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88.大群!

「サーラ、お前、絶対動くなよ? あの石が動いたら陣が崩れてしまう。だから何が起きても動くな、わかったか?」


 ルディの緊張を含んだ声に、真剣に頷いて身構える。ハチの襲撃にあった次の日から、常に忍ばせてるナイフを取り出して、改めてキツく握りしめた。


 私が頷くのを確認したルディは、ニコリと笑うとレイニーさんの元に駆けつけていった。


「あれれー? またまた聞いてないなあ、俺はお嬢ちゃんと遊びたいんであって、ツンツンしたお姉さんとも、クソ生意気そうな小僧とも遊ぶ予定ないワケよー」


 カマキリ使いカンが不満そうな声で文句を言うと、小僧呼ばわりされたルディが荒々しく返答する。


「誰がクソ生意気な小僧だっ。テメェの方がよっぽどタチが悪りぃじゃねぇか。その言葉、そっくりそのままお返ししてやるっ。いくぜ小僧っ!」


 言うと同時に、ルディから火の玉が連続して打ち込まれた。カマキリの壁は着弾した部分が火柱となってドロッと溶けたような感じになり、辺り一面に焦げ臭さが広がる。


「あ、おいっ、俺の大切な子供たちを痛めつけるんじゃねえよ。このクソ野郎、お姉さんよりお前から始末してやるぜ」

「望むところだっ。姐さんは下がってて」


 光の塊を主に撃ちつけるレイニーさんに代わって、ルディが火の塊を撃ってカマキリを焼き払う。

 レイニーさんは既に魔力の大半を使って応戦していたのか、肩で荒い息をしながらルディに声をかける。


「私の光攻撃では決定打にはならなかったようだ。今回はお前の火の方が相手には効果的だ。すまんが援護に回る」

「おうよ、コイツは俺が仕留めてやる」


 同年代同士だからなのか、クソ呼ばわりされたせいなのか、お互いの視線に火花を散らして、にらみ合いが続く。


 ルディは左手に魔術を展開するための杖を、右手にはナイフよりやや長めの中くらいの剣を構えて体を低く保っている。一方、カマキリ使いカンの方はシンプルなナイフを二本両手に構え、こちらも同様に体を低くしていつでも攻撃できる態勢だ。


 少しずつお互いが距離を詰めてきて、自分の間合いからいつでも飛び出せるようにタイミングを図っている。


 ブーン、と一匹のカマキリが飛んだのをキッカケに、ルディが火の玉をカン目がけて撃つと、カン側はカマキリの壁で防御してそれを防ぐ。そこまではさっきと同じだったが、違ったのはその先の展開だった。


 壁が左右にザッと分かれ、その中からルディ目がけてカンが体当たり気味に斬りつけてきたようだ。


 キン、キン、と刃がかち合う音がしばらく聞こえ、お互いに譲らない戦いが続く。息を整えてガッと組み合うと、そのまま二人でゴロゴロと転がって、また距離を取るために剣を構えて睨み合う。


 二人の揉み合いが続いたまま移動していたせいか、気づくと私にかなり近い位置で再び止まった。


 カンがチラリとこちらに目を向けて、相変わらず呑気な声を上げる。それを攻めのタイミングと捉えたのか、ルディがググッとカンに迫るが、片方のナイフで牽制して、それ以上の踏み込みを許さないとばかりにその場に足留めさせている。


「へえ、これがシンのお気に入りのお嬢さんかい? 俺にはどこが可愛いのかわからんね。俺はもう少しふんわり美人の方が好きだし」

「は? アンタ生意気よね。アンタみたいなガキ、私の相手なんか務まらないわ。それにアンタ、選り好みするくらい女性経験豊富なの? ないならそんな大口叩かないで!」


 気にしなきゃいいのに、カンに小馬鹿にされた気分になったので思わず言い返してしまった。


「俺? フフッ……どう思う? 想像に任せるよ。それよりアンタ、貴族にしちゃずいぶん毛色が変わってるな。俺の知ってる貴族の女ってのは、大抵涙ぐんで震えているか、金にモノ言わせてツンツンしてるかだぜ? アンタみたいに歯向かってくるヤツなんかいないって」


