89.決着!
パアン、という破裂音が聞こえると、私を襲ってくるはずのカマキリたちのほとんどが地面に落ちていた。
喉のあたりがふわっと温かくなり、確認するとハルからもらった王族用だというペンダントが光を放っている。たぶん、私の危機に反応して護身用の魔術が発動したのだろう。かなり強力な守りだったためか、かなりのカマキリが戦闘不能状態に陥ったようだ。
とりあえずの危険は去ったのかと考えている間に、グイッと腕を取られてルディに支えられながら大きく後退した。
私の前に立ったルディは、その場で態勢を整えて迎撃を始める。動けないままのカマキリたち目がけて、火の塊を何発も発射して焼き尽くしていく。辺り一面、鼻がバカになるくらいの焦げ臭さで一杯になった。
「くっ……俺の大切な子供たちをいたぶるんじゃないっ。クソ……こうなったらせめてこっちは始末してやるっ!」
カンは身を翻してレイニーさんに向き直ると右手を振り下ろした。それが合図だったのか、動けるカマキリの大半がレイニーさん目がけて飛んだ。
「ぎゃっ……ぐっ……かっ……」
全身がカマキリに覆われ、くぐもった悲鳴しか聞こえてこない。赤黒く立つ人型、まるでミイラのようないでだちにゾクっとした恐怖にとらわれる。
やがてドサリ、と大きな音を立ててレイニーさんが倒れた。彼女の全身から一斉にカマキリたちが去り、代わりに現れたのは全身を滴る血で真っ赤に染め、ヒクヒクとしている姿だった。
「コイツはもう終わり。時間の問題だ。さあ、お嬢ちゃん、アンタも素直に首を出しな。逃げるたびに周りのヤツらが死ぬんだぜ?」
「あ……レ、イニ、さ……」
カンの目がギラギラと凶悪な光を放って、危険度が増していくのがわかった。
血まみれのレイニーさんを目の当たりにしたら、衝撃が大きすぎて言葉が途切れて出てこない。
「こんのおっ! お前、ぜってー許さないっ!」
ルディがカンに食ってかかるように斬りつけていく。
怒りに任せた剣技のためか、大振りになってなかなかカンを追い詰めることができないでいる。対してカンの方は、余裕の笑みさえ浮かべてルディの剣を軽くいなしている。
「ほらほら、脇とかガラ空きになってるよ? こんなんで感情乱すとか、修行不足でしょ」
「うるせえっ! お前を倒せばいいだけだっ」
「そうかな、でも怒りに任せて自分のことだけ考えるなんてなあ……あっちのお嬢ちゃんはどうする? 大事なんじゃないのー?」
言うと同時に腕を振り下ろすカン。一斉に飛び立つカマキリたち。
ハッと顔を上げ、後退して私を守ろうと、ルディが手を伸ばして駆けつけようとするが、間に合わない。カマキリの大群が私の目前まで迫ってくるのを感じ、レイニーさんと同じ姿になることを想像してギュッと目を閉じた。
グッと身構えた割に体に纏わりつく感覚を感じることもなく、不思議に思ってゆっくりと目を開けてみれば、私の前には黒いヒョウとヘビが出現していた。
ラッセルがつけてくれた使い魔たちだ。彼らが素早く動いてカマキリの大群を追い払ってくれている。
ほうっと胸を撫で下ろし、ルディに向かって叫んだ。
「ルディ、こっちはこの子たちが何とかしてくれる。だから早くソイツをやっつけて!」
私の無事を確認すると、ルディはニッコリ笑って頷き返してくれた。
うん、大丈夫。あの笑顔ならきっとやってくれる。
「へへへ……サーラが傷つかないなら、俺は安心してお前と闘えるぜ。さっきはアツくなり過ぎちまったからな。今度は仕留めるっ!」
ルディの宣言で、また斬りつけ合いが始まった。お互いに一歩も引かない状態で、かすり傷は増えていくのに決定打には至らない。
間合いを詰めてはまた距離をとり、それが幾度も繰り返されて時間だけが過ぎていく。
