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83.カモーン、恋愛マスターっ!

 ガックリとうなだれるラッセルを見るのなんて久しぶりで、思わず自分のことよりも心配になってくる。


「だ、大丈夫? 私、アンタがそんな大変な用事を抱えてるなんて思ってなくて……ごめんなさい」


 気遣いを口にしたら、先ほど入ったスイッチのチャンネルが切り替わるように、いつも通りの自分に戻るのを感じた。


 さっきまでの荒ぶった気持ちが、驚くほど消えていき、そんな感情に支配されていたことが逆に恥ずかしくなってきて、オロオロとする。


「ああ、大丈夫だ。問題ない。元々無理だと思っていたものに、希望を感じてしまったのが間違いだった……」

「いったい何がアンタをそこまで落ち込まさせたのよ。私に何かできることあるかしら」


 ラッセルは緩く首を振ると、軽く苦笑いを浮かべて小さく呟いた。


「今は……そうだな、少しの間側に居てもらえるか?」

「わかったわ」


 短く答え、彼の手を引いてソファにゆったりと腰を下ろした。


 俯いたまま目を瞑り、表情を押し殺しているラッセルは、まるで泣きたいのをひたすら我慢している子供のように見えてきて、なんだかこちらまで胸が詰まる気持ちになる。


 やがて彼はポツリポツリと事の経緯を説明してくれた。


「以前、君が母上の夢の中に入れる、といった趣旨の発言をしたのを元に、私なりに母上に目覚めていただく方法を考えてみたのだ」


 ラッセルの考えによると、魔力のない私は、直接ラッセルのお母さんに触っても、魔力反発がないと考えられる。夢の中へ入れるということは、お母さんの夢や感覚に共鳴できるのではないか、とも仮定できる。

 一度試験的にやってみて、私がうまく彼女の意識に語りかけることができるならば、同時に目覚めさせることもできるのではないか、と。


「王にその方法を進言して、母上への面会の許可を得ようとしたのだが……却下されてしまった」

「え? だって王妃様なんでしょ? 王様も目覚めてくれた方が嬉しいに決まってるだろうに。なんでダメ?」


 話を聞く限りでは、その方法が一番目覚めさせる確率が高そうなのに。私の魔力のなさが、こんなところで役に立てるなら、私だって協力したい。


「王は言われた。君は自分の想い人を危険に晒せる勇気があるのか。成功した時は母上が目覚めるが、もし失敗したらどうなる、と」

「失敗した時は? どうなるの?」

「母上が目覚めないばかりか、君までもが夢に囚われて目覚めない可能性がある」


 そうか。自分の考えが、いつだって良い方向に向かうとは限らない。今まであまり進展がなかった状況を打破したいという気持ちが強いあまり、失敗した時のことを考えないでいるのは愚か者のすることだ。


「それを指摘された時、私は愕然とした。確かに母上は救いたい。私を産んでくれた方だからな。しかし君を失うのはそれ以上に辛いと感じた。私の中で君の存在は日に日に大きくなっているようなのだ」


 え……何それ。サラッと告られてる気がするのは気のせいですか?

 カーッと体が熱くなり、ドキドキの速度が速くなってくる。

 勘違いしてたら小っ恥ずかしいんだけど、恋愛経験が低空飛行さんには今の状況、理解しがたいんですがぁっ。

 誰か、恋愛マスターいませんかー!

 この場合、どう対処するのが正解ですかーっ!


「このような感情、サランディアに吹き飛ばされた時には無駄なことを、と鼻で笑ったものだったが……君と出会って、再びこの感情が戻ってきたことに今は感謝したい」


「あ……の……」

「今ならば彼女の心も理解できる。愛する者を手に入れる喜び、失う辛さ。失いたくないという足掻き……」

「愛……で、すか……」


 ダメだ……自分の恋愛レベルが低すぎて返す言葉が見つからない。

 あれこれ考えてるうちに、ふと気がつくと、フニャッとした温かい感触を唇に感じる。


 あ、いや、これって『チュー』ですよねー。

 前は気分が盛り上がっちゃって、ムッチャやらしいキスとかしてみたりしたんだけど……そもそもあの時は、夢でみる少女漫画的展開とかと半分勘違いしてたくらいだし……


 今回は不意打ちっていうか、あんま意識してなかっていうか。

 心の準備がないままのキスなワケだし、完全に覚醒してる状態なワケでして……


 ぶっちゃけ、恥ずかしいんです!

