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84.モーソー!

 おデコを押さえて『フミー』と唸るハムスターちゃんを眺めてクスクス笑いをしていると、細かな作業を終えたメガネ侍女さんが、こちらへとやってきて喋り始めた。


「そういえばユーグレイ公から伝言がございました」

「は? あの人から? 何て?」

「お食事のお誘いです。明日のランチをご一緒するとおっしゃってました。お嬢様が気づかれましたら、使い魔を飛ばす、とのことでしたよ」


 あらあら、私が目を覚ましたらって。どうやってわかるんかい?

 不思議に思って首を捻っていたら、いつのまにか三つ目のカラスがベッドのヘリに留まっていた。


「ぅおっとぉ、ビックリした。いつのまに……」


 このカラスって、確か電話みたく喋れるんだよね、と思っていたら、私の話を遮るようにして声を出し始める。


「今回はあちらに行くことがなかったようで何よりだ。その……だな、明日のランチは一緒に、するとしようか。あと、君の退屈を紛らわすことができるように、図書館への道のりの安全は確保した。いずれ外出もできるように調整するので、隠れての行動は控えるように」

「やったー、ねえ、外出ってどこ? 近場?」


 三つ目カラスに問いかけるが全く応答がない。あれ? このカラス、前と雰囲気違うような……何かが違ってる?

 おやや、と思ってる途中にカラスはあっという間に飛び立ってしまった。


 えー、なんだよ、言いっ放しかいっ。せっかく文明の利器モドキと対話したかったのにいっ。

 まあいいよ、明日のランチで詳しく話を聞くからさ。でも、良い子にしてれば外出もできるって?


 まるで遠足待ちの小学生にでもなったみたいだよ。

 おやつは三百円までですかぁ? アーンド、バナナはおやつに含まれますかぁ?

 ベタな小ネタを思い出しつつ自然と笑顔になる。とりあえず出かけられるっていうんだから良しとするか。


 ふと部屋を見回すと、可愛らしい刺繍のほどこされた、小物やらカバーやらが増えているような気がする。いかにもお手製なのがわかるが、明らかに私の作品ではない、と思うのだが……


「ずいぶん可愛らしい小物が増えたと思うんだけど。私ってば魔法で刺繍する能力でも身につけたかしら」


 アゴに手をかけ真剣に悩んでいたら、メガネ侍女さんがクスクス笑いながら話しかけてきた。


「お嬢様に、本当にそんな能力があればよかったですけれど。残念ながら眠っている時はずっと眠ったままでしたわ。これらは彼女の作品です」


 そう言ってハムスターちゃんを指差した。


「実は、お嬢様のアリバイ工作の一環として、彼女に作ってもらってました。作品が増えれば、お嬢様がお部屋にいる、というカモフラージュになるかとも考えまして」


 ああ、だからハルやラッセルにはギリギリまでバレなかったのか。確かに私がチクチク刺繍してると思わせておけば、彼らには私が部屋にこもっていると勘違いさせられるもんねぇ。


「ある意味、主人思いっていうか、騙すのが上手いっていうか……ハルとか様子見に来たりしてたでしょ?」

「はい、適当な理由をつけて、面会を拒否されてることにしておりました。そのかわりにこの作品を見せたのです。あまり深く詮索されずに納得してお戻りになられましたよ? ふふふ」


 メガネ侍女さんが若干黒い笑いを見せているのは気のせいなのかしら。まあ、自分の舌先三寸で王族を手玉にとるのは……彼女の暗黒面を垣間見たようで、これ以上の深入りはしないことにしよう。


