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85.撤退は……無いっ!

 結局、私の妄想は夢のまた夢へと消えていった。


 ラッセルに、最終的には大富豪にまでのし上がる、私の壮大な計儲け話……もとい、出店計画を説明してやったのだが、最後まで表情ひとつ変えなかったヤツが一言。


「却下」


 カクンと肩すかしを食った気分になり、理由を言えと問い詰めた。


 曰く、私は王族の客人としての待遇を受けているので、これ以上稼ぐ必要がない。また、商売が貴族のお嬢様らしい行動かは疑問に感じる。正面きって商売するよりも、作品を作る側にならないことが不思議だ、とも。


「要は、私が何かすることを反対したいんでしょ?」

「そうではない。街の商売人のようなマネを王宮内で、しかも貴族が行うことがマズいと言っている」


 ぷりぷり怒りながら文句を言うと、疲れた表情で理由を話してくれた。


「そんなに商売がしたいのなら、損得を考えずに教会のバザーに出して寄付を募る方が見栄えも体裁もいい。貴族の娘の慈善事業として、君の格もあがる」

「そんなあ……儲かんないと私のウハウハ人生が……」


 残念のあまり、思わず本音が口に出た。それを聴き逃すラッセルではない。当然のように、悪魔の笑顔が近づいてきた。


「サーラ・リンスター嬢、今君は何を考えているのかな?」

「へ? べ、別に。宝の山に埋もれて寝るとか、大量のお札を撒き散らして花咲か爺さんするとか……考えてないもん!」


 あ、しまった。焦って言い訳考えようとしてたのに……考える前に、全部口に出しちゃった。


「ほう、君に金を与えると、そのようなことを考える訳だな。そんなくだらん使い途の金など、やはり不要ということだ」

「たた、確かに、大量には必要ないけど……お店でショッピング楽しむくらいしてみたいじゃん」


 口に出してみると、漠然とした思いが形になり、今やってみたいことがわかってくる。

 そう、私はたぶんお出かけしたいんだ。

 街の一角にある果物や小物、洋服などをただ見て回る、ウインドウショッピングでも構わない。外に出て、新鮮な空気と雰囲気を味わいたいのだ。


 一度考え始めると、余計に出かけたい気持ちが高まって、もう居ても立っても居られない。

 どうにか理由をつけて出かけられないものか。今の私が外出できる理由を頭の中からひねり出す。


「あー、のですね。儲け話はもうしません。だから……えっと、そうだ! バザーの下見! 教会へ行って作品を置いてもらう交渉しなくっちゃ。その帰りとか、街でどういう品が売れてるのか、市場調査もしないと」


 まくし立てるように喋りきると、ギュッと目を瞑ってラッセルの判断を仰ぐ。市場調査という名目でショッピングを楽しみたい願望を混ぜ込んだので、また「却下」の声が聞こえるだろうと、ビクビクしながら返事を待った。


「……よかろう。今ある作品をいくつか見てもらって、バザーに出品できるか聞くことから始めないとならないからな」


 ラッセルから『諾』の声を聞くとは思っていなかったので、ヘナヘナと肩から力が抜けていく。試験の合格発表を確認した時みたいな安心感が湧いて、どっと疲れがのしかかってきた。


「は……あぁ、よかったぁ。なら、お出かけできるんだよね、私」


 コクリと頷くラッセルを見て、嘘ではないと実感した。嬉しさのあまり、今度はプルプルとかすかに震えてくる。


「それで、いつ行きたいのだ?」

「すぐっ、今すぐよっ!」

「それはダメだ。考えろ、外出には手続きと許可が必要だ。早くて明日の昼過ぎだ」

「ならそれでいい」


 興奮してラッセルの言葉に被せ気味にして日にちを決めた。なんか嬉しすぎて眠れないかもなぁ。

 明後日のお出かけは早い時間に設定してもらおうっと。まずはバザーの下見、それから街でショッピングとランチだよね。カフェも行ってみたいし、それからあとは……


 上の空で口を半開きにしてたのが悪かったのか?