 あン時とは心構えが違うんですぅぅっ。

 お願い、恋愛マスター! 意見をくれー!


「んん、ん、んん」


 慌てて抵抗を試みるが、流石に男性の力には敵わない。自分の目をカッと見開いて、ドキドキを消化させようとするあまり、鼻息まで荒くなってきてるのがわかり、恥ずかし過ぎて顔を背ける。


「目を瞑って、舌先を感じて……」


 顔を背けたまではよかったが、ちょうど耳に唇が当たり、囁きとともにカプリと耳朶を()まれる。


「ひゃん……」


 ゾクリとした感覚に肩を竦ませると、もう一度唇が塞がれた。ゾクゾクした感覚のままキスを続けていると、心臓が飛び出してきそうなほど速くなり、鼻息が荒いどころか、口が半開きでグモグモと声が漏れてくる。


 なんだよ、この声……アタしゃ変態かよっ。

 鼻息荒くしてとかって……どんだけガッツいてるのかと思われちゃうじゃんよおっ。

 しかもグモグモって……ブタさんじゃないんだからさあっ。アホ顔晒してるみたいでチョー恥ずかしっ。


 ダメダメ、もうギブ。

 これ以上先に進むんかーい、と思った瞬間、心臓バクバク音が急に遠ざかり、同時に意識もプツンと切れた。


「んん……」

「あ、気がつきましたかー?」


 ムックリと起きてボーっとしていたら、聞き覚えのある声が側から降ってきた。


「ぁあん? どこだ、ここ?」

「先ぱーい、お嬢様、気がつきましたよー」


 状況が飲み込めないまま、グルリと首を回すと、ハムスター侍女ちゃんがこっちを眺めている。


「私、なんでここに? 確かラッセルと……あ……」


 思い出したら顔から火が出るくらい赤くなっていくのがわかった。


「ああ、くうー、ぐ、わあああっ」


 黒歴史や……私の中では、完全なる黒歴史になったわい。ああ、自分のやったことが信じられない。


 あんだけいい感じの雰囲気になって、鼻息荒いやら変な声だすやらなんて。次、彼に会ったら恥ずかし過ぎて、溶けてなくなるかも。


 頭を抱え悶えていると、メガネ侍女さんがニコニコしながら、お茶セットを準備してやってきた。


「先ほどまでユーグレイ公が付きっきりでございましたよ。残念ながら会議の時間とのことでお戻りになられました。あのお方もあのような柔らかな表情をされるのですね。それもお嬢様限定でしょうが」

「はは、は、はあぁ……」


 乾いた笑い、からのため息。


「お嬢様ってば、何のヘマやらかしちゃったんですかー。せっかくの身代わり作戦だったのに、残念ですねぇ」


 このハムスターめ、人ごとだと思って……なんだよその、のほほん感。自分だって少しは加担してそれがラッセルにバレたんだから『自分は都合が悪かったけれど、お嬢様は大丈夫でしたか』とか『お嬢様を弁護して誤魔化すのに大変でしたよ』くらいの言葉があってもいいと思うんだよね。


 全くコイツは主人を主人とも思ってないんかいっ。


 そんなことを感じながら、プリプリと怒っていたら、ハムスターちゃんがツツツと私の側へ近寄って、そっと耳打ちをしてくる。


「またいいアイディアあったら話してくださいね。お嬢様の悪巧み、あ、違った。お嬢様の素敵な計画に参加できるなんてラッキーですから。サボるためならいくらでも協力しますよー」


 ウインクしながら片指を立てるポーズがやけに決まっている。それ、親指でよかったよ。立ててるのが中指だったらぶっ殺してだろうからね。

 コイツのサボり癖はどう考えてもクビレベルだし、あからさまにサボり宣言なんて、天然ボケもいいところだよ。


 かく言う私も、この罪を罪とも感じさせない表情と言動に、憎めない部分も感じ、若干参っているフシもある。


「ハムスター、罪作りなヤツめ……」


 小さく呟くと、思いっきりヤツのおデコをピンっと指で弾いた。

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