77.チェーンジッ!
今度はラッセルにまでも、会える時間が激減してしまった。仕事が忙しくなったとかで、マトモにお食事デートもままならない。アポをとろうにも何だかんだでうまく時間が合わず、結局はグダグダに時間だけが過ぎていく毎日を繰り返している。
外出もかなり制限されているので、気分転換にもならないし……
「あーあ、こんな時魔法使えたんなら、どっかで練習とかしてすごすんだろうなぁ。いいなぁ、魔法。やってみたいなぁ」
「お嬢様には、お強い守護者がたくさん付いてなさいます。魔法など使えずとも安心してお過ごし下さい」
メガネ侍女さんが、完璧な体勢でお辞儀をしながら、そう答えてくれる。
確かに、みんな強いから、それはそれで心強くはあるよ。でもね、でもね。
退屈なんスよ、マジで。本っ気で退屈なんス。
大事なことなんで、しっかり繰り返しました。
「みんな強いのは知ってるよ。ただね、こうも動かないと体がなまっちゃうワケよ」
「それではこれを機に、知識探究や芸術を嗜むのも一興かと。例えば、お花や刺繍、詩を作成してみるのもひとつです」
「あらぁ、素敵ですこと……オホホホ、はぁ」
軽く笑いながらため息がもれた。
お花は好きよ? 生けるのもね。ただ一日に何回もじゃ飽きるでしょうがっ。
刺繍? 目の粗さが気になって、かえってグシャグシャにしたくなるわな。
詩? 私はポエマーにゃなれん。どう考えてもさっむいオヤジギャグくらいしか思いつかん。
キがキでない? フトンがフットンだ? 内容がないよう……
あぁ、情けなか。寒い、寒過ぎて自分で自分の首を絞めにかかった。
「ぐえ……」
「お、お嬢様? 何をお一人でやっておられるのですか? はっ……もしや、それが新しい遊び……」
「いや、ちげーよ。なんでもないから」
メガネ侍女が、いち早く自分の首を絞めにかかったところに軽いツッコミを入れて、またため息をつく。
「お嬢様ぁ、そーんな大変なことしなくてもいいんじゃないですか? 楽ーに生きましょうよー。一日中食べて遊んで寝てればいいんですよー? こーんな充実した毎日、手放せませんよー」
おい、ハムスターっ。アンタはどんだけサボるのが好きなんだよ。
「そう言えば、最近お嬢様のお相手の誰だっけ、何とかって人……」
「ん? ラッセル……じゃなくて呼び方あるんだよね。ユーグレイ公のこと?」
「そう、そのユーグレイ公。会ってませんよねー。寂しいですねー、振られちゃったですかねー?」
「う、うるさいっ。余計なお世話よ!」
痛いとこを平気で突いてくるわね、ハムスターめ。
「私はお嬢様の付き添いが減ってラッキーなんですけどー。楽できるっていいですよねー」
なんて考えするんだ、この女。
全く、アンタみたいな性格だったら、こんな軟禁生活だって楽しめるんだろうなぁ。
あー、アンタと代わりたい……ん? 待てよ? 彼女を身代わりにこの部屋に居座らせておけば……私が侍女のカッコして遊びに行けるじゃん。そうか、代わればいいんだ!
くーっ、何で今まで思いつかなかったんだろ。
こんな楽しくってスリリングな体験、やらないワケにはいかないでしょ。
ツカツカとハムスターちゃんに近寄って、周りに聞こえないように、小声で囁く。
「ねえ、あなたさぁ、私と少しだけ時間を交換してみない? 最初は少しの時間しか無理かもだけど、使いようによっちゃあ、長時間お菓子食べて昼寝してられるわよ? どう? この話、乗る?」
「えーっ、魅力的なんですけどー。バレたら私、クビですよー。そこをキチンと保証してくれないとー、困りますー」
「安心して。全部私の独断だから。あなたには被害が及ばないようにしとくわ」
私の言質を取ったとばかりにニッコリ笑う。彼女は任せてくれと言わんばかりに胸をドンと叩き、進んで協力してくれる気になったようだ。
この作戦で一番のネックは眼鏡侍女さんだったのだが、自分で自分の身を守る訓練をハルに教わりに行く、という名目で、彼女に切々と訴えたら、渋々だったが容認してくれた。
レイニーさんやルディは、私が部屋待機なのをいいことに、魔術師団の仕事に精をだしているので、こちらは放っておいても平気だろう。
そんなこんなで、ハムスターちゃんと私の入れ替わり作戦が幕を開けた。
最初は休憩までの短時間、約三十分くらいかなと思える時間から始めてみた。
魔術練習と言ってしまった手前、ハルには一応会いに行くつもりけどさ、一番最後でいいよね。だって、あれだけ傷つけといて、今さらどんな顔して会えばいいんだろう……
気不味い雰囲気になるのは予測されている。今は考えず、の先送りを決め込もう。
まずは潜入の練習だわ。違和感なく溶け込めるように、少しずつ周りに馴染んでいって、侍女さんたちからも情報収集できるように抜かりなく頑張らなくっちゃ!
