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70.なんと!

「う……ん」

「気が付かれましたか?」

「うーん、ごめんなさい。私、途中で倒れたみたい。って、あれれ? どうしたの? 何であなたがここに?」

「はい、今日からお嬢様の身の回りのお世話をすることになりました」


 そう言って深々と頭を下げているのはなんと。

 お久しぶりのミリィちゃんだった。


 なぜここにいるのかの訳を尋ねたら詳しく教えてくれた。

 というのも、リンスター子爵が亡くなってだいぶ落ち着いてきたところに、ラッセルから私の侍女として働かないか、と打診されたらしい。事件のこともあって最初はかなり遠慮していたのだが、似たような年回りの、気心の知れた人間が一人でも多い方が、私にとっても楽に生活できるだろうとプッシュされ、今に至るのだという。


「ああ、リンスター子爵にはいずれご挨拶にと思ってたんですけど。永遠にお会いできなくなってしまいました。残念です」

「いいえ、ジュノー様も既に面会できる状態でもありませんでしたし。お嬢様には会えなくても、リンスター家を残せることだけで嬉しいと。私からもお礼を申し上げます」


 そっか。ミリィちゃんもお見送り、キチンとできたんだね。大切な人との別れは寂しくもあるけれど、納得できる別れ方だったのなら、それはそれで満足なのかもしれない。


 サランディアさんの死、リンスター子爵の死、サモナール男爵令嬢と魔術師の死、自分の周りでこんなにも死が近かったなんて。

 日本にいる時には縁遠かった死が、今は恐ろしいほど身近にある。


 事実、自分自身、何度も間一髪のところで死からすり抜けてきている。タイミングが悪ければアッサリと死んでいるはずだ。

 この世界は日本で生きるより安全ではないと改めて思い知らされて、ゾクリと身を震わせた。


「ところで私ってばどのくらい眠ってたのかしら? ラッセルが側にいたはずなんだけど」

「たぶん事件の調査は、ほぼ終わったのではないでしょうか。そのくらいの時間です。気がついたらお嬢様の部屋にお送りするとユーグレイ公がおっしゃってましたから」


 ニッコリ笑って一礼したミリィちゃんが、部屋からスッと出ていった。たぶんラッセルを迎えに行ってくれたんだろう。


 早く会いたいな。ベッドの上で知らないうちにニマニマしている自分に気づき、誰もいないのに急に恥ずかしくなって、両手で顔を覆い隠す。

 はあっと小さくため息を吐いてミリィちゃんの到着を待った。


 どのくらい時間が経った後だろう。

 ゾクゾクっと悪寒が走り、驚きのあまり眉根を寄せて様子を窺う。一瞬で先ほどの浮かれ気分が吹っ飛んでしまい、次に何がくるのか、という不安に身を固くした。

 部屋の中が一気に暗く底冷えするような空気に包まれる。よくない事態を予測して、両腕を自分の手でキュッと抱いて自分で自分をガードした。


 部屋の扉がゆっくりと少しずつ、少しずつ開いてきて、濃い闇を纏った人物が入り口に姿を現した。あまりに薄暗く、誰が入ってきたのかわからないが、確実にそこに誰かがいる気配は感じた。


 息を殺してジッと動かないでいると、その人物が私に向かってゆっくりと右手を動かして指差す仕草をした。


「……お前が全てを狂わせる……お前が生き延びる度に他の者の命が消える……お前は異物……」


 思い切り心臓を掴まれた気分がした。


 私は『異物』で邪魔な存在だ。

 ラッセルも何度も言っているし、何度も聞いている言葉だ。だけど、知らない人、しかも正体不明な人物に改めて指摘されると、どうしても落ち着かない気分に襲われてしまう。


 私はどうすればいいのだろう?

