86.ダルダルっ!
あー、しんど。今一体何時だよ。てか、日付け的にどーなの?
全身ダルダルだし、関節を動かすとバキバキいうし……
最後にあんな強がり、言わなきゃよかった。あのひと言が、煽り文句なんて思わなかったんだもの。
頭が白くなっていく中で、無抵抗ってのも腹立たしいじゃない? ちょっと負けた気になるからさ。だから、何かないか頭の中をスキャンしたのよ。
たまたまそれが、少女漫画とか恋愛小説のどこかに書いてあったセリフで、カッコよさげなの選んだってだけだし……たった一言が、ヤツの変なスイッチになってるとか思わなかったんだもん。
後悔先に立たず……こちらの世界に来てから何度思っているんだろう。相変わらずの学習力のなさに頭を掻きむしりたい。はあっと巨大なため息をつきながら、ムックリと体を起こした。
ボーっと半身を起こした状態でまどろんでいたら、ベッドの端にはラッセルの使い魔、三つ目のカラスが留まっていた。
「ああ、起きたのか。今そちらに行く。少し待っていなさい」
「待っていなさいも何も。こんなバッキバキの体で動けるかっつーのよ」
「ふふ、それもそうか」
カラスにぶつぶつ文句を言うと、今回は返事が返ってくる。前に目が覚めた時には一方通行な伝言だったから、不思議に思って質問してみた。
「ねえ、なんで今回は会話ができるの? いろんなカラスさんがいるワケ?」
「ああ、会話か。ソレの目が開いている時は、私に君の声が届くし、返すことも可能だ。目が閉じている時は、私からの伝言を伝えるのみになっている。普段は伝言で事足りているからな。目はあまり使わない」
へえ、言われてみれば、この間は真ん中の目が閉じていたような気がする。そう考えると、目が閉じている時は伝書鳩的な鳥さん、目が開いているときはテレビ電話搭載の鳥さんってことになるのか。
頭の中を整理しているうちに、ラッセルがやってきた。
「おはよう。ぐっすりと眠っているようだったので、私は先に仕事を片付けてきた。出かけられるようなら、君の望んでいた教会に行こうか」
「え? さっき話が出たばっかりじゃん? そんなに早く出かけることができるの?」
素直にビックリして、彼に食いつかんばかりに聞いてみたら、何やら視線が泳いでいる。何か怪しい。都合の悪い何かがありそうな感じがしたので、少し眼力を強めて無言の圧力をかけてみた。
「いや実は、君とベッドに入ってから、一日半ほど経っているものでな。君が意識を手放した後、一日近く眠っていたから一瞬心配したが、長期の眠りとは違って浅い眠りのようだったので、そのまま眠らせておいた」
「は……なんと、一日……寝てたんだ……」
ん? ちょっと待て。
一日半引く一日、イコール半日だな? 合ってるよね? 小学生でも解ける問題だ。
いや、問題は、というより焦点は、だな。引き算で出た答えの半日、イチャコラしまくったってことだよ。
そりゃダルダルのバキバキになるでしょって。ありゃ恋愛モードのほんわかさん、とかのレベルではなかったぞ? どっちかっていうとスポーツの類に属すると思うべき。
おーい、恋愛マスター、教えてくれー、普通なのか? 世の中の女子、というか男女の普通なのか?
わからん。謎や……圧倒的にデータ不足や。仮にこれが普通だとすると、私、こちらのスポーツは、たまーに経験する程度で十分ですからぁっ!