 でも、毎度自分の部屋に帰ってきても全然気づかなかったわ。周りを見る余裕もないくらい働いて速攻で眠りこけてたんだろねえ。起きてから集合時間までバタバタだったし。


 考えてみれば、日本にいる時も、会社と自宅の往復が日課になるほど働いてたな。つくづく仕事好きなんだよね、私って。あ、イカン。これって社畜体質ってことやん……


 でもなんだかんだで充実した日々だったんだよなぁ。

 侍女の仕事も楽しかったけど、もっと別の一生懸命になれる何かを探してみようかな。


「隠れて遊んでたら、先輩に見つかってぇ……ちょっとした出来心ですからぁ。ごめんなさい」

「へえ、アンタも意外とやるじゃない。手先が器用なんて初めて知ったわ」


 ハムスターと彼女の作品を交互に見比べながら感心して呟いた。


「綺麗な糸がいっぱいあったから……勝手な行動してごめんなさい。クビは困るんです、罰は受けますから」


 おどおどした物言いは、最初に会った時のように、辞めさせられるかも、といった不安を滲ませる声を含んでいた。


「何をそんなにビクビクしてんの。ホントあんたってば小動物系よね。そんな小さな事でアンタがクビなら、忍者ごっこしてた私は今頃切腹させられてるわよ」

「せっ……はい?」


 切腹が通じなかったのか、ハムスターちゃんはキョトンとしたまま固まっている。


「ああ、なんでもないわ。でも、自分が『したい』って思ったことなんでしょ? とことんまでやってみな。アンタ普段は自分から何かするのってサボることくらいじゃない。好きなものは好き、やりたいことは全力でやってみよう。応援するよ?」

「でも、お仕事じゃないです。お仕事じゃないことはやっちゃいけないって」


 しょんぼりとした表情で話しているのをみていると、この子に何かしてやらなければ、という決意みたいな気持ちが湧き上がる。


「誰が言った? 仕事じゃなくても仕事になれる仕事を探すのがアンタの仕事よ。それを見つけたんだから、これから刺繍入りの作品を作るのもアンタの仕事。ただし今までの仕事は疎かにしない。わかった?」


 言われたハムスターちゃんは、目を輝かせて何度も頷く。先ほどまでの、オドオドして人の顔いろを窺っていた子とは別人みたいな表情になり、嬉しそうにパタパタと奥の部屋へと消えていく。


「あの子もやっと人間らしい顔つきになったみたいですね。今まではどこか人形めいた虚ろな表情が多かったんですけど。寛大なご処置、ありがとうございます」

「いやいや、せっかくだからあなたも何かやりたいこと探してみたら? 応援するよ」


 ニッコリ笑顔の彼女から、今の仕事で十分だと言われ、この話は終わりにした。


 明日のランチでラッセルに今日の話をしてあげよう。

 そうだ、ハムスターちゃんの作品をフリマみたく展示販売するのはどうかな。


 ちょっと手の込んだ高級感溢れる作品は貴族のお嬢様に。小さな小物関係は侍女さんたちのために。


 最初はワゴンに何個か載せて、侍女さんの控え室とかに持っていけばいいよね。ある程度顔見知りになった子たちから、口コミで拡散してもらえるし。


 次は私がお呼ばれするお茶会で何個か販売することにしようか。プライドの高い貴族を満足させるものねぇ、手鏡カバーの可愛いヤツとかさ。


 何個も持ってるとステータス上がるとか言っちゃう?

 何とかシリーズみたいなヤツとかで、コレクター魂に火をつけるとかもアリよね。


 ハムスターちゃん印ってことでロゴか何かを入れれば、ブランド化だって夢じゃない。

 ちなみに私は販売元としてルートを王宮だけじゃなく拡げていくのもアリでしょ!


 地方の保養地なんかに分店したりしてさ。一躍富豪や豪商の仲間入りじゃん?

 私ってば、ハムスターちゃん印の刺繍で大当たり?


 うっきゃーっ! 夢は拡がるじゃないのよお。

 アラブの大富豪的な儲けになったらどんな遊びするかなぁ。

 ハーレム作ってウハウハ人生? はべらすオトコはみなイケメンじゃあっ!

 はたまた、純金の湯船でバラの香りに包まれる? かしずく美女に囲まれてぇ、おい、そこの姉ちゃん、パイがデカいんでないかい、うっひっひ。

 それともそれとも……


 いきなり、脳天に『ゴスっ』という音が響き、衝撃で現実世界に引き戻された。


「っだーーいいっ。アニすんだあーーっ!」

「何、キモい顔してんだよっ。目がイッてるし。あとそれな、ヨダレ、拭け。オマエはホントに女子かっ」


 ニタニタ笑いをしながら最大限まで妄想を膨らませていたらしい。日本じゃ寂しい地味子だったからな。反動がすごいんじゃい。


 たまたま戻ってきたルディに一発食らって本日の夢の時間は終了した。

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