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76.ビミョー!

「ああ、ヒマ。ほーんとに嫌ンなっちゃうくらいヒマ」


 ここはたまに訪れるラッセル所有の花畑の一角。

 軽いランチを終えて、食後のお茶をゆっくりと楽しんでいるところだ。


 ラッセルがあまりに心配して、私をネコに戻すと言い張っていたが、レイニーさんやロイズ隊長に引き止められて、今のところは人間の姿を留めている。ルディがロイズ隊長を引っ張ってきたのがファインプレーだったわ。それがなきゃ、絶対引かなかったと思うわ。


 しかしながら、過保護に拍車がかかっているのは相変わらずで、この空間に移動する拠点も、図書館脇から自室近くの中庭に移されたりしている。

 気分転換に歩くなんてことも少なくなったので、フラストレーションが溜まり始めて、いろんなことにやる気がなくなってきている。


「ねえ、例の一族ってどんな人たちなのかわかったの?」


 テーブルの上に右頬をペタリとつけたまま、視線だけをラッセルに向けて話しかけた。

 その格好をチラッと見て眉根を寄せて、軽く首を振るとため息をつきながら答えてくれる。


「沙羅、その格好は見苦しい、やめなさい。気の弛みは普段から気をつけておかないと、貴族連中からバカにされるぞ」

「だって本気でヒマなんだもの。やる気だって出ないモン。幸い今はアンタと私だけだし。外に出たらシャキッとするわよ」


 ダレながら、さらにテーブルの下で両手をブランブランさせて不満を訴えてみる。ラッセルはもう一度深々とため息をついて読みかけていた本をパタンと閉じた。


「ロイズとコークスに頼んで調査してもらった。おおまかにはわかったが……かなり厄介かもな」

「そんなに手強い人たちなの?」


 心臓をギュッと掴まれたように寒気がして、つい不安な顔をしてしまう。そんな私をラッセルが、優しく頭を撫でて落ち着かせてくれる。


 八卦一族は八人の蟲使いで構成される一族らしく、先日遭遇した人物が『サソリ使いシン』

 サモナール男爵令嬢とともに死んでいたのが『ハチ使いゴン』

 他には『トカゲ使いソン』『クモ使いダーとリーの兄弟』『蟷螂(カマキリ)使いカン』『胡蝶使いコン』

 そして八人の族長として『ケン』がいる。


 ケンが何を使役するのかは、誰も知らないらしく、引き続き調査することになっているらしい。


「王宮内部に内通者がいることは、ヤツらの侵入を許していることから明らかなのだが……下手に嫌疑をかけると、逆にこちらが不利になってしまう。どうしたものか」

「こっちが不利になるなんて……もしかして身分の高い貴族がらみってこと?」


 私の質問に、肯定も否定もせずにただこちらをじっと見ている。まるでそれが答えなのだが口には出せない、といった苦渋の選択をしているようで、なんともやりきれない。


「しょうがないわね、でもそれがわかってんならいいわ。襲われる覚悟がつくってモンよ。ハルは巻き込まれなければ基本的に身の安全は保障されてるでしょ? あ、あとアンタも王族の部類よね」

「いや、私の場合、王がご自分の判断で息子と呼んでいただいているだけで、母上しか本当のことを知らない。疑いが残る以上、私が王族に名を連ねることは、世間が認めていないだろう」

「ふうん、アンタも微妙な立場よね」


 苦笑いの中に少しだけ不安な視線の揺らぎがみえたようで、今はこの話しを突き詰めないのが得策と判断した。いつかの日か、笑ってお母さんの話をしてくれる日がくるだろう。その日まで気長に待つのも優しさだと思った。


「私も、別世界からお邪魔してるとかって微妙な立ち位置だし……まあ、微妙同士ってことで気が合うんじゃん?」


 あまり気落ちさせないようにワザと明るい声をだし、席を立って大きく伸びをする。空を見上げて気分転換に……と見た時、あの空ののっぺりとした状態を見て、またまた違和感に襲われる。


