66.あざといっ!
「ハルは私の気持ちを尊重してくれたわ。彼のお嫁さんになってもいいと私が納得したら結婚する約束よ。私も彼を好きになる努力はする」
「そう、それで良い」
相変わらず頬を撫でてくれる仕草は優しく、このままずっと撫でてもらいたい、という欲求が心の隅に浮かぶ。
でもそれはダメだ、甘えるんじゃない、ともう一人の自分が指摘する。ただ甘えてすがるのは、ラッセルを失望させるだけだし、私の性分でもない。
自分なりの一歩を踏み出すために、思いっきってお願いをしてみた。
「ひとつお願いを聞いて? 私、あなたを支えたい」
私を撫でていた手がピタリと止まり、スッと手を引かれた。その口元には、もう笑みは消えている。
「待て沙羅、今私が伝えた意味をわかっているか? 私に関わるのも、私の側にいるのもよくない。他の貴族が私を揶揄しているのを知っているのであろう? 君も巻き込まれるぞ」
ラッセルが焦って私に言い聞かせるように、否定的な話をしてくる。でも、ここで引いてしまったら、一生この人は独りぼっちの世界を歩いていかなければならないかと思うと、放っておくのは良くない、と私の本能が警告している。
ううん、それは建前。ホントは私が何としてでも繋がっていたいと思ってる。たとえそれが切れそうな細い糸だとしても、手繰りよせて自分の懐に留めておきたいのだ。
浅ましい、あざとい、と心の中の自分が自分を否定しているけれども、どんな形であっても側にいれるならそうしたい、と思うのが正直な気持ちなのだ。
「君に悪い噂が付いてまわるから、私にまとわりつくのはやめておきなさい。君は殿下の気持ちに向き合ってくれるのではなかったか? そうであれば、殿下には酷な話になるだろう」
「うん、だから影で支えさせて。恋愛感情抜きで。ここだったら、あなただってゆっくりできるんでしょ? 三日、ううん、一週間に一度だけ。ほんの少しの時間、お昼を食べてお話しするだけよ」
「しかし、そんなことになったなら……」
ラッセルは眉根を寄せ、私の提案を受け入れるかどうかを迷っている様子。もうひと押し、と思い「お願い」と小さく呟いてみる。
このひと押しが効いたのか、深いため息とともに私の頭に軽く手を乗せ、苦笑いで答えてくれる。
「わかった、食事を摂るだけだな。なるべく昼の時間は空けよう。確かに食事は二人で摂る方が楽しめる」
あ……受け入れてくれた……よかった。
恋愛感情抜き、なんてこと言ってみたけど、ホントのところ自分でもできるかどうか、わかっちゃいない。ただ、こじつけでも何でも繋がっていたいと思った。
未練がましいとは思うが、私の心の整理と彼を諦めるための時間が欲しい。少しの思い出があれば次へと進むこともできるだろうから。
安心したせいか、こんな時にビックリするくらい大きな音を出してお腹が鳴った。
「うぎゃあーーっ、何で今っ……こんな時……」
「ぷっ、ククク……」
もー恥ずかしくって死ねる。
信じられないっ。何でこんなマジなシチュエーションの瞬間にお腹なんて鳴るのよう……
「さあ、君も座って食事をしよう。先ほどから飲み物しか口にしてないから、腹の虫も不満だったのだろう」
「す、みま、せん……」
真っ赤になりながら、椅子に座りチマチマとサンドイッチを口に運ぶ。いたたまれないよぅ。この場にいること自体が公開処刑みたいなモンになってるし……
あ、笑ってる……愉快そうにしてるのなんて、初めてみる表情かも。全身からヤバい汗を流した甲斐があったわ。笑うことでリラックス効果もでてくると思うのよね。これからも、こんな表情見られるといいな。
「ところで、侍女の増員は足りているか?」
「ん? ああ、あの二人のこと? 大丈夫よ、もともと自分のことは自分でやりたい派だし。少なくても問題なかったけど。でも散歩にルディを付き合わせるのは悪いと思ってたから、ハムス……じゃなかった、侍女さんが代わりになってくれたのは助かったわ。ルディがついていたら、ここには来れなかったろうし」
「なるほど、ヒューズが外れていたのか。ならば君の護衛をもう少し……」
何やら難しい顔つきをして真剣に考えそうなところを両手で制し、
「いやいや、足りてる、十分足りてるから」
これ以上監視されたり、行動を制限されたりするなんてウンザリ。せめて自由時間くらい自分の好きにさせて。
この話はこれで終わりとばかりに、慌てて話題を切り替えた。
「そういえばこの間魔物に襲われた時、廊下を曲がった瞬間に変な感じがしたのよね」
「ヒューズから報告はあった。たぶん、空間を捻じ曲げて別空間へ移動したのであろう」
「でも、王宮ってそんなに魔術使いたい放題なの? 例えば、別空間から敵が侵入してきたらヤバいじゃん?」
あんなことが普通にできる魔術師が王宮にワンサカいるならば、みんな腹黒貴族にヤラれて死んでまうモン。どう対策をとってるのか不安で、詳しい内容をラッセルに教えてもらうことにした。
「王宮内で魔術が使えるのは、貴族が連れてきた魔術師だけだ。それも決められた場所だけになっている。誰がどこで魔術を使ったのかは、魔術管理棟で常時チェックされているので、未確認の魔術を感知した場合は王宮護衛官が調査することになっている」
へえ、思った以上に管理されてんのねぇ。あれれ? ここに来るのに、この人魔術使ってるよね? 大丈夫なのかしら?
