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81.無理むりっ!

 私がこのまま潜入侍女体験を続けることは、当然二人ともいい顔をしなかった。


「ふうん、私だけあの退屈な軟禁生活に戻るんだ。へえ、二人は楽しい楽しいイチャコラ生活が続くのね。いいよね、退屈とは程遠い生活ができて。別に構わないわ、私だけつまんない人生を送るんだ。いいの、だって私、生活魔法さえ使えないし、訓練とかも無理だし」


 言ってるうちに、ホントにつまんない生活を思って悲しくなってきた。

 ほんのちょっと魔法が使えれば、少しは気が紛れたりしたはずなのに……


 こっちの世界に移って来た時に、なんで神様は私に力をくれなかったんだろ。ほら、よくあるじゃん、ファンタジー物ならば。

 神様とご対面してさ、マジックアイテムや鬼強い能力とかをもらうってヤツ。

 あ、でもトラックとかに轢かれなきゃ無理なんかなあ。こういう事故ってやっぱお約束?


 あんな力があれば、八卦とかいう一族なんか、アッサリとサーラちゃんがやっつけて、この世の春を謳歌してるはずだったのに。

 

「あーあ、ホント情けないわあ。ホントやんなっちゃう」

「おいおい、サーラ? 何もそこまで暗くならなくたって……」

「ハルにはわかんないのよ! ただボーっとしてるしかない人生なんて。無意味な時間しかないのよ! わかる? この苦しみ!」


 涙目になりながら切々と訴える私を見てなのか、ハルは深くため息をついた後、こう提案してくれた。


 危ないことには首を突っ込まないように。

 必ずラッセルに今の状況を伝えて改善してもらうこと。

 侍女体験はミリィちゃんを付き添いにして行うこと。


「えーっ、ミリィちゃんは無理だよ。ハルとの訓練は毎日の積み重ねが大切なんでしょ? ならそっちを優先して?」


 楽しい潜入作戦に知り合いなんかついてきたら面白くないに決まってるじゃん。いくら私の言うことを聞いてくれるミリィちゃんだからって、侍女になる楽しみを邪魔されたくはない。


 私は可愛くおねだりのポーズをとって、ハルにミリィちゃんを押し付けた。かなり渋っていたが、私が絶対に引かないと察知したのか、軽い諦めモードに入ったようだ。その代わりに、ハルが自分用に持っている護符付きのアクセサリーをもらった。


「せめてこれだけは付けておけ。王族を護る為のものだから、結構強力なはず。あとはユーグレイ公がなんとかしてくれると思うんだが……必ず話しに行くんだぞ?」

「うん、ありがと。ラッセルにも環境改善の相談するから、心配しないで」


 その日の一番いい笑顔で答えた。

 ただしラッセルに話すのは、潜入体験に飽きてからね。心の中でそう呟いてハルの部屋から出ることにした。


 私の笑顔を疑ぐるような表情をしたハルは、ミリィちゃんをチラッとみて、再びため息をついている。その直後、一瞬口の端をニッとあげて、底意地の悪い笑顔になったように見えたのだが、すぐに下を向いて口元を隠したので、表情が窺えなくなってしまった。


 おや? と勘ぐるヒマもなく、ミリィちゃんに誘導されながら、出口の扉へと向かう。


「ホントに危なかったら、とにかく大声を出して逃げるんですよ? 明日から、時間を調整して侍女控え室に顔を出しますので」

「大丈夫よ。私、ずいぶん仕事も慣れたんだから。ほら、(さま)になってるでしょ? 余計な心配しないで、ハルと過ごしてよ」


 ミリィちゃんの心配をよそに、侍女の服で一回りして胸を張る。これ以上、変に心配されないように、バイバイと手を振ってさっさと部屋を後にした。


 私の背中を見送るハルが、とんでもないことを仕組んでいるとも知らずに。


 次の日も、相変わらずハムスターちゃんとの入れ替わりで、侍女の控え室にたどりついた。なんとかハルとミリィちゃんの黙殺を勝ち取った私は、いつになくご機嫌でリーダーからの部屋割りを言い渡されるのを待っていた。


 昨日一緒に作業していたマリアさんは、内務大臣の執務室を割り当てられたらしく、頬を染めて奮起している。彼女に見つかって要らないことをベラベラと喋られないように、少し離れた目立たない場所に陣取って、その様子を窺った。


「……にお願いします。あとは、ああ、サーシャさん? あなたにはユーグレイ公のお部屋をお一人でお願いします」

「は? なんで?」


 普通、侍女が出向いて掃除をする部屋は、二人一組が鉄則になっている。ラッセルの部屋も例外ではなかったはず……なのに何で?