 カンは大きく後退し、ルディとの距離を少しとった後、グルっと回り込んできた。ちょうどカンとルディとの間に私が挟まれるような距離となり、戦闘が一時休止の状態になっている。


「な、何よ。お嬢様にもいろいろな人種がいるのっ。私はアンタらに屈服したくないだけよ。殺しますからって言われて、はいそうですか、なんて言えるわけないでしょ! このバカっ!」

「アハハ。お嬢ちゃん面白いな、シンが興味持つのわかるよ。あの人、変わったものが好きだから」


 シンが私を好きだって? とんでもないっ! キスされたのだって忘れたいくらい嫌なのに。今度ヤツが至近距離まで近づいたら、差し違えてでも殺してやるわっ!

 と、今は目の前の敵、カンをどうやって退治するかだ。


 この防御陣に守られている限り、私に手出しはできないんだと思う。ヤツはどうにかして私をここからだそうと考えるだろうが、そうはいかない。テコでも動くもんか。ザマァみろ!


「俺はシンほど意地悪じゃない。アイツは変態だから、好きなヤツほどイジメて楽しむタイプ。逆に俺は優しいよ? いたぶってヒーヒー言わせながら殺すよりも、サックリ殺したい派だから」

「結局殺すんだから意地悪も優しいもないよ。でもお生憎様、私には手出しできないわ。ここからでなければ私の勝ちだから。その間にルディとやり合って?」


 優位に立てている安心感からか、ちょっとだけ上から目線でカンと会話する。

 その間にも、レイニーさんは、絨毯状に広がっているカマキリを少しずつ撃破して着実にその数を減らしていってくれている。このままコツコツと片付けていけばこちらは更に優位になるに違いない。


「ふうん、あっちのお姉さんもちょこまかと動いて目障りだし。早めにケリつけた方が良さげかな」


 そう言って、ブツブツと小さく何かを呟くと、カンの周りをガードしていたカマキリたちが、一斉にこちらへ移動して、私を守っている防御陣をグルっと囲み始めた。


「この防御陣はよくできてるけどさ。やっぱり隙間ってできるよね」


 言いながら軽く右手を振り下ろすと、周りを囲んでいたカマキリたちが一斉に防御陣に絡みついてきた。阻まれているとはいえ、自分に向かって無数の蟲が飛んでくる恐怖はかなりなもので、ショックのあまりペタンと座りこんだ。


「ひっ……嫌ぁ、恐い、恐いよお……」

「悪いな。こんな防御陣なんかなければ、一気にカタをつけて一思いに殺してあげられるのに」


 この陣が持ちこたえてくれますように、という祈りも虚しく、ほんの少しの隙間から一匹、また一匹と中に入り込まれ、私の体にへばりつく。


 その感覚が気持ち悪く、ギリギリ堪えていた恐怖が一気に沸点を超え、パニックに陥ってしまった。


「きゃあーっ! 嫌だー、取って取ってー、やめてよーっ!」


 バタバタ暴れまわる私に、ルディが制止を叫んでいるようだったが、もうどうにもならない。

 手当たり次第に地面の小石やら土を投げ、体に纏わりつくカマキリを追い払うのに精一杯で、とうとう陣を固定している石を動かしてしまった。


 消滅する防御陣を見てチッと舌打ちするルディ、してやったりという表情のカン、真っ青になって血の気が引いているレイニーさん、三者三様の表情がスローモーションのように目に映り込んでくる。


 陣を取り囲んでいたカマキリたちは、自分らを阻むものが消えてしまったので、その先にある目標物、つまり私目がけて一気に襲ってきた。


 ああ、ヤバい。失敗したなあ……

 なんで動かすなって言われた石を動かしちゃったんだろ。これじゃあ、殺してくださいって首を差し出しているのと同じじゃない。


 自分で自分に愛想が尽きて、ハハハという乾笑いしか出てこない。悔し涙を堪えるためにグッと目をキツく閉じる。

 絶望感が頭一杯に広がる中、何かがパアァッと光るのを瞼を通して感じた。


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