79.忍者だ!
くそぉ……ヤバいぞ。この仕事は誰かに代わってもらった方がいいな。今、ハルにこの姿を見られるのはマズい。最近の私の唯一の娯楽なんだ。この潜入をまだまだ楽しむためには、こんなところで私の知り合いに会ってはいけない。
片方の侍女に交代を申し出ようと、顔を上げると同時に、背中をバンっと叩かれた。
不意の衝撃に、思わず前につんのめり、長箒で体を支える。
「ったいって……何すんのよ」
ちょっとした不満を口に出す。
が、彼女たちは興奮していて耳に届かなかったらしい。
「ラッキーじゃないのっ! カシアス様のお目に留まれば確実に玉の輿よ! 新人の侍女をいろんな部屋へ送り込んで品定めしてもらう恒例行事だからね。頑張ってよっ!」
「このお披露目が一番のチャンスですよ! アピールの仕方次第では、専属のお部屋が決まる方もいるのよ? 私たちは、これでサモナールのお嬢様とご縁ができました。お披露目の意味もありますけど、今後の自分の受け持ちが決まる場でもあるんです」
は? 恒例行事? お披露目?
仕事振りをみてもらうってのはわかるんだが、お披露目って……なんだか晒し者っぽい響きなんですけど。
どういうことなのか気になって、部屋割りを決めたリーダーへ質問してみた。
それによると、王宮勤めの新人侍女は、お披露目も兼ねて独身貴族のお部屋をひと通り回って仕事をするのが通例になっているらしい。
その目的はズバリ『プチお見合い』なのだそうだ。
独身の貴族は結婚相手探しに奔走する心配もないし、遊び相手にも困らない。新人侍女は有力貴族の目に留まれば、玉の輿。第三者の貴族がその情報をいち早くキャッチして、娘を養女に迎えれば、後見人としての力は増大。
表面的には誰もが感じるお得感満載な一大イベントがこのプチお見合いになるらしい。
内情はもっとドロドロして策略まみれらしいが、今の私にはそこまで深読みできる能力もないし、必要性も感じられない。とりあえずは誰かが幸せになれるならそれでもいいかなって感じだね。
しかし困った。なぜ私がそんな話しに巻き込まれるんだ! そんな鬼畜ローテーションには組み込んでくれなくてもいいのに。
「はぁ……」
「何浮かない顔してんのっ。スマイル、スマイル。新人は元気が売りなんだからねっ! 終わったら報告よろしく!」
何が『報告よろしく』だよ。全く、人の気も知らないで……
代わってもらおうとタイミングを図っているのだが、彼女たちの興奮は収まらず、口に出せないままムダに時間が過ぎていく。今回はしょうがない、忍者だ。人知れず気配を消しての隠密行動するしかない。ハルに見つからないようにうまく立ち回って、さっさと帰ってこようっと。
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「失礼しまーすっ! 本日のお掃除担当の新人、マリアと……」
「……サー……と、サーシャ、です」
さすがに名前でバレるのもイヤだったんで、若干もじった名前をごく小さく名乗った。
「うん、聞いてるよ。適当に済ませてくれ」
「書類の整理など、細かな作業は私が担当致しますので、それ以外でお願いします」
ハルの声ともう一人、若い侍女さんらしき人の声が聞こえた。俯いたままなので、顔はわからなかったが、声の張りからして、かなりしっかりとしたデキる侍女さんっぽい。
そんな考えをしていたら、肩を軽くドンと小突かれた。慌てて隣を見ると、そこには鬼の形相をしたマリアさんがいる。
「ちょっとおっ。アンタ、もう少し声出してテキパキしなさいよ。アンタがノロマだと、セットで来た私まで印象悪くなるでしょうがっ」
「は、はあ……」
彼女は、私に向かって小声で素早く文句を言ってからきびすを返すと、途端に愛想よく、キビキビと働き始めた。
私のせいでマリアさんの印象がマイナスになるのは考えものだ。ここは顔バレしないようにテキパキ仕事をこなそう。ただし忍者の精神は忘れずに。
