9.女子、キターーっ!
初日のあの騒動は、生徒の間でもちょっとした噂になっていた。
騒ぎについては、学校側にも知られることとなり、紛れこんだネコを虐めた新入生ということで、例の悪者二人は入学早々から罰則が課せられることになった。
そのネコの所有者として、ハルも学生から密かに注目を集めているということだった。
ペットの持ち込みは本来なら却下されるところなのだが、どういう手を使ったのか、ハルのみ可能になっていた。
それだけでも人目をひくのに、私を守るために使った魔力の高さが一般の学生とは雲泥の差があったようで、今年入学の生徒の中でも注目株との認識をされてしまったようだ。
コークス君はハルに尊敬の眼差しを向けながら話し始める。若干頬が上気して、まるで自分が活躍したかのように、噂の内容を聞かせてくれる。
「すごいね、エクセル君。みんな君の噂で持ちきりだよ、サーラちゃんも今回のことで虐められることもなくなると思うよ。なんてったって、騎士とお姫様の物語みたいなんだもの。そんな子を虐めるなんて有り得ないからね」
「ハルでいいよ、俺も君のことフィルって呼ぶよ」
二人はお互いにニッコリ笑って握手する。
いいなぁ、男の子の友情が生まれる瞬間だよ。青春してるって感じ、素敵だよ。
「でもなぁ、入学試験は目立たないようにパスしたのに、こんなことで注目されるのイヤだなぁ」
「そんなことしてたんだ。僕なんか全力だしても半分くらいしか問題解けなかったな。ハル君の場合、サーラちゃんのためにも成績は上位をキープしておいた方がいいよ。ここの学生は成績でいろんな優遇措置をされるって聞くしね」
フィルが仕入れてきた情報をハルと一緒に聞きながら、寮を出て歩きだした。
この学校では、毎月学生の実力が判定される試験があるんだそうだ。
実力診断テストの成績優秀者上位三名に入ると、次回までの課題の免除やらカフェテリア利用の優遇、外泊許可など、さまざまな場面での特権が適用されるらしい。
私の変身や特殊な状態から、ハルには優秀者になってもらうのが、確かに有利になりそうな感じだ。
いろいろと説明を受けながら、ハルの肩に乗っかって、フィルと一緒にカフェテリアに向かっていたら、それを遮るかのように女の子三人が立ちはだかった。
「ねぇ、ハルムート・エクセルってアンタ?」
真ん中のキツそうな目つきの女子が刺々しい声で話しかけてくる。
キターーーー! 女子やーーーー!
この、声をかけてきた真ん中の女の子がリーダーのようだ。
少々キツい目つきだが、笑った顔は可愛いくなりそうな感じ。濃紺のストレートヘアがとても似合っている素敵女子だ。
斜め後ろに控えている二人はモブキャラちゃんかな。
一人は金髪の綿菓子ヘアで、無理やり付き合わされてますって感じの子。真ん中の子の侍女的役割りをしてる雰囲気だ。
もう一人は金髪に近い赤毛のショートヘアの子だ。真ん中の子と似た感じで意志の強い顔つきをしてる。
うんうん、王道の展開よ、これ。
女子が三人なんて、ハルってば選びたい放題じゃん。この中から初カノ作っちゃおうよー。
ハルのスマートな受け答えで女子がキュン、ちょっとずつ意識し始めてから恋に発展するって感じでオッケーですからーーっ!
ん? ハル? 早く会話しな……って……
げーーっ、固まってるしぃ!
クルリと踵を返し、スタスタと無言のまま別方向へ歩くハルを、みんなが呆然と見守る。
「ちょ、ちょっとおっ、待ちなさいよ。なんで無視するのよーっ」
吊り目女子の言葉を背に受けて、彼女の姿が見えなくなった場所まできた途端、ヘナヘナとしゃがみ込んで頭を抱えた。
大きく息を吐き出すと「き、緊張したーー……」と声を絞り出す。
「あ、のぉ、ハルさん。女子を無視してあの場を去るのは……かなりマズい展開に発展しそうな予感しかありませんが」
「えっ、そうなの? 俺、頭真っ白になって……あの場から逃げるのが精一杯だったんだけど」
あー、この人見知り野郎め。なんてことしやがるんだ、これじゃあ、まるっきり女子と絡むなんてできねぇぞ。学校にいる間に、少しでも女子とお話しできるようにしないと。
一生ハルって独身、もしくは男子同士の愛に目覚めるしかないってことになるじゃん。
BL系って二次元好きの方々には需要あるかも、だけどさ。ハルにそっち系目覚められても……どっちかっていうと少女漫画系展開の方が好きだからねぇ。困るわけよ、そんなん見せつけられても。
ってことで、私ことサーラちゃんがひと肌脱いであげましょう。なんとしてでも女の子に免疫つけてもらうわよ。
私の望む、女子漫画的展開のために!
固く心に決めた時、ようやくフィルがこちらに追いついてきたところだった。
「ふー、酷いよハル君。あの女子を宥めるの、結構大変だったんだからね。とりあえず、ハル君は風邪気味でノドやられてるから、うつさないように無言だったんだ、って言っておいたから」
おー、フィルってばナイスなフォローだぜぃ。やはり持つべきものは友達だな、ここはフィルと協力して、ハルの人見知り克服をやり遂げなければ。
私はフィルに自分のことを理解してもらうべきだと感じ、ハルに相談してみようと考えた。
チラッとハルをみると、まだしゃがみ込んだままで、動揺が収まってない様子。しょうがない、ハルの肩にチョンと座り直し、小さく耳打ちした。
「ハル、あのね、この際だからフィルに私のこと打ち明けてみようと思うんだ。早いうちの方がフィルの信頼を勝ち取るためにも必要だと考えてる。ハルはどう思う?」
ハルは真顔で私を見る。目と目でお互いを探り合い、その後、私が無言のままコクンと頷いた。
「サーラが大丈夫と思うなら、それが正しいと信じてるからさ。フィルとも秘密を共有できると思う。俺もフィルを信じる」
ハルが私を抱え上げ、目線を同じくして小声で囁いてくれた。
私はお腹にグッと力を入れ、出来るだけ落ち着いた声でフィルに向かって話しかけてみた。
「ねぇフィル」
「え、僕の他に誰? 女の子?」
「ここよ、ここ」
「どこ……って……えーーっ! サーラ!」
二、三歩後ずさりしてペタンと尻もちをついてこちらを指さしている。
おい、そこまで驚くのかい?
「え、ええ? サーラ、喋れるの? しかも女の子?」
「うん、訳あってネコになってるの。人間にもなれるけど、夜だけね。あとで変身見せたげるわよ」
コクコクと首を振る動作だけで、フィルから了解を得ると、早速本題に切り出した。
「ハルってもの凄い人見知りなのよ。特に女子に対して。だから話せるようになんとか協力して欲しいの」
コクコクともう一度首を縦に振ったあと、ジーっと見られること数分。いや数秒だったのか。
どうにも居たたまれない、その場の空気を切り替えたくて考えた結果、フィルの肩にトンと乗り「よろしくね」と頬をペロリと舐めてみた。
「あーーっ! サーラ、ダメーーーーっ」
ハルがもの凄い声をあげる、フィルの顔が真っ赤になる、で大変な騒ぎになった。最終的に意図した状況は違ったが、場の空気が変わったことは事実だ。