。貴族を上手く捌く力もあったらしいよ? 俺は政務に携わってる兄上を見たことがなかったからな。話だけなんだけど」
ハルの表情は周りの人たちと同じで、期待を込めたような目がキラキラと輝いている。よっぽど好きなんだろうな、お兄さんのこと。
「曲がったことが大嫌いでさ、常に正直な人なんだ。なのに生真面目ってわけでもなくてさ、お茶目なところもあったりするし」
「ずっごく出来たお兄さんなのね……」
「うん、だから今回の病気だって、俺が事故起こして……兄上に負担とか迷惑とか、いっぱいかけちゃったからだと思うんだ」
少ししょんぼりして俯いて話す様子は、自分が事故にあったことを後悔しているように感じる。ハル本人は何も悪くないのに。ただ、たまたま運悪く、事故で落馬して昏睡になっただけだ。不可抗力以外の何者でもないではないか。それに、奇跡的に目覚めたのだ。素直に喜んでいいことだと思う。
私は元気づけるために背中をバンと叩いて、明るい声で励ましの言葉をかけた。
「ハルは事故から復活して、もう一度お兄さんに会えることに感謝してればいいのよ。仲の良いところを国民に見せることが、安心と安泰を抱かせると思うわよ?」
「そうか? そう言うもんなのかな。兄上に会うの……なんだかドキドキしてきたよ……」
後悔の表情は瞬く間に消え、お兄さんに会える喜びでいっぱいな顔をし始めた。私もそれを肯定するようにコクリと頷いて、入り口の方へと視線を向けた。
「あ、見えた。戻ってきたぞーっ、王太子だー、アンドリュー殿下ーっ!」
「お帰りなさーい、元気になられて良かったー!」
入り口近くの人々が、口々に歓待の声をあげ、王太子の復帰に華を添える。
周りの人の熱気が一段膨れ上がり、私とハルは体ごと後ろに追いやられた。怪我をしないように、自分をガードしながらハルを見た。
ハルは、半開きに口を開け、視線だけは王太子一行の方へと釘づけにして、揉みくちゃにされるがままになっている。まるで夢でも見てるような表情だ。
つまづきでもしたら危ない。注意して、現実に引き戻さないと。
「ハル、危ないから。それに、アンタのお兄さんなんでしょ? 近くに行って声をかけてあげなよ?」
私たちがそんなやり取りをしている間も、王太子一行はゆっくりと馬から降りて、出迎えてくれた皆さんに手を振って挨拶しているようだ。
そうして、同じように出迎えていた王様の前まで来ると、膝まづいて復帰の挨拶をした。
「父上、ただ今戻りました。長期の療養で不在にし、ご迷惑をおかけしました。これからは父上をお助けするべく、政務の補佐を務めます」
王様が頷くのと同時にまた歓声があがり、人々の喜びようが伝わってきた。
私が呆然としているハルの頬をペチペチと軽く叩くと、彼はハッと正気を取り戻し、徐々に私の顔に視点を合わせてくる。
「ああ、ごめん。緊張しすぎて頭がどっかに飛んだ。そうだな、兄上に俺の元気な姿も見せたいし。ちょっと行ってくる」
そう言って、私の手を引いて再び人の波を掻いくぐりながら一番前に陣取った。
「サーラはどうする? 一緒に挨拶するか?」
「ううん、ハルだけ行ってきて、そこは家族の場だよ?」
トンと背中を押して、ハルをその先の、王様と王太子の側へと送り出した。
一、二歩前に出た後に、一度私のことを振り返りニコッと笑うと、クルリと前を向いて小走りに駆け出していく。
その姿が微笑ましくて、笑顔のまま小さく手を振り返した。
「あーあ、やっぱり握手もしてもらえないわよねぇ、私期待してたのに」
「私なんかほら、絵姿まで持ってきたのよ? これを出して目に留めていただければ、お話しできるかもしれないと思ったのに」
隣のお嬢様たちの会話を聞いて、クスッと小さく笑ってしまった。なんだか、アイドルか外国のスターがやってきた時のような浮かれっぷりだわ。
どこかの有名俳優に会いたくて、名前や写真を掲げてサインをもらうアレだ。
場所や世界が変わっても、有名人への接し方は一緒なのね。ちょっと安心したよ。
楽しい会話を小耳に挟みながら王家の方へと視線を戻すと、ハルが王様に声をかけ、王様がハルの肩に手を回したところだった。
それと同時に王太子が立ち上がり、ハルの頭を軽く撫でる仕草を見届ける。
そして次の瞬間、私の体は冷や水をかけられたかのように固まった。
驚きのあまり、自分が声をあげたのも気づかなかった。
「な、なんで? 王太子があの人なの……」
バランスを崩し、さっき喋っていたお嬢様の一人にぶつかった。不意にぶつかられたお嬢様は不快そうに眉をひそめて私に抗議してくる。
「ちょっとお、あなた、人にぶつかったならすぐに謝罪しなさい。無礼ですよ?」
「あ、ご、ごめんなさい……あの……お尋ねしますが、王太子はあの方で間違いありませんか?」
私の質問に怪訝な顔をして一層眉間に皺を寄せる。が、しょうがないという感じで説明してくれた。
「そうよ。ほら、絵姿もここにあるわ」
「あの……失礼ですが、絵姿と全く違う方ですよね、あそこにいるの。本当に王太子なんですか?」
「何言ってるの? あなたの目、大丈夫? 一度医師に診てもらった方がいいわ。絵姿と全く一緒じゃないの。あ、でも少しお痩せになったかしら。病床でさぞ心細かったからでしょうね。療養中に奥方様を三人とも亡くされましたし」
彼女が心配そうに自分の頬に手を当てて、ほうっとため息を吐くのを隣のお嬢様が聞きつけて、その手をぎゅっと握ってあげた。
「大丈夫、すぐにお元気になられるわ。だって私たちが応援しますもの」
「そうね、そうよね。アンドリュー様のお目に留まればお慰めもできますわ」
二人は盛り上がっているようだが、みんなこの状況がおかしいことに気づかないのだろうか。
顔が違う人間が王太子を名乗っている。しかもその一番身近な人間、つまり奥さんを排除しているのだ。
どう考えても不可解な現象だろうに。それとも、私の目と頭が変になってしまったのか?
今、みんなが浮かれているから理解できないのか?
まずは奥さんが亡くなった経緯を知らなければ。もしかしたら本当に不慮の死を迎えたのかもしれないし。
事実だけをピックアップして、この状況がおかしいことに気づいてもらわなければ。
私は探りを入れていることを悟られないように、さりげなく三人の死について尋ねた。
「奥さんを三人も? 事故か何か?」
「そんなのわかりませんよ。ただ、アンドリュー様もフリーになったことだし、私たちにも妻の座を獲得できるチャンスが来たってことですわっ」
ダメだ。この子たちは完全に考えることに蓋をしている。妻の座を狙っている女の子たちだから、思考にブロックをかけられているのかも。
別の考えに行き当たって、反対に並んでる男性貴族に声をかけた。
「すみません。私、王太子の姿を詳しく見たことがなかったんです。あの方が本当の王太子ですか? あ、これは王太子の絵姿だって言うんですけど」
「ああ、よく描けてるな。アンドリュー様が戻られた王家は安泰だ。景気もよくなるぞ?」
ニコニコしながら答える男性も、絵姿とあの王太子が同一人物だと信じて疑わない。
「くっ……」
私は歯噛みをしながら、王太子と名乗るヤツを睨む。
その目線の先には、無害な顔をしてハルに向かって微笑む、真っ白い肌をした燃えるような赤い髪の男がいた。