しばらく飾り棚やソファを磨いていたら、これが意外と真剣になる。乾拭きしてツヤが出るのが面白くて、ついつい気合いが入ってくる。
コレって集中力鍛えるのにもいいかもね。忍者修行にはもってこいじゃない? まあ、忍者になる気なんてサラサラないけどさ。
夢中になって磨いていると、突然ハルのお部屋に常駐していると思われる侍女さんがガターン、とデカい音を立てたようだった。
こちらも集中していたために、一瞬気を抜いて、マトモにそちら側、つまりベテラン侍女さん側に顔を向けた。
そして最悪なことに、バッチリと目が合った先に見えた顔はなんと、目をまん丸にしたミリィちゃんだった。
「やっ……」
ヤバい……口をついて出そうになった言葉を両手で押さえすぐに顔を隠したのだが、たぶんアウトだろう。隙をみてここから逃げ出さないと大騒ぎになりそうな予感がする。
出口は……と部屋を見回すと随分と離れたところにあった。夢中で拭き拭きしているうちに、ドンドン奥の方まで移動してきてしまったのだろう。
くそっ、失敗した。
「どうしたの?」
その音に反応してか、別室で作業していたハルがヒョイと顔を覗かせて、こちらの部屋へ戻ってきた。
ハルの問いかけにハッとなったミリィちゃんが動揺を隠しながら対応する。
「失礼しました。少し手元が狂って」
「ミリィが失敗するなんて珍しいね。ケガしてないならいいよ。毎日付き合ってもらってるから、疲れたんなら早めにあがって?」
ハルが労うような言葉をかけて、ミリィちゃんと会話してるのを背中で聞いて、ゆっくりと移動を始める。
ここから出口までの動線の中にハルが入って来なければ、背中を向けっぱなしで出られるはず。
ミリィちゃんにはあとで言い訳するとして、ハルに騒がれないようにフェイドアウトするぞ。気配を消して。忍者の本領発揮よ!
こっそりミリィちゃんの方を盗み見ると、戸惑いの表情をしながら、ハルとのやりとりをしているようだ。以前よりずいぶんと親しげな様子で、ハルからは優しい雰囲気が伝わってくるようだ。へえ、なんだか私の知らない間に仲良くなってんじゃん……て、今はそんなことより逃げの一手だ。
ヤバいヤバい。私はこっそりと顔の前でバッテンを作り、ミリィちゃんにだけ見えるようにしてみた。私の方は見ないでって意味で送ったんだけど、彼女にはその意味がうまく伝わらなかったようだ。完全に私を凝視して小首を傾げている。
明らかにミリィちゃんの態度がおかしかったのを気にしてか、ハルがミリィちゃんの視線の先にいる私に近づいてきて、トンと肩に手をかけてきた。
「ひっ……」
心臓が縮みあがるかと思う恐怖を感じ、小さな悲鳴が口から飛び出す。肩にかかる手の重圧は実際の重さとは違って、ズッシリと重く、絶対に逃がさない、という意思まで伝わってくるようだった。
これはアレだ、ヤバいヤツだ。
たぶん今のハルには、私は敵認識されているのだろう。捕まえた、とでも思っているのか、肩にかかる手はビクとも動かない。
肩をグイッと引かれて正面を向かされた私は、とてもいい笑顔の、しかし目の奥が絶対笑っていないハルとのご対面となった。
「ミリィはあがっていいよ? あとはこちらの侍女さんに……て、え? あ? はああ?」
慌てたハルが私から飛びのいて、ミリィちゃんと私を交互に見ながら、バタバタと手を上下させている。
ミリィちゃんはミリィちゃんで、両手で自分の口元を覆い、ハルと私を見ながらオロオロとしている。
……終わった……
楽しい楽しい潜入生活が。軟禁状態のお嬢様扱いされない、私の楽園生活が……
一緒に仕事をしていたマリアさんは、なぜそんな事態になっているのか理解できなかったようで、戸惑いの表情を浮かべている。
しかし、私のあまりの落胆ぶりに、同情とも、憐れみともとれる視線をチラリとくれる。
私の張りつめていた緊張が、一瞬でプツリと切れて、ダランと体から力が抜けた。
「ああ……あーあ……」
ガックリと俯いて、その場にペタッと座り込み、深々とため息をついた。




