68.鬼っ!
「どういうことか説明していただけますか、ユーグレイ公!」
普段とは比べ物にならないくらい厳しい口調で責め立てるレイニーさんがそこに立ちはだかる。
その表情はまさに鬼。
その剣幕にビビって、思わずラッセルの服を掴んで後ろに隠れた。そうすると、その仕草が余計にレイニーさんを苛立たせてしまったのか、一層冷え冷えとした視線がこちらへと向けられる。
まるで冷凍ビームが目から発射されてんじゃないの、てな感じの表情をするレイニーさんに対し、ラッセルの方は無表情。いや、ちょっと苦虫を噛み潰したような都合悪い表情をしているみたい。
「ご、ごめんなさいレイニーさん。ラッセルは悪くないの。私がワガママ言って、それに付き合ってくれただけ……」
「サーラは黙って。今はユーグレイ公に問いただしている」
震えて小さくなりながら、弁解がましく私が喋ると、被せ気味にレイニーさんがラッセルに詰め寄ってくる。
「あなたはカシアス様のために、一度は彼女を手放したはずだ。なのに何故今さら彼女の手をとる」
ラッセルは責めるレイニーさんの言葉を黙って受け止めると、軽く目を瞑ってからゆっくりと口を開いた。
「そうだ、本当に今さらだな。私にもよくわからないのだ。殿下が幸せであるためには、沙羅が彼の妃となるべきと心得ている。殿下と沙羅が笑う姿を遠くから見守りたいと思った。それが当然だからだ。しかし」
一旦言葉を切ると、後ろに隠れていた私に手を差し出して自分の横に並ぶよう促してから、さらに言葉を重ねる。
「もっと近くで見たくなった。手が届くなら伸ばしてみたいと思った。本来なら私が感情を優先するなどあり得ないことなのだが……沙羅に対してだけは別らしい」
そう言って、私の頬に軽く手を添え、微かに笑った。
「彼女の申し出通り、最初はただ単に用意してくれた昼食を一緒に摂るだけのつもりだった。それを何度か繰り返すうちに、私自身がその時間を心待ちにするようになった。沙羅が駆けてくるのを見るのはとても……とても愛らしく……」
ビックリしすぎてポカンと口を開けながら、今私に触れている当人を見つめ返す。
初めてラッセルの気持ちを聞いた気がした。
いつもサラリと躱し距離を置いていたこの人が、私に対しての気持ちをハッキリと口にしている。
信じられないんだけど。これが夢でなければ、ラッセルは私に対して特別な感情を抱いているってことだよね。恋愛感情なら私たちって両想いってこと?
王宮に来てから、何度も諦めて諦めきれなくて。やっと会えたと思ったら、面と向かって拒否された。こんなことを何回か繰り返して、本気で自分の気持ちにケリをつけようと思った途端に今の状況だ。
自分の気持ち、ラッセルの気持ち、ハルの気持ち、三人三様の気持ちが頭の中をグルグルと回り、いっぱいいっぱいになってくる。
言葉と考えが頭から溢れてくるかも……
『キャパオーバー』頭の隅にその言葉がよぎり、グラリと体が傾くと、隣にいるラッセルがしっかりと支えてくれる。
「あなたから、そのような言葉が出る日がくるとは思いもしませんでしたよ。サーラと出会って、本当に変わられましたね」
あれほど怒りに満ちていたレイニーさんが、穏やかな状態に戻り、仕方ないというような、半分呆れた表情でラッセルと会話をしている。
「正直、自分の感情と行動に戸惑っている。今までは状況と展開を先読みして動けたのに、沙羅が絡んでくると、何を優先すべきかを見失ってしまう」
ラッセルとレイニーさんは、同時に私を見つめ、その後お互いに顔を見合わせ、どちらともなく軽いため息を吐いたようだった。
「それで? ユーグレイ公はこれからどうしたいのですか?」
「それについてだが……」
ラッセルが口を開きかけた時だった。
「た、大変ですっ。サモナール男爵令嬢がっ」
ノックと同時に慌てて入ってきた使用人たちに、眉をひそめつつユルリと対応する。
「何ごとだ? 客人より大事なのか? またエラン殿のところのご令嬢絡みの案件か?」
