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91.そんな!

「ねえ、もう少し何かないの? 毎日これじゃつまんないって」

「何言ってんだよ。コークス師団長から基本を完璧に教えるようにって言われてんだよ。体力つけて基本の型を身につけないと始まんないって」


 ぶーぶー文句を言ってもルディはまるで取り合ってくれない。まあ、身を守る剣術、護身術を教えてくれるように頼みこんだのは私なんだから、言われたことをこなすのは当たり前なんだけどね。


 カマキリ使いカンとの戦闘以来、私はルディを相手にナイフの使い方を習うことにした。

 あの時、防御陣の中に入り込んできた蟲一匹すら叩き潰すこともできず、陣の(かなめ)であった石まで動かして、結果、仲間を危険に晒してしまう事態となったことを深く反省したのだ。


 冷静に対処できていれば回避できた危険。レイニーさんの瀕死の状態を目の当たりにして、もう二度と周りに負担にならないように、自分で自分を守る術を身につけようと、真剣に考えることにした。


 初日よりは、ナイフを扱う格好も様になってきてるかな、とは思うのだが……

 毎日突いては引いての繰り返し、向きを変えてまた突いては引く。ずっとこれでは自分が緊急事態に対処できているのかどうか判断もつかない。飽きっぽい私の性格で、毎日コツコツ練習はかなりの精神的苦痛を伴うものなのだ。


「実戦とまでは言わないけどさ、せめて模擬戦とかしてくれたら伸びると思うのよね。私、進捗テストとかで褒められて伸びるタイプだし」

「何バカなこと言ってんだか。まだ基本の中の基本だよ。それじゃ今日はオマケだ。次のステップに進んでやる」

「うっひゃー。どんなのかなー、楽しみーっ」


 両手をバンザイして喜んでいたら、真面目にやれと釘を刺された。


 基本の動作だからね、持ち方、角度、タイミングをよく覚えろってさ。結構イケてるはずだから、次のステップはどんなかな。足さばきとか左手で受けて右手で突くとかの連鎖動作か? どれにしても楽しみだ。


「まずはこうやって、こうやって、そしてこうだ」


 ……どこがステップアップだって? 体の向きを変える代わりにしゃがむだけやんか。


「アンタねぇ……これのどこがステップアップなのよ」

「ん? これは下半身の筋力強化も兼ねた重要なトレーニングだ。今日からはこれも追加する。どうだ、やりきる度に強くなった気分を味わえるぞ、頑張れ」


 んー、どう考えても精神論だろ、それ。

 確かにスクワットを組み込むからには、体力やら筋力やらもつくだろな。日本じゃ通勤とか文明の利器に頼りっぱなしな人生だったから、確実に体力は落ちてると思う。

 お腹周りのためにもこの筋トレは歓迎すべきミッションだ。めげずに頑張ってみるか。


「ところでレイニーさんの容態はどう? お見舞いに行きたいんだけど、なかなか許可が取れなくて」

「あー、姐さんね。うーん、どうだろ」


 なんだか気まずそうな顔をして、ルディはなかなか私と視線を合わせてくれない。何かよくないことがレイニーさんに起きているのか? 話を濁されたことが余計に不安を煽り、問いたださずにはいられない。


「ねえ、ホントのことを教えて。隠されるのが一番辛いわ。彼女は私のために闘ってくれたの。せめてお礼だけでもいいたい」

「わかったよ。でもそれは師団長に聞かないとダメなんだ。姐さんの件は報告しておくから、師団長から連絡あるまで待てよ」


 ただ顔を見たいだけなのに……こんな時、強引に事を運んでもあまりいい結果にはならなかった。それを考えると今は引くところだと思う。半分納得しきれないままコクンと頷くと、ルディに急き立てられ、しぶしぶナイフの練習に戻ることにした。


 そんなやり取りをした何日か後、いつものようにナイフの練習をしていると、ロイズ隊長がひょっこりとやってきた。彼は手招きして私とルディを呼び寄せ、その後ある場所へと連れて行ってくれた。


