80.驚きの展開なり!
「ふうん、で、ヒマなあまり隠れて侍女の真似事をしていたと」
「そうよ、だってあんまりだもん。ほとんど軟禁よ? 何かしないと退屈なのっ」
私の必死の訴えに、ハルが呆れながら答える。
ミリィちゃんが三人分のお茶を用意して、席に座ったところで改めての話し合いが始まった。
ちなみにこの段階でマリアさんは、早めに仕事を切り上げてもらって、控え室に戻ってもらっている。
予定時間より早く戻るということは、何らかの失態でその貴族の不興を買ったと認定されてしまう。一瞬マリアさんは不満そうな表情をしていたのだが、貴族を目の前にして文句を言える立場でもない。悔しそうにしている彼女のために、少し待ってもらってハルからの推薦状を渡すことにした。
『こちらの都合により彼女を早く帰すが、何の問題もなく仕事を完遂した。むしろ手早く完璧な作業だったために予定より大幅に短い時間で戻ってもらうことにした。新人マリアは大変優秀な侍女であり、どちらの大貴族の専属侍女としても役立つ存在になると思われる。今後の彼女の働きに期待する』
こんな感じでハルに一筆書いてもらい、マリアさんに手渡した。内容を伝えてリーダーに渡すように頼んだら、ホクホク顔をして帰っていった。
たぶん次に彼女に会う時はだいぶ出世してるんだろうな。大物貴族の侍女か侍女たちのリーダーかも。ひょっとして、どこかの貴族の第二夫人あたりに治まっているかもしれないね。
彼女のあり得るかもしれない未来を想像して思わず笑顔になった。
「それにしても……レイニー様がお許しにならなかったのではないですか?」
ミリィちゃんが心配顔をして私に問いかけてくる。ハルも腕組みしながら、もっともらしい顔でウンウン頷いている。
「だってぇ、レイニーさんに言っても絶対動いてくれないもん。ラッセルの言いつけ守れって……あ……ご、ごめん」
言ってる途中でハルをチラリと見て恐縮する。
潜入がバレた方に気が向いていてすっかり忘れてた。
ハルの前に私がいるとか、ラッセルの名前聞くとかって、まだまだ消化しきれてなかったのかも知れなかったかも。
いろんな人の前で思いっきりハルを振っちゃったようなモンだからね。結構深いキズつけちゃった感じだし。しかも、今またそれをえぐるとか。
ハルに対していろいろと申し訳なく思って、だんだんと言葉に詰まってしまった。
「もう気にすんな。俺、そんなに引きずりっぱなしじゃないから。まあ、多少のショックはあるけどさ、そこまで酷く落ち込んでもいないんだよ。何となくサーラの気持ちが別に向いてるってわかってたからね」
「そっか。だったら、もう気にしないよ」
どことなく吹っ切れたようなハルの顔をみて、ここでこの話は終わりにした方が無難と判断した。
ハルには、これから新しい出会いがたくさんあるだろうから、その中で一番フィーリングがあった人と一緒になって欲しいな。
「ところで今回の件、レイニー様がご存知ないということは、当然ユーグレイ公は……?」
ミリィちゃんが恐る恐ると言った感じで聞いてくるので、こちらは胸を張って元気に答えた。ついでに親指を立てて、ビシッと決め顔で宣言した。
「もちろん、知らないわ。知ってたら大目玉だよ。今日のシフトだって、ハルの部屋に決まっちゃったから誰かに代わって欲しかったんだけど。新人限定ミッションだったから、しょうがなくね。バレる前に立ち去ろうと思ってたんだけど、この通りだわ」
「この通りだわって。いったい何を考えてるんだよ。サーラが危ない目に遭わないようにってことでなるべく部屋から出ないようにって言われてるんだろ? 自分から襲われに行ってるようなモンじゃないか」
「だってぇ……つまんないし、限界なのっ!」
本気で呆れたハルの口調はだんだん怒りが湧いてきてるようで、私をなじるように語気が荒くなっている。
これ以上喋ってると私の方が不利になりそうな気がしたので、慌てて話題を切り替えることにした。
「それはそうと、なんでミリィちゃんがハルのとこ来てるの? アンさんもしばらく見かけないと思ってたら、ハルの部屋に詰めてたんかい。全くスミに置けんなぁ、はっはっは」
「えっ、そ、それは……」
軽い気持ちのノリツッコミでミリィちゃんに話してたら、真っ赤になってしどろもどろ……
ん? なんか私ってば、変なツッコミだったかしら? いつもの軽いノリだったのに。
「な、なんだよ。ロイズ殿やレイニー殿、ユーグレイ公にも相談して、ミ、ミリィを借り受けて、一緒に練習してんだからな。別にやましいことなんかしてないし、思ってもないからな!」
は? 何? その反応……
ハルが思いのほか動揺しまくって、赤くなりながら説明しているんですけどおっ。
この反応って。まさかまさかの展開?