 顔中にハテナのマークを飛び散らせ、つい疑問を口にする。


「あ、リーダー、すみません。お部屋にはいつも二人で伺っていたはずです。今回私が一人というのは、なぜですか?」


 私の質問を受けて、リーダーがニッコリと余裕の笑みで答えてくれる。


「昨日のカシアス殿下のお部屋の働きぶりからです。お二人とも殿下からの推薦状があります。マリアさんは内務大臣のお部屋、サーシャさんにはユーグレイ公のお部屋にと。二人とも迅速で丁寧な働きから、専属侍女になるまでは、お一人でも充分能力を発揮できるとの口添えをいただいておりますよ?」


 リーダーも優秀な人材を育てたという実績が評価され、出世のチャンスを得た、といってかなり満足されてる様子だ。


 リーダーや周りの子たちの反応とは正反対に、私の心は昨日以上にザワついていた。


 くっそお、ハルめえっ! 私がミリィちゃんとの仲を冷やかし半分で見ていた仕返しだな。別にただ見ていただけだし、誰かに言いふらすとか、それをネタに脅すとか、思ってなんかないのに。


 まあちょっとは使ったよ? 侍女の仕事を続けるためには黙殺してもらわなきゃマズいじゃん。でもたったそれだけのためじゃないのさ。

 なのにこの仕打ちかいなっ!


 なんだよ、ラッセルの部屋に、しかも一人で行くだってえ? こんな無理ゲーみたいなセッティング、なんで考えつくのさ。


 やっぱムリだ。どうしてもあと一人、隠れ蓑と一緒にいるべき。どうしようもないので、苦し紛れにゴホゴホと咳き込んで、わざとらしい演技をしてみた。


「リ、リーダー、すみません。なんだか昨夜から体が本調子でないので、相応の働きをすることが難しいのです。ゴホゴホ……ど、どなたかにサポートに入ってもらいたいのですが……」

「あらまあ、困ったわね。じゃああと一人、考えておくわ」


 あらら、アッサリ引っかかってくれちゃったし。なんかチョロいよ、このリーダーさんてば。でも、隠れ蓑役を準備してくれるならラッキー。



  ※ ※ ※ ※ ※ ※



「失礼します。本日の掃除を担当致しますカナンと……」

「し、新人のサーシャです」


 結局ラッセルの部屋に来たもう一人の侍女は、リーダー自身だった。

 ちょっとだけ期待で顔が火照っているのは、彼女も独身貴族の目に留まりたい、という欲求が現れたためらしい。

 アイツもなんだかんだでフリーの独身貴族だ。そりゃあ人気も出るだろうよ。おモテになりますこと? フンだっ。

 リーダーさん、思いっきりラッセルに自分をアピってくださいな。その分だけ私の存在が薄れるってことだからね。


 少し面白くないけど、隠れ蓑役の本領は発揮してくれなきゃ意味がないもんね。ごちゃごちゃと考えていたら、リーダーから急に覇気が無くなっていくのを感じた。


「リ、リーダー? どうしました? 何かありましたか?」


 小声で、恐る恐る聞いてみた。


「何かじゃなくて、肝心の部屋主であるユーグレイ公がいないのよ。残念だわ、期待してたのにっ」


 え? ラッセル、居ないんだ。やったあ。

 そう言えは、控え室で噂になってたじゃん。そもそも人が居ないから部屋も汚れないしとかって。

 残念がるリーダーを尻目に、私のテンションは軽く上向きになった。


「いいじゃないですか。早く仕上げて早めに戻ったっていいってことですよねっ。頑張りましょっ」


 こんな危険な場所には長く留まらない方がベストだ。『三十六計逃げるに如かず』ということわざもある。さっさと仕事を済ませて逃げるが勝ちだわ。

 不満そうなリーダーの背中を押して、黙々と作業を始めた。


 掃除の目処もついてきた頃、あと少しで終わるだろうと一旦手を止めて、辺りを見回した時だった。


 カチャリ……奥の扉が開いて、いつもは掃除の時間には居るはずがないラッセルが、なぜかそこから出てきた。


「ふげっ……」


 口から変な声が漏れて、慌てて手で抑えた。

 油断してた。居ないと思ってリラックスし過ぎてたわ。見つからないように下を向いて気配を消さないと。緊張のあまり、心臓がバクバクと音を立て、呼吸が荒くなるのがわかった。

 今こそ忍者の極意を発揮しなければ!


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