 辿り着いたその場所には、ベッドが一台。その上で微睡む女性がいた。

 よく見ると見慣れた人物、そう、そこにいたのはレイニーさん、その人だった。


「エル、調子はどうだい? 今日はお客様を連れてきたよ? 君も声でわかると思う」

「ああ、ロイズか。痛みはほとんどない。お客人は師団長か? それから私のことはレイニーでいい。今さらエルと呼ばれても対応に困る」


 ベッドから聞こえる彼女の声はいつもと変わらずだ。ただ一つ普段と違っていたのは、彼女が私と目を合わせてくれないのだ。

 顔はこちらに向けているのに、視線はどこかをさまよっているかのように、宙を見つめたまま動かない。


 不思議に思ってロイズ隊長を振り返ると、私に一度目配せをしてから、ことさら優しい笑顔をレイニーさんに向けて、少しおどけた声で返答する。


「君はエリィシアという可愛い名前があるじゃないか。だからエルでいいんだよ。僕のこともランドルフ、もしくはランディでいいと何度も言ってるじゃないか」

「う、るさいっ。余計なことは言うな。お客人に失礼だぞ。どなただ?」


 レイニーさんの催促に応えるべく、ロイズ隊長は私の背中に手を当てて、彼女に話しかけるよう誘う。促されるまま、私はすぐ側まで近づいて話しかけるべく声をかけた。


「レイニーさん、お久しぶりです。もう少し早くお見舞いに来たかったんだけど……怪我の状態はどうかしら?」

「ああ、サーラでしたか。お恥ずかしい姿で申し訳ありません。あなたにお怪我がなくて本当によかった。私はこの通りの有様で……」


 挨拶がわりに差し出された手は、てんで方向違いに向いている。おやや、と思って指先を眺めると、ロイズ隊長から補足で理由を告げられた。


「あの時、視神経の一部を傷つけてしまったようで、彼女は視力のほとんどを失いました。現在の状態は安定してますが、これ以上となると……」


 ロイズ隊長が苦しそうな表情で私にレイニーさんの状況を説明してくれる。この説明から察するに視力の完全回復は無理なんだろう。つまりそれは、レイニーさんが魔術師団の第一線で活躍するのは難しいという結果を導き出していることになる。


「なぁに、この程度の怪我、すぐに回復してサーラの側で護衛を務めますよ。私の体力を舐めないでください」


 明るい口調で元気を装っているが、本人が自分の状態を一番よくわかっているのだろう。カタカタと小刻みに震えているのが見てとれた。


「……レイニーさん……」


 かける言葉が見つからず、ただ名前を呼ぶ。なんとかならないものかとロイズ隊長を振り返るが、苦笑いをして無言で首を横に振る。


 やがて、ロイズ隊長がレイニーさんの髪を軽く梳きながら、彼女の左手に自分の手を重ねた。


「エル、エリィシア。僕は君と散歩や、ゆったりとしたダンスが出来ればそれでいいと思うんだ。これからは、剣の代わりに僕の手を取ってくれないか?」


 ええっ……それって、プロポーズの言葉やないか。

 いいのか、私やルディが居る時に。思わずルディの腕を掴んで後ずさり、そのまま気配を消して帰るようにクルリと方向を変えた。

 その時、ロイズ隊長からガシッと肩を掴まれて、ニッコリ笑顔で引き留められる。若干黒っぽい笑顔だと思うのは気のせいか?


「なっ、ロ、ロイズっ。お前、サーラがいる時になんてことをっ」

「ん? 彼女がいるからこそ、だよ? こうでもしないと君はうやむやにして流してしまうだろ。サーラ嬢には立会人になってもらおう」

「くぅっ……」


 真っ赤になって両手で顔を覆うレイニーさんは、私の知っている姉御肌の彼女とは違って、とても可愛い。


「姐さん、よかったじゃねぇか。俺はいいと思うぜ? お似合いだよ」

「レイニーさん、おめでとう。素敵なカップルだと思いますよ?」

「ロイズっ、お前、嫌なヤツだな。私が断りづらい状況にするなどと……」


 ルディと私の祝福に、照れながら文句を言うレイニーさん。


「君の性格から判断した結果だ。僕は自分の気に入ったものは、どんな手を使っても手に入れるさ」


 レイニーさんに向かって軽くウインクするロイズ隊長。温かく包み込むような眼差しをする彼には、レイニーさんの視力などハンデにならないのだ、と思っていることがよくわかる。


 じゃれ合うその二人を眺めながら、ルディと二人で邪魔者は消えるべしと静かにお(いとま)した。


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