幾分ウンザリとした響きの声でラッセルが使用人に問いただすと、相手は私とレイニーさんをちらっと見てから、コホンと軽い咳払いをして落ち着きを取り戻す。
サモナール男爵令嬢? 誰だそれ。しかもエラン伯爵令嬢までまで一枚噛んでるみたいだし。
女っ気が全くないだろうとタカをくくっていたのが間違いだったかしら。まあ、この人も独身の将来有望株なんだもんね。本人が意図しなくても周りが放っとかないか。
今までのこの人の性格からいって、頭の悪そうな子は相手にしないだろうけど……いかんせん成人男性だし、夜のお遊びくらいなら誰でもやってそうだしなぁ。
ラッセルの女関係を思うとなんだかあまり面白くない。
さっきまで夢心地でフワフワした気分だったのが、胸の中でモヤモヤするのに変化して、自然と頰が膨らんで口がとんがってしまう。
グッと体に力を入れて踏ん張るのを隣で感じたらしく、ラッセルが私の様子をみて声をかけてくる。
「どうした? 小さな子どものようだぞ? その口はレディには……」
「うー、うるさーいっ。そんなんどうでもいいわぃ。こんの、タラシ野郎っ」
「はあ? どうしてそうなる? 話が繋がらん」
威嚇するネコのようにラッセルをにらみつけると、彼はなぜ怒っているのか、と戸惑っているようだった。完全な逆ギレだし、私の想像だけだってのは頭で理解しているのだが、もしかしたらそうかもしれないという少しの疑惑が、自分の中では昇華しきれなくてイライラが募ってくる。
私たちのやりとりをみていたレイニーさんが、たまらず、といった風にお腹を抱えて吹き出した。
「サーラ、嫉妬は見苦しいですよ。大丈夫、この方の隣にいて長時間耐えられる女性など、あなた以外考えられない」
浮かんだ涙を軽く拭いながら、震える声でたしなめられる。
「えっ、やっ、だ、からその……妬いてなんかないしっ」
『嫉妬』と聞いてなるほどと納得した反面、ラッセルに八つ当たりした自分がなんだか恥ずかしくなってきて、両手で顔を覆って周りから自分を隠す。
あーん、これは公開処刑すぎる……助けてぇ。
「ユーグレイ公、前回はあなたがサーラに嫉妬してましたが、今度はあなたが嫉妬される番ですねぇ」
「ん? 私が嫉妬? それはあり得ない」
心当たりなし、といった風情でレイニーさんにキッパリと宣言するが、レイニーさんの方はちょっとだけ得意げな表情でラッセルに向かって話をする。
「ああ、やはり気づいてらっしゃらなかったか。魔術師団で、カシアス様のプロポーズを受け入れるべきだとあなたがサーラを説得されていた時のことですよ。ネコの姿のサーラはあなたを拒んでヒューズの元へと動いた。その時、ヒューズからサーラを無理やり奪ったでしょう? ヒューズの元には預けたくない。あれこそが嫉妬ですよ。私もあり得ない光景に自分の目を疑いましたが」
「なっ……きっ、君の記憶違いであろう。私が? あり得ない」
「ちなみに、盛大に舌打ちまでなさってましたから。なんならヒューズにも確認しますよ?」
「……」
もはや言い返す言葉も出てこないラッセルを、クスクスと笑いながら楽しそうにみているレイニーさん。ラッセルは完全に固まったまま、片手で両目を覆って照れ隠ししている様子。
「鬼や……怖すぎる。やっぱレイニーさんが最強や」
思わず心の声が口をついて出てしまった。
ラッセルは小さく呟く私を片手の隙間からちらっと見、苦笑いしている。
こんな穏やかな時間がくるとは思ってもみなかった。まあ公開処刑ってのがいただけないけど。
あれだけ苦しくて切ない時間、永遠に続くかもと考えていた空虚な時間が、たったこれだけの会話で報われたような気がしてる。
「あの……ご主人様。そろそろお話を聞いていただいても……ひぃぃ」
使用人が恐る恐る言葉をかけると、振り返ったラッセルは鬼の形相をしていたのだろうか。
ビビって震える使用人さんにササっと歩み寄り「心配ないよ」と声をかけてあげた。情け無い顔の使用人さんをみていると、なぜか一番最初にラッセルと出会った頃を思い出して、励ましの意味を含めてギュッと固い握手を交わした。