 異物として、邪魔な存在として、排除されるのを待つべきか……他人を犠牲にして生きるより、その方が楽になれるのか……

 自分の中で湧いてきた考えに、俯いたままジッとしていると、再び扉が開く音がした。


 フッと顔を上げると、いつの間にか闇の人物は姿を消していたらしい。代わってその場所に立っているのは、ミリィちゃんとラッセルだった。


「お嬢様?」

「沙羅、どうした。まだ本調子ではないのか?」


 二人が同時に私の心配をして呼びかけてくる。

 ただでさえ心配させているんだ。これ以上私のために時間を割いたり、余計な気遣いはして欲しくない。


「なんでもないよ。起き抜けだったから、貧血か何かだったと思う。もう平気」

「この部屋……魔力の痕跡が残って……」

「大丈夫っ、だからっ。心配ないっ。早く部屋に戻ろうよ」


 ラッセルの言いかけた言葉を半ばさえぎるようにして強引に話を切り上げた。

 頑なな私の態度を察してくれたのか、二人ともそれ以上は喋らずに、静かに移動準備を始めた。


「お嬢様、先ほどの事件が解決するまでの間、王宮内の魔力使用が禁止されています。ユーグレイ公の移動魔術も使えないとのことで、歩いての移動になりますが、よろしいですか?」

「うん、体力的にも大丈夫よ。さぁ、早く帰ろ」


 あの気持ち悪い男がいた空間から一刻も早く抜け出したくて、一番最初に部屋を出た。


「そういえばミリィちゃん、ハルには会った? 今日はお出かけみたいだけど」

「はい、殿下には事前に。大変ご無礼をしてしまって、合わせる顔もございませんでしたが、おおらかな方ですね、すぐにお許しくださいました。むしろ同級生として直さなければならない箇所は指摘して欲しいとまで言われましたよ」

「そうなんだ。私からもお願い。ハルってば、たまにフラフラしちゃって頼りないところあるし。まだまだヘタレで甘ったれだからさ」


 ほんの少しの苦笑いとバツが悪いような表情で、ハルと話したことを教えてくれた。一緒に聞いていたラッセルが、クスリと笑う。


「ん? 何よ、笑うとこなんてなかったでしょうに」


 小馬鹿にされた感を感じ、ちょっとカッとなってラッセルに噛みつくと、面白そうな声をして会話に加わってきた。


「いや、()()()()()も殿下の気遣いができるほど成長されましたね、と思ってな」

「なっ、何よっ、エッラそうにっ! 言っとくけど私の方がアンタよりお姉さんなんだからねっ! 少しは歳上を敬いなさいよっ!」

「ああそうだったな。大変失礼しました、()()()


 クスクスと笑いを噛み殺し、貴族の女性に対してのバカ丁寧な挨拶をするラッセルに、さらに小馬鹿にされたと思ってキツくにらみ返す。

 シャーっと指を曲げて、ネコの威嚇のようなポーズをとってみたら、かなりツボに入ったらしく、壁に手をついて肩を震わせながら笑いを堪えている始末。


 もうっ、知らんっ!

 プイッとそっぽを向いた先には、完全に足を止めて私たちを愕然と見つめるミリィちゃんがいた。

 あ、ヤバい……ミリィちゃんってば、私の年齢とか知らなかったよねぇ。てか、私とラッセルとコークス先生くらいじゃない? ホントの年齢知ってるのって。あ、あとハルがいたか。

 

「あー、あのね、ミリィちゃん。実は私、ホントの年齢を誤魔化してて……ホントは二十四歳なのっ。騙しててゴメンっ!」


 バレたんなら早いうちに謝るのが問題解決の秘訣。

 目をギュッと瞑って思いっきり彼女に向かって頭を下げた。

 下げた頭を少しだけあげて薄らと目を開けると、未だに呆然としたミリィちゃんがそこにいる。衝撃がおおき過ぎたのか、まだ目の焦点が合っていない。


「ミ、ミリィちゃん? 驚くのも無理ないよね。だって私、ハルと同い年って……六つもサバ読んじゃってるし」


 あーショック。

 歳を誤魔化してるのは認識してたけど、実際に自分の口から事実をいうと、思いのほかショックを受けてしまう。


 私ってばチョーオバサンじゃん。

 やっぱ結婚するとかムリありすぎ。残念感ハンパないっス。第一私がハルと結婚する気にならないし、もうちょっと若い子がいいと思うんだよねぇ。


 口にした自分の発言に落ち込んでいたら、やっとのことでミリィちゃんの口から言葉が出てきた。


「信じられない……」


 ホントそうだよね、ゴメン。

 穴があったら入りたい衝動にかられながも再び頭を下げて謝った。


「ユーグレイ公……『氷の魔術師』にこんな一面があるなんて……」


 なんとっ、そっちかいっ!

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