苦悶の表情で身悶えしていると、不意に体が温かくなり、全身の痛みがすっかり消えていく。驚いて顔やら腕やらを順番に摩ってみた。
「……痛くない……」
「痛感麻痺の術だ。よくコークスやヒューズから施してもらっただろう? かなり楽になるはずだ。疲れは残るが……まあ、それだけ眠れていれば問題ないだろう」
ああ、あのダンスレッスンが終わった後に毎度かけてもらってた、アレね。そりゃ助かります……て、そこ、感謝してる場合じゃないしっ。
「あのねぇっ!」
文句を言いかけた途端、左手を軽くあげて私を制し、使い魔のカラスさんを飛ばした。勢いを削がれたため、不完全燃焼のまま口の先まで出ていた不満を飲み込むと、ご機嫌とりのためか、ラッセルがお茶を差し出してくれた。
それを飲みながら、ひと息つくと、再び現れたカラスが何かの書面をハラリと落とす。
書面に目を通したラッセルが、一瞬不快な表情を浮かべたと思ったら、軽くため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「沙羅、せっかくの教会行きだったが、私は同行できなくなった。東の国境の動きが怪しいらしく、私に調査命令が下った。事態がひと段落するまで王宮から離れなければならない」
「東側っていうとラムダス? それともアーリン?」
「アーリンの方だ。今は辺境警備に力のある魔術師が不足気味でな。小競り合いのまま膠着しているらしい」
少し厳しい顔つきで何かを考えながら話す様子は、この国にとってもあまり良い状況ではないことを物語っている。
「アーリンって、あの自由民がいる地域だよね。あと、例の一族も。内乱でこちらの国境までは攻めてこないんじゃなかったの?」
「そこら辺の内情も踏まえての調査だな。私が殿下の補佐から外れたのを見越して、ということだ」
「なんか都合よく追い出されてる感じするんだけど?」
ふふ、とほの暗い笑みを浮かべるラッセルは、私が今指摘した内容が的を射ていると肯定する笑みのようだ。
「誰が事を企てたのか、だいたいの差し金は見当がつくが。ここで物事を荒立てるわけにもいかない。早々に収めて帰ってくればいいのだから」
黒幕が誰かわかってんなら、まずはソイツを叩いちゃえばいいのに。
心の不満が顔に出ているようで、つい口先を尖らせてムッとしたまま押し黙った。
「そのような顔は……」
「わかってるって。レディには相応しくないんでしょ。でもさぁ、なんか釈然としないし」
「なんだ、寂しいのか。なら、もう少しお相手して差し上げるべきかな? 今度は私が楽しませてもらおうか」
意地の悪い笑みでこちらに向かってくる姿は、後ろに見えない黒い尻尾をつけているようで、怯えた笑いしか出てこない。
「いやいや、ラッセルさん、ラッセル様、ラッセル大明神様。今のところ間に合ってるかなぁ。別に寂しいとか無いから。足りてる、充分足りてますから」
「何、遠慮などしなくていいぞ?」
「遠慮したいですって。いや、ホント……きゃあっ」
適当な言い訳しながら後ずさりしていたら、それこそベッドの縁に阻まれてひっくり返って倒れ込んでしまった。
「ふむ、自らベッドへ来るのだから君も望んでいることだと考える。いい方に捉えようか」
捉えんでいいわいっ! はうっ……
あっという間に唇を奪われ、何度もキスを繰り返していくうちに、快感が抵抗を上回り、思考が鈍るのがわかった。自分の中でも、心地よい時間を共に過ごしたいという欲求がどんどん膨らんでいき、最後はそれに屈服する。
お互いの体温を感じ合い、心が満たされる時間を共有した後は、満足し切って、自然と眠りの海にダイブしていった。
目が覚めると自分の部屋のベッドに寝かされていた。しかも、相変わらずダルダルになってるし……
話を聞くとラッセルが抱き抱えて連れて来たという。
彼の所在を尋ねたら、既にアーリン付近の国境へと旅立った後だということだった。
半分抱き潰された感があるのだけれど、たぶんこれ以上心配させまいとの、彼なりの心遣いだったのだろう。
だけどね、見送りもさせてくれないってどうなのかしら。ああいった場面が苦手な感じはビンビンに伝わるから、さっさと逃げたかったのかしらね。失礼しちゃうわ。
それはそうと、彼が無事に帰ってきますように、と祈らずにはいられない。あんまり信心深い方とは言えない私ですら、どこかにいるかもしれない神様に祈りたくなる。
そうだ、教会!
バザーのお願いと一緒に無事帰還を祈るのもいいわね。許可は下りてるはずだから、早速行ってみようかな。
『善は急げ!』




