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82.いいじゃん!

 大丈夫、道具を片付けて、出口に向かえば終了だ。落ち着け私。


「ふむ、君たちが今日の掃除をしてくれたのですか。ありがとうございます。カシアス殿下は最近の侍女たちの働きぶりが良いことを褒めていました。彼の推薦状に併せて、私も君たちに贈った方が良いならば、お出ししますよ?」

「まあ、ありがとうございます。ユーグレイ公からの推薦状でしたら、喜んで頂戴いたします」


 リーダーのご機嫌がマックスまで跳ね上がり、掃除を仕上るのにも気合いが入ってる。


 ほお、ラッセルってば、ずいぶんと愛想のいい声出してるじゃないか。全く、どんな顔して言ってんだか。


 返事はリーダーにお任せとばかりに、彼女の後ろに隠れるような場所に陣取った。チラッと覗き見ると、これ以上ないって程の営業スマイル。


 ふうん、こんな表情もできるんだ。いつも仏頂面やら澄ました表情しか見てないから、ちょっと新鮮。このくらい柔らかい表情を私にもしてくれるんなら、こっちだって可愛い女子できるように努力するんだけどなぁ。


 おっとヤバい、ガン見してたらバレちゃうし、昨日みたく引き留められないように存在感を消しておかないと。


 お部屋の最終確認を済ませ、お辞儀をしてからさあ帰ろう、とクルリと背を向けた瞬間、私の地獄が始まった。


「ああ、君。君には少し残ってもらおうか」


 ……やっぱり今日もガシッと肩を掴まれた。

 錆びた機械のように、首をギ、ギギ、と巡らすと、満面の笑みを浮かべながら立っているラッセルがそこにいた。

 アカーン、終わってまった……


「ああ……今日も……む、無念じゃぁ……」


 私だけ引き留められることを不審に思ったリーダーが、ラッセルに理由を問いかけてきた。


「あの……大変失礼とは思いますが、サーシャは次の仕事も残っております。お急ぎでなければ、時間を調整しまして、後ほどお伺いさせるよう致しますが?」

「ああ、彼女の仕事か。それならば、代理はミリアル嬢にお願いしよう。次の交代時間まで代理の者を向かわせますので、ご心配なく」


 最上級の笑顔をリーダーに向けてラッセルが答えれば、彼女も渋い顔をしながらも頷くしかない。

 それを確認したラッセルは、自分の使い魔である三つ目のカラスを呼び出し、呪文を唱えてからそれをどこかに飛ばした。


 おそらくミリィちゃんのところにだろうが、ハルと一緒に訓練に励む時間を削ってしまうのだ。申し訳なさでいっぱいになる。あとでしっかり謝っておこう。


 すぐに戻ってきた三つ目のカラスから、ミリィちゃんが承諾した旨を聞き、リーダーに伝えると、次は退出する彼女を丁重に見送る。

 扉がパタンと閉まる音と同時に、部屋の空気が一変したのを感じた。


「さて、侍女のサーシャさん。新人ということでしたが、いつぐらいからこの仕事を始めてるんですか?」

「んぐひぃ……」


 先ほどからリーダーにも見せていた最上級の笑顔を私にも見せつけてくる。普段と違うラッセルの表情にはただただ恐怖しか感じられない。絶望のあまり、ノドの奥から悲鳴にも似た声が、知らないうちに漏れて出る。


「答えになってませんよ? いつからですか?」

「いい、一週、間、くら、いぃ……」

「なるほど。それでしたら、仕事もだんだん楽しくなってきたところでしょうか」


 一週間と答えるのが精一杯だったので、あとはコクコクと黙って頷くだけにする。ふむ、と顎に手をかけている彼の仕草は、普段と変わらずのようで、ちょっとだけ安心して肩から力が抜けた。

 するとラッセルは、笑顔のランクを少し下げ、その分、ズイッと私の顔の前に自分の顔を近づけて、更なる尋問に入った。


「ところで、私の知り合いに、サーラ・リンスター嬢という方がいらっしゃいます。あなたはその方に非常に似ている。誰かに指摘されたり、彼女に間違われたりしませんでしたか?」