※ ※ ※ ※ ※ ※
「こんにちは、今日はもう上がりなの?」
背後から声をかけられ、振り向いてみると最近仲良くなった二人の侍女さんがいた。
彼女たちは、元々サモナール男爵令嬢の部屋で働いていた人たちだ。令嬢が亡くなってからはエラン伯爵令嬢の部屋やハルの部屋など、人手が足りない部屋にヘルプで付いている状態らしい。いずれは専属の部屋を割り振られるだろうが、今は新人と同じく、持ちまわりで各部屋を回っているのだそうだ。
私も新人侍女ということにして、いろいろな部屋にヘルプに行っている、という設定にしている。
ヘルプの人間だとわかればガードもゆるく、気さくに情報を流してくれるだろうからね。専属侍女の場合、貴族の派閥やら何やらでウカツなことは喋られない決まりになっているんだって。なるほど、あげ足を取られないように、侍女連中まで警戒の根回しをしてるワケだね。
「お疲れさま。私は一旦休憩なの。あなたたちは? 今日はどこのお部屋だったの?」
「私らも休憩。えっと、私はエラン伯爵令嬢で彼女はユーグレイ公のところだったわ。次はどこかしらね。あなたは?」
何気なく聞いたところに『ユーグレイ公』というキーワードを聞いて、ドキッと心臓が跳ねる。動揺を顔に出さないように笑顔を張り付けて、会話を進めた。
「私はリンスター子爵令嬢のお部屋よ。最近多いの。ところでユーグレイ公のお部屋ってどんな感じなの?」
自分の部屋だけど、そこに通ってるって話にしとけば、仮に探りを入れられてもある程度は躱せるからさ。ついでにラッセルが侍女さんたちにどんな対応してるのか知りたくなって、軽く探りを入れてみた。気になっちゃうのは……しょうがないよね?
「あら、あなたも興味あるのね? でもねぇ、どんな感じも何も……」
なんだか浮かない表情をしている侍女さんに、どうしたことかと尋ねてみた。
それによると、彼の部屋はまるで生活感がないのだそうだ。というか、彼自身に会うことが滅多になりらしい。書類や資料は山ほど積んであるが、人の動きがないため、チリボコリひとつみかけないという。ほぼほぼ仕事がないことから、その侍女さんいわく『お世話のし甲斐がない』方なのだそうだ。
まあそうなるよね。あの人の生活拠点は別の場所にあるし、ラッセルの性格からして、自分のパーソナルスペースに人を入れたくないんだろな、と想像もついたりして、ちょっと笑ってしまった。
エラン伯爵令嬢の方は相変わらずで、ご令嬢とのお茶会や噂話に余念がないそうだ。最近は結婚相手の対象をハルからラッセルにまで手を拡げたらしく、お友達や侍女たちから情報を集めまくっているらしい。
あのお嬢様も逞しいわね。そのくらいのバイタリティがないと貴族社会は渡っていけないのかしらね。
「ところで」
一旦言葉を切ってから、三人で屈むようにして周りに気づかれないように小声で話を続けた。
「サモナールのお嬢様の件、何か進展はあった?」
「えっとね、前にどっかの魔術師集団の一人と一緒にお亡くなりになった話はしたよね?」
そう言った侍女さんは、もう一人と目配せすると、お互いに何かを決心したような目つきになり、私に顔を向ける。
そんな決死の表情を見た私は、コクコク頷きながら次の言葉を待った。
「ウチのお嬢様、実は亡くなる少し前に、エラン伯爵のお部屋であの魔術師に初めて会ったらしいの。で、お互いが一目惚れだったらしく、結婚のお約束までしちゃってたらしいのよ」
「ええっ!」




