87.遭遇!
「ホントにレイニーさんにまで同行してもらって平気なの?」
「ええ、むしろサーラの外出には、私とヒューズの同行なしでは許可が下りませんので。本日は教会でバザーのお願いをするのですよね?」
ニッコリ笑って元気よく返事をした。さあ、待ちに待った外出だ。徹底的に楽しむぞ!
最初は教会。当初からの計画であるバザーの出品交渉をして、お祈りを済ませた。バザーへの協力は思った以上に喜ばれ、私も何か出品してみようという考えが浮かんでくる。
「私も頑張って刺繍の作品作ってみよっかなあ?」
「お前はやめとけって。誰も血まみれのハンカチなんか欲しくねぇ」
ルディってば、なんてこと言うんだ。そこまで酷いものなんか作らないわよ。ただちょっと二、三箇所、いや三、四、やっぱもっとかな。指を突いて血が滲んじゃうだけなんだモン。
「あ、でも……ある意味プレミアがつくかもな」
「え? プレミア?」
「ああ、呪いのハンカチとかで出せば、一部マニアには大受けするって」
「なっ……」
コイツ……私が不器用なのをいいことに、言いたい放題言いやがる。お嬢様とかならそこまでいろんなことできなくてもいいと思うけどねっ。
「それを言うなら、アフロちゃん……んと、アフローディアちゃんはどうなのよ。ルディだってお手製の何かプレゼントしてもらってるんでしょ? 見せてみなさいよ」
ふふふん、とばかりにルディを煽ってみた。ところがルディときたら、ニヤリと底意地の悪そうな顔をして、懐に手を入れて何やら取り出して、それを広げてみせる。
「ほうれ。これはこの間もらったハンカチだ。アイツは手先が器用だからな。こんな感じのものはチョチョイのチョイで作ってくれるぞ?」
そう言って見せてくれたのは、小鳥が四つ葉のクローバーを加えた、見事な刺繍入りのハンカチだった。
負けた……なんて繊細な、しかもオシャレな字体で名前まで入ってる……こんなん無理やん。プロにしか出来んわ。
「ほう、これは見事だ。さすがにアフローディア嬢は一流の作法を学んでらっしゃる。ルディ、彼女がお前を選ぶなど……時として、世の中には信じられないことが起きるものだ。やはり、お前に彼女は勿体ない」
「なんでだよおっ! アイツが俺じゃなきゃっていってんだからっ。俺たちのことは放っといてくださいよっ。姐さんこそ、ロイズ隊長とはいい感じの進展あったんスか?」
レイニーさんの軽いツッコミに反撃したルディだったが、思わぬ琴線にふれてしまったようで、彼女のこめかみがピクリと反応する。
「ルディ……死にたいか? そうか、死にたいようだな?」
「いや、俺マズかったっスか? 今は姐さんの愛情、間に合ってますって……」
ヒヒヒ、と引きつり笑いをしながら二、三歩後ずさると、一目散に手の届かない範囲まで距離をとった。
全く……レイニーさんを怒らせて、何が楽しいんだか……呆れて言葉が出ないわ。
自分のことを棚に上げて、ルディを気の毒そうに見ながら、クスクスと笑い続けた。
「お元気になられたようですね。安心しました。これならば……」
言いかけたレイニーさんが、急に神経を尖らせて、周囲を警戒し始める。
わけが分からず、彼女にどうしたことかと問いかけた。
「どうしたの? 何か……」
指を口に当て、静かに、と無言の合図を私に向ける。直前までのリラックスした表情とは別人のような厳しい顔つきに、何か緊急事態が起きているのだという緊張をヒシヒシと感じる。
「姐さん、向こうだ。あの壁。あれの向こうに感じる」
「ああ、わかってる。お前はサーラを護りつつ、反撃できるエリアを確保しろ」
いつの間にか側まで戻ってきたルディと、レイニーさんとが軽く言葉を交わすと、見えない敵に対しての迎撃の準備が始まった。