「なら、アンタも魔術使って平気なの? あんまり使うと王様や貴族からよく思われないんじゃない?」
「私や殿下は王から直接許可をもらっているから、王の周りと王の間以外ならば使用可能だ。ただ、昼食のために頻繁に使うのはだな」
と、ここまで言って言葉を切る。自分のアゴに手を添えて考え込む様子は、たぶん私がお願いしたランチの時間の移動のことを考えてるのかもしれない。
やはり無謀なお願いだったのかしら……せっかく聞いてもらえたワガママを、諦めなければいけないと思うと、自然にしょんぼりと肩が落ちてしまう。
「大丈夫だ、昼の時間くらいは調整できる。一旦監視エリアから離れて移動するならば、問題なかろう」
それを聞いてホッとした。せっかく出した勇気が水の泡になることもなくなったワケだからね。
「ところで、魔術の監視って結構厳しいの? 監視されてるなら、悪い人とかは侵入してこないとは思うんだけど」
「そこが問題なのだ。侵入者がいないのに魔物だけが侵入してきた。内部の魔術師が呼び寄せたとも考えられる」
難しい顔をして敵の様子を語るラッセルからは、まだ問題は解決していないのだという雰囲気がにじみ出てくる。
「君が襲われた日、管理棟から異変の報告は上がっていなかった。管理棟の中の者が見逃したか、ワザと隠蔽したか。現在調査中だ」
「え? あれだけの魔術に誰も気づかないとか、ありえないし。絶対隠してるわよっ。でも私が誰かの恨みを買うようなこと、今まであったかしら?」
真剣に心当たりを探っていると、ラッセルがほんの少し、呆れたような感じの声で答えてくれた。
「君の部屋に殿下が足繁く通っているからだろう? 実力のない貴族の、しかも養女が、殿下の心を掴んでいるのだ、周りの貴族がやっかむのも当然だろう」
「あ、それ。前にルディからも言われてたわ。でもハルの好き好きでしょ? しかも私相手に大げさな」
「執着する相手がいなくなれば、必然的に他に目を向けるしかないだろう? 危険な芽は早いうちに摘んでおくのが定石だからな」
なんだか理不尽なものの考え方に、いくらか不満気な顔をして、会話を続ける。
「そりゃそうだけど。やっかみで人を襲う? 信じられないんだけど」
「君の立場が公になる前に潰すか消すかなど、貴族にとっては当たり前のことだ。言っただろう、定石だと。娘が王族と婚姻関係にあることで、貴族内の権限や勢力図も変わる。誰もが欲しがる条件だ」
「ふぅーん」
ホント、みんな欲望に忠実すぎだから……となかば呆れ気味に思ったところで、ギクリと固まる。
考えてみれば、さっき私がラッセルに対してお願いしたことも、自分の欲望からでた行動じゃないか。満足を得るためにはどんなことだってする。
そう思っている自分と、権利を欲しがる貴族たち。どちらも一緒……
急に自分の全身がドロドロの欲にまみれた人間になったように感じ、ブルブルと身震いする。
その様子に眉根を寄せるラッセルが訝しむようにして尋ねてくる。
「どうした?」
「ううん、何でもない。あんまり水分摂りすぎたかな? 冷えちゃった。平気平気」
こんな考え、この人に悟られた途端に距離を置かれるに決まってる。瞬間的に営業スマイルをして話題を切り替えることに努めた。
これ以上、この考えにとらわれてはいけない。今はただ、ズルい考えにキッチリとフタをして、限られた時間の中でのラッセルとの会話を純粋に楽しもう。