ええーーっ! マジですかあっ!
驚きのあまり、片手を口にあて、目をまん丸にしながらハルとミリィちゃんを交互に指差した。私の反応に、ミリィちゃんは背を向けてモジモジ、ハルは顔を上気させてブツブツとなんか言っている。
「なんでまた、そんな展開に……?」
ついこの前まで仇だって言うくらい憎んでいたハルだよ? 予想外のの出来事に頭がついていかなくって、なんとなく説明を求めてしまった。
それによると。
先日のサソリ使いシンの攻撃に、為すすべもなく敗北してしまったことに対し、ハルが責任を感じ、自ら特訓を決意したとのことだった。
魔術と剣術の稽古ということで、王宮警護を担当するロイズ隊長に相談したところ、ルディに師事することを紹介されたという。それを聞きつけたミリィちゃんが、自分も訓練に参加することを申し出、今に至るらしい。
「でもさ、ミリィちゃんは、その、わだかまりとかなかったの? ハルと一緒になんて……」
「ここに来るまでに、ジュノー様……いえ、リンスター子爵様からカシアス様のことをいろいろお伺いしました。カシアス様が幼少期や怪我からの復帰から、いかに努力をしてきた方かなどをたくさん聞きました」
そう言ってハルを見つめるミリィちゃんの目には、親愛とも尊敬ともとれるような雰囲気を感じた。
「それを聞いているうちに、自分の考えがとても浅はかだったことを思い知らさせました。私のつまらない思い込みでカシアス様を傷つけてしまったこと、謝罪してもしきれませんが、この方は寛大な心でお許しになってくださいました」
両手を胸の前で組み、ハルを見ながらニッコリ笑う姿には、ハルを襲った時のような荒々しい感情は完全に抜け切ったようで、穏やか空気を纏っている。
「元々俺がサーラを守るためにって始めた訓練だったんだけど、途中ちょっとヤル気なくしちゃって。ほら、なんて言うか、俺振られちゃったじゃん、サーラに。で、訓練なんか、もうどうでもいいかって思ってたりしたからさ。そン時だよ『あなたのこの訓練は国民を守るための訓練でしょ。個人の感情に振り回されて、小さな事に拘ってるんじゃないっ』だってさ」
軽い苦笑いのような表情でチラッとミリィちゃんを見ているハルだが、責めてるわけではなく、優しい口調だ。
「それ言われて彼女を見る目が変わったんだ。彼女は俺よりしっかりとした考えを持ってるんだなって。俺も負けてらんないからさ、ちょっと気合い入れ直したんだ。今は訓練も充実してるし、楽しいよ。まあ、ヒューズには二人がかりでも、まだまだ敵わないんだけどな」
言いながら、同意を求めるようにミリィちゃんを見るハルに、彼女もコクリと笑顔でかえす。
「私自身は国のため、などと大きなことは言えません。私一人の力は大したこともありませんしね。ただ、リンスター家の跡取りになりますサーラ様のため、ひいては国を守るカシアス様のお力になれるように、と日々頑張っております」
私が知らない間に二人には、誰が入る隙間もないような信頼関係が築かれているみたいだった。
この信頼関係が、恋情か愛情に変わりつつあるようで、今のぎこちなさが生まれているのかもしれない。
そう考えると、ニマニマとした、ちょっと意地の悪い笑顔になってしまうなあ。
「な、なんだよ、何か言いたいことがあるなら言えばいいじゃないか」
「ん、べっつにぃ。ふふふ」
私の反応に、ハルが照れて文句を言うのが余計におかしくって笑い声になった。
他人の公開処刑はやはり面白いモンだよ。ははは。