「サーラ、お前はここでしゃがんでろ。首を出したりするなよ? 知らないうちに頭だけ飛んでました、なんてシャレにもならないから」
真面目な顔でルディが物騒なことを言う。これは冗談なんかじゃなく、本気の闘いなんだと匂わせてくる。私はコクコクと首を縦に振って、邪魔にならないように、言われた場所で待機した。
ザザッ、ザザザッと音がして、敵の接近を感じる。ゴクリと生唾を飲み込んで、否が応でも緊張が高まってくる。
敵の様子は見えなかったが、ルディは私から少し離れて、魔術を制御するための石を四方に配置しながら防御の陣を展開していっている。陣の中にいるのだから、ある程度の攻撃は防げるのだろう。それでも、あのサソリ使いシンの攻撃を思い出し、身震いが止まらない。
「ジジャーン! 俺様の登場だっぜーいっ!」
声だけ聞くと若い男の子? ルディと同年代かもしれない。しかし、一筋縄ではいかない相手なんだと物語っている。
再びサソリ使いシンとの戦闘か、もしくは別の蟲使いでゴリゴリマッチョな迫力ある男の人との戦闘を想像していたので、ずいぶん若い子の出現に意表を突かれた気分になる。そしてなにより、その声に含まれる緊迫感のなさ。
身構えていた自分との温度差に、拍子抜けして緊張が解けていく。
思った以上にリラックスできたみたいで、敵の様子を見てみよう、なんて余裕までできてしまった。防御陣は満遍なく張り巡らせているが、その重なりの隙間から戦闘の一部を垣間見ることができるようだ。
隙間に近づいてそーっと覗くと、地面が赤黒い絨毯か何かに覆われている。だいぶ離れている敵がレイニーさんの方へゆっくりと歩いていくと、その絨毯もザザザッという音を伴って徐々に移動している。
なんだ? 魔法の絨毯でも乗ってる人なんか? その割には空中戦になるでもなさそうだ。しかしあの赤黒いのって……何?
うーん、と唸って考えてると、敵の男の子が意外そうな声を出すのが聞こえた。
「あれれ? 可愛いお嬢ちゃんが相手だって聞いてたんだけど。綺麗なお姉さんの間違いだったかな」
「……茶化すのは構わない。だが私を侮ると痛い目にあうぞっ」
のんびりとした敵の声に対して、厳しい声で答えるレイニーさん。その言葉を言い終えたと同時に彼女の方から攻撃を仕掛け、戦闘が始まった。
光の塊がレイニーさんの手元からまっすぐに敵に向かって放たれる。が、それらのことごとくが着弾する直前にかき消されてしまった。
敵に当たる、と思った瞬間、赤黒い絨毯が男の子の前にザザッと動いて壁になり、光の塊を阻んでいるようなのだ。
「うおっほっ……アイツの防御、スゲェな。確かにあれだけの数いれば壁作るくらい造作もないか」
「ちょっとおっ、感心してないで状況教えなさいよっ。レイニーさん一人だと心配だからルディ、アンタも加勢してあげてよね。ところで、あの赤黒いヤツ、アレ何よ?」
敵とレイニーさんの交戦を冷静に観察し、あまつさえ感心までしているルディに腹を立てて文句を口に出す。ついでに、敵の正体が知りたくなって、敵が何を使役しているのかを問いただす。
「赤黒いの? ああ、ありゃカマキリの子供だ。あの数いたら波がうねってるみたいで気色ワリィな。しかし、デカいのも厳しいけど量が多いのも考えモンだ。さて、どうするかな」
カマキリ……ということは、カマキリ使いのカン、なのだろう。
こんなに大量のカマキリを手足のように使いこなすなんて。大きなハチの時は、ギリギリのところで躱して反撃の機会を窺うことができたけど。今回のように大量の蟲を相手にするとなると、どこから攻撃がくるのか予測もできない。
一瞬の油断が命取りになる状況に、レイニーさんをただ見守るしかない私の背中にも冷たい汗がタラリと流れた。