「ねえ、ひとつ確認したいことがあるんだけど。いい?」

「どうした? 何か気になることがあるのか?」

「うん……あのさ、この広場ってどこにあるところ? どっかの地方の一角? 空間移動してどっかに動いてるってこと?」


 矢継ぎ早な質問に、ラッセルが軽く苦笑いしながら、ひと息入れて説明をしてくれた。


「ここはどこか、という質問のようだが、正確にどこにある、とは教え難い」

「え? もったいぶってないでキチンと教えてよ」


 中途半端な答えに、すごくモヤモヤする。せっついて答えを求めようとラッセルに近づいて腕を揺する。


「そう慌てるな。説明するから」


 そう言って私を椅子に座らせて、お茶でノドを湿らせてからゆっくりと話しだす。


「ここは現実にある空間ではない」

「え? 異空間? 異世界ってこと? 日本のどっかになるのかな?」


 もしも日本に繋がってるならばと、期待の眼差しを向けたのだが、軽い苦笑いで返されて、やっぱり無理かという残念感に変わる。


「君の世界とも違う。ここは母上の夢の中なのだ」


 ビックリして固まってしまった。

 なんでもありの魔法の世界だから、そういうのもアリかと納得すればいい話しだろうが、生まれついての常識が、あり得ないことだと否定してくる。


「実は私も断定はできないから、たぶん、としか言いようがないのだが」


 といって説明を続けた。


 ラッセルの母親は、ずいぶん前から眠ったまま目を覚まさない状態になっているのだそうだ。

 目を覚まさせようにも、彼女の周りに魔力結界のようなものが張り巡らされ、誰も近寄ることができないらしい。唯一、彼女に触れることができるのが、心を許した旦那様、この国の王様なのだが、王の呼びかけにも無反応のまま現在も眠り続けているとのことだ。


「唯一って……アンタは触れないの? 息子なのに」

「母上が私を認めたくないのだろう。いつかお許しくださって触れられると信じていたのだが……未だに触れることは叶わない」


 力なく呟く様は、なんだか切なくて、できるだけ明るい話題にしようと頭を働かせる。


「ごめん、なんか微妙な話ししちゃったよね。あーそうだ、なんでこんなこと聞いたかってね、空を見上げてちょっと違う感じがしたワケよ。ほら、外と違って突き抜ける青さとか雲がないじゃん? 前に寝てる時に夢で感じたことなんだけどね。へへ」

「夢? 普段からここをみるのか?」

「んー、眠りすぎて焦って起こしてもらってる時は大概ここにいるんだよね。まあ居心地いいのもあるんだろうけど」


 私の何の気なしの話に、ラッセルが戸惑いの表情を浮かべている。様子が怪しくて、何か事情があるのか聞いてみた。


「母上が眠りについた時、既に私は魔力反発にあって触れることができないでいた。王と二人で母上の側にいた時、王は私を抱き抱え、自身の手を通して私に触らせてくれた。その時みたのがこの光景だ。一度しかみられなかったが、とても気持ちの安らぐところで、自分だけの力でそこに辿り着きたいと強く願ったら、ここに来ていた」


 その時の光景を思い出しているのか、少し遠い目をして話を続ける。


「ここは母上の夢に無理やり私が通路を作ったような空間だ。だから私以外にここに来ることはあり得んのだ」

「それはおかしいでしょ。現に私は今ここにいるし」


 否定的な答えに、思わず身を乗り出してラッセルに抗議する。


「使い魔が道案内してここに呼び寄せたなら、それは納得できる。君に付けている使い魔は、元来母上が従えていた使い魔だからな。私と母上の魔力に感応する力は充分にある。ただ、君の、君だけの力でここに来ることは、本来あり得ないのだ。私たちの魔力を感じとる力のない君に、この道を見つけるのは不可能に近い」


 私だけじゃ来れない? 確かに使い魔さんたちが側にいる感覚じゃなかったわよ。でもここでのんびりとした時なんか、風を感じたし、地べたに座る感覚も……

 あれ? 本当に感じた?


 考えてみたら、ボーっと眺めていたような気がしてきた。実際に花を触ったとか、小川の水に触れたとかもない。


「なら意識だけがここに飛んできてるってこと?」

「それもわからん。ただ君の夢と母上の夢が同調する可能性はかなり高いのだろう……そういえば……いや無理か……いやもしかしたら……」


 ぶつぶつと独り言のように呟くラッセルは、先ほどまでの不安な感情にとらわれているのではなく、何かの打開策を考えて無心になっているようだ。


 その様子から、お母さんから拒否られた絶望感からはたぶん解放されているかもね、と感じ、ひとまず胸を撫で下ろした。


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