 ち、近、い……しかも、目が、目が恐いぃ。

 恐怖から逃れようとする為か、少しでも距離を取ろうと、仰け反りながらプルプルと首を横に振る。


 答えを聞いたラッセルは、しばらく私を見つめていたあと、はあっと大きなため息を吐いた。それからグイッと私を自分の腕の中に抱き入れ、まるで時間が止まったかのように、しばらくそのまま動かなかった。


「あ、あのー……バレてますよねぇ……たぶん」


 もしかしたらバレてないかも。そんな考えもチラッとよぎり、上目遣いで覗きみると、更に眉をひそめてギッと睨まれた。


 ひえ……マジギレしてるしぃ……


「君が部屋に入ってきた段階で把握していた。使い魔の魔力が感じとれるからな。しかし、敵のターゲットは君なのだぞ? なぜ部屋から出ている。これでは狙ってくださいと言っているようなものだ」

「わかってるわ。ハルにも言われたもの。でももう無理。限界なのよ!」


 こっちだって充分我慢したんだ。

 毎日毎日、やることといったら身支度と少しの勉強。繰り返し練習し、既に飽きているダンスの足さばき。

 暇つぶしなら読書か刺繍? たまに引き出しを開けると、もらった万華鏡もあるけれど、それだって何時間も見れるワケじゃない。もうヤダよ……


 なのになんで責めるの? 私以外の人たちは、仕事とはいえどっかに出歩いて、何だかんだ言いながらも違う空気を吸えている。なのになんで私だけ……私だけ……


 そう思っていたらどんどん自分が可哀想になってきて涙が溢れてくる。頭のどこかでカチリとスイッチが入るような気分に切り替わる。


「わ、私は。ア、アンタに会ってる時が……会えることが唯一の楽しみだったのに。たまに二人で会える日に食事して話せば、変わり映えのない平坦な毎日だっていくらでも我慢していられたのに」


 言いつけを破ったのは私なのに、都合の悪さを隠すためにわめき散らし、誤魔化しているのはわかっているのだ。ただ、口に出してしまった言葉に酔いしれてしまってる今、自分のしてることに歯止めが効かない。哀しみのヒロインを気取っている表面上の私は、ここぞとばかりに弱い女を前面に出してラッセルに食ってかかった。


「なのに、私がどんなに時間を合わせようとしても、アンタは私に会ってくれなくなった。避けられ始めたのならしょうがないって諦めるわ! その気持ちを消化するために、部屋から抜け出て何が悪いのよ!」


 放って置かれたのは寂しいとは思ってたけど。

 これじゃあ逆ギレしてヒステリックに叫んでるアホ女やないかい。


 そんなことを思いつつも、不満が口をついて出てきたら、もう止まらない。湧き出るように哀しみが漏れてきて、悔し涙が溢れ出す。


「こんなこと言うつもりなんてなかった……ずっと我慢してればよかったのかもしれないけど。私はただ単に自由が欲しかっただけ。行動を制限されるなんて、ストレス以外の何ものでもないわ。こんな牢獄みたいな王宮に住むこと自体、間違いだったのよ」


 私は深く息を吸い込んで、低く押し殺すような声で呟いた。


「私は、日本にいた頃のような、つまらない人生は送りたくない。戻れないってわかった段階で、人生楽しむことに決めたからね。ここにいても意味ないと感じたら、すぐにでも出ていくわ」


 キッチリとした私の宣言に、ラッセルは何とも言えない表情で返してくる。


「私も悪かった。機嫌を直してくれ。君には良い知らせを持って行きたかったから、結果が出ないうちは会いに行く勇気がなかった。その間に君がそんなに寂しがっているとは想定外だった。これは私の失敗だ、申し訳ない」


 素直に謝まられると、逆ギレしていた自分がなんだか情け無くなってきて、怒りも哀しみもゆっくりと引いてくる。やがて涙も止まり、時おり私がしゃくりあげる音だけが部屋の中に響いている。


「落ち着いたか?」


 俯いたままコクリと頷き、自分の腕を突っ張って、ラッセルが囲う腕の中から離れる。


「いい知らせって何? それがうまくいかなかったの?」


 私の問いに無言で頷くも、あまり覇気のない笑顔でためらいがちに口を開いた。


「君にとって、というより、私にとって、という意味合いだったのだが……」


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