消耗戦になってきているようで、二人とも肩が上下して荒い息をついているのが見えるのだが、時間が経つにつれ、ルディの方が押され気味になってきてるのが第三者から見てもわかるようになってきた。
マズい、このままだと体力のない方が負けだ。死の天秤は確実にルディに傾き始めている。
そんな中、ルディが剣を構え直す瞬間、グラリと体が傾いた。それを見逃すカンではなかった。勝ったとばかりにニヤリと笑い、ナイフを思い切り振り上げ、ルディの胸もとへと焦点を当てる。
大変、どうすればいい? ルディが危ないーー何か助ける手立ては、と頭をフル回転させるが到底考えつくわけもない。声も出せずに目を大きく見開き、その状況を見守るしかできないでいた。
と、カンの右手がピタリと止まる。ん? という表情のままもう一度力を込めるが腕に何かが絡まって振り下ろすことができないでいる。
ジッと目を凝らすと、瀕死のレイニーさんの杖の先から細い光のヒモが、カンの腕に真っ直ぐ伸びていた。
「おい、戦力外のアンタが何してくれちゃってんのっ! 余計なことをするなっ!」
イラつきながらレイニーさんを振り返り、左手で指示して私を襲っていたカマキリの半分を彼女へと向かわせた。
「わ、たしを、み、み、くびった、から、だ……やれっ、ルディ!」
レイニーさんが自分の震える右手をやっとのことで動かして、掠れる声を絞り出して最後は叫ぶ。
焦ったカンがギクリと目だけを元に戻すが、すでにルディは剣を構え直した後だった。切っ先は真っ直ぐにカンの胸へと吸い込まれていく。
「ぐ、はっ。痛い、なぁ……」
剣は綺麗に根元までカンの体に埋まり、ルディは無表情のままそれを引き抜く。カンは大きく目を見開いて剣が刺さっていた場所を眺め、泣き笑いのような顔つきになった。
「俺、死んだ、ら、ケン、寂し、がるか、なぁ……」
最後は呟くようにしてドサリと倒れると、ピクリとも動かなくなってしまった。
彼の死と同時に、無数のカマキリがその場を飛び立ち、四方へと消えていく。
飛んでいく蟲の大群を見つめながら、ようやくカンとの闘いが終わったのだと実感した。
「姐さんっ、姐さんっ! 死ぬなっ。こんな傷、大したことないからっ」
ルディがレイニーさんの元へ駆けつけ、容態を確認する。私もその声を聞きつけ慌てて彼女の側へ駆け寄る。
近くで見ると、その傷の酷さに目を覆いたくなるようだ。体の周りには、彼女から溢れだす大きな血だまりが出来ていて、失血死が目前まで迫っていることを確信させた。
「ハハ……ルディ、なんだその情け無い顔……」
泣きそうなルディを逆に元気づけようとするレイニーさん。声の張りの無さに、既に気力で意識を失うまいと踏ん張っているのを認識する。
「レイニーさん待ってて。今、救急車を呼んで……」
自分のポケットを探ってスマホを取り出そうとしたが、ここではそんなものがない世界だったと思い出し、絶望感に襲われる。
「ごめん、助けを呼びたいけど……どうやって連絡つけたらいいのかわからない……」
「いいんですよ。私は……このくらいの傷、少ししたら動けます」
泣きそうに震える私を慰めようと、指一本動かすのも辛いだろうに、少しずつ手をずらして私の指先に手を重ねてくれた。
成すすべもなく、ルディと二人うなだれていたら、壁の向こう側から人の気配を感じた。
ヤバいよ。これ以上襲撃を受けたら……
レイニーさんの死どころか、自分の死までも迫ってくるのを感じ、頭の芯が冷たくなっていくのがわかった。
ルディも限界まで魔力と体力を使い果たしてる今、抵抗して闘うなんてことはもうできない。
せめてこの二人だけは守りたい。
私はレイニーさんとルディの手を片方ずつ握りしめ、元気づけるように声を出した。
「大丈夫、今度は私があなた達を守る番だわ。危険な目には合わせないから。方法はある、だから安心して」