 いきなり唇がムニュと塞がれて、ビックリして悲鳴をあげた。

 ただし塞がれたままだったので、悲鳴とはおよそかけ離れたくぐもった音に過ぎなかったのだが。


 その衝撃で脳内世界から戻ってきたら、いつのまにか至近距離にラッセルの顔があった。再び叫びそうになる瞬間、パチンと指を鳴らす音が聞こえ、叫び声が空気に溶けていく。


 ヤツは少し不機嫌そうに顔を歪めて、視線を外しなが小さく呟く。


「何度も呼びかけたのだ。なのに君は返事もなく一人でニコニコと……いやニタニタ、が正解か。笑っているものだから」

「それにしても、いきなりキスはないっ。こっちだって心の準備ってモンがねえっ」

「それならばいつが良いのだ? それに合わせるぞ?」


 それを聞いた私はぐっと詰まってしまった。なんだかこちらの経験不足を鼻で笑われてる気がして面白くない。自然と口先がとんがって、喋りにも拗ねた声色がまじる。


「その言い方は卑怯だから」

「君の許可が必要だから言っている。しかし……いつも強気が自慢の君が、少し怯えているのがまた何とも……」


 ラッセルは余裕のある表情で私が困る様子を眺め、楽しそうに話しかけてくる。


 その余裕が腹立たしくて、ヤツに何としても一泡吹かせたいと考える。頭の隅々まで細胞を働かせて。何かないか、何かコイツが考えもつかない驚くような出来事は。


 ちょっとうつむきがちに考え込んでいると、どうした、と気遣う声が聞こえる。そのあとふわっと抱きしめられると、その流れでか、頭を優しく何度も撫でてくれる。


 うふふ。ほわっとして暖かい気持ちになってくるわあ……いかんいかん、こんなんで騙される私ではない。さあ、反撃の狼煙(のろし)は何であげる?

 あ、いいこと思いついた。ふふっ、ヤツの反応が楽しみだ。


「誰が怯えてるですって? このサーラちゃんに限って、消極的な撤退なんかありえないわっ!」


 その言葉と同時に、ヤツの後頭部に手を回し、思いっきりキスを食らわした。


 ふふっ、どうだ! そうだよ、この顔だよ、この表情だよ、私が見たかったのは! ほーら、ビックリして目を剥くなんて、今までのアンタも経験ないだろう。


 んー、最高だ。ワイングラスに並々と酒を注いで、極上の気分で乾杯したいくらいだ。

 どうだい、私だってアンタをビックリさせること、できるんだからっ!


 ラッセルはその驚く表情の後、一旦目を瞑って二秒くらい間を空けた。再び目を開けた時のその目力(めヂカラ)たるや、ハンパなものではなかった。


 勝利に酔いしれていた私は、一気に奈落の底に叩きこまれたような気分になり、今度こそ本気で怯えた。

 空気が凍るのを肌で感じ、ヘビに睨まれたカエルの如く、固まって動けなくなる。


「このキスは心構えができた、と受けとろう。もう配慮は無用という意味でな」


 途端に激しいキスが繰り返し何度も唇に降ってくる。彼の舌を、口の中まで侵入してくる自分のものではない異物と感じ、無意識にブロックしようとするが、そのブロックも易々とかわして私の舌を絡めとる。

 その刺激に抵抗すればするほど翻弄され、やがてそのもどかしさが快感へと変わっていく。


「んあ、はぁ……こ、れは、無理……」

「別に大したことではない。流されるままに感じていればよいことだ」


 えーっと……どこかにいる恋愛マスターさん、今の私って、めっちゃラブい感じなんですよねえ……

 流されていいんですかぁ? ホントにいいんですかあっ!


 心の叫びを自問自答してみると……どこからともなく聞こえてくる声……


『いいんですっ!』

『今幸せならいいんじゃない? オッケー、オッケー』


 おっとお、頭の隅でなんとかマン的囁きがする。

 はいっ、りょーかいしましたっ! 月宮沙羅、一世一代の一大イベントに参加しまーすっ!


「う……ん……」


 吐息とも返事ともつかない声とともにふわっと体が持ち上がり、ベッドへとなだれ込む。

 奪われるキスの分だけ、徐々に思考が停止していくのを意識する。それに逆らうように、呪文もどきで自分を鼓舞してみた。


「こ、こわくない、こわくなんかないからね……」

「考えるのをやめればいい。簡単なことだ」


 ひーん、なんでアンタはそんなに余裕があるんだよおっ!

 悔しさ半分、ドキドキ半分、自分の気持ちに翻弄される。最後の抵抗とばかりに、乾いた笑いと一緒に、ひと言呟いた。


「ははは、ならば楽しませてもらいましょうか」

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