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65.誤魔化すな!

「何よそれ。悪い冗談やめてよね。ドッキリも大概にし、て、欲し……ホントなの?」


 無表情のまま頷くラッセルに、改めてこちらが驚く番だった。


 マジか……ここら辺のお嬢様の目はフシ穴か?

 コイツが()()『ユーグレイ公』だって? 繊細で紳士的? 陰がある? 恋人やら一晩の火遊び相手だってぇ?


「……プッ……ククク……あはははっ」

「何が可笑しい?」

「だっ……だって、イメージが、独り歩き、して、るぅ」


 お嬢様たちが実際のこの人をみた時の反応を想像すると、可笑しすぎてお腹が痛くなってくる。

 さっき見た不機嫌な表情よりさらに不機嫌な顔で私をギッと睨みつけ、無言で抗議しているのだ、ということがよくわかった。


「ごめんなさい、ぷぷ。何かね、アンタがあまりに表舞台に出てこないから、ミステリアスに思われてしょうがないらしいわよ? どっかのお嬢様にひと声かけたら、案外コロッといくかも」

「私の側に女など要らん。チャラチャラ着飾って中身のない会話をするような者など、煩わしいだけだ」

「まあ、強がっちゃって」


 ぶっきらぼうに話す様子は、照れだろうなと思っていたが、硬い声色から察するに本気で嫌がっているようだ。

 そろそろイジるのは終わりにしよう。


「あら? でもさ、私も女の部類に入ってるんですけど、そこんところはどう判断すれば良いかしら?」

「ああ、君もか。ふむ……そうだな」


 言われて初めて気づいた、という顔でしばらく考えこむと「ああ」と小さく合点がいったように手をポンと打って納得している。


「何? 何がどうしたの?」


 不思議がって尋ねると、自分の考えに満足したラッセルが納得した理由を説明してくれる。


「君があまりに周りのご令嬢たちと違っているからな、気づかなかった。君は私にとって特別な存在だからな」


 ビックリして目を見開いたまま固まってしまった。

 ……この人何言っちゃってくれんのよ。

 私が特別、なんて言われたらドキドキしないワケがない。


「な、何言っちゃってんのよアンタ。頭のネジどっかに飛ばしてない?」

「は? 私をデキの悪い何かと一緒にするな」

「だって……特別な存在とかって言うし」

「ああ、それは君が他の貴族とは違っている、ということだ」

「……」


 カチンとくるのはいつものことだよね。ここは私が冷静な態度でコイツに意見してやらなければいけない場面だな。大丈夫だ私、落ち着いていこう。

 深呼吸して、最近マスターした営業スマイルーーお貴族様バージョンーーでラッセルに話しかける、


「たしかに出自は皆さまとは違っておりますが、私もリンスターの娘として、家名を汚さぬよう、恥ずかしくない態度で王宮(ここ)におりますの。ですがあなた様に不快な思いをさせてしまったようでしたら、まことに申し訳ございません……私の……」

「ああ、もういい。その口調は気持ち悪い、やめなさい。アイツらと同じ顔にみえてくるし、食事時には最悪だ」


 せっかくこっちが大人の対応してたとこなのに、私の喋りを途中で遮るようにラッセルが喋ってくる。


「君の出自のことを言ったのではない。勘違いさせたのならすまなかった。私が言いたかったのは、君がいると……」


 ここまで喋っていたラッセルが急に固まった。

 カップを握ったまま目があちこちに動き、口が微かに開いたり閉じたりを繰り返している。


 なんだろう、ここまでわかりやすい表情をするって、ちょっと意外。


 飲みかけていた紅茶のカップをカタンと置いてはまた持ち上げ、少し口に含んではまた置く、という作業を何度か繰り返す。

 明らかに動揺してます、と全身が物語っているのだが、当の本人は必死でそれを隠しているのがモロにわかる。


 この人をこれだけ動揺させるなんて。

 それって私が影響してる? 少しでも感情を揺さぶることができたなら、それはそれで嬉しい。何しろ、いつも無表情だし?

 今の会話の中でそんな風になる流れなんかあった?

 気になって、話の続きを促してみる。


「私がいると、何?」

「あー、と、すまない。何でもないから気にしないでくれ」


 またはぐらかそうとしてる。

 いつもそうだ。この人って自分の気持ちを口に出すことに慣れてないみたい。

 でもそれじゃあダメだよ。思ったこと、感じたことを素直に伝えないと心が不健康になってしまう。

 ああ、もしかしたら、表情の変化が薄いのもこれが原因かも。


 ここはひとつ、気持ちを喋らせる訓練をさせてみよっかな。慣れてきたら、もう少し親しみやすさが出るかもしれないでしょ?


「今日は教えてくれるまで動かない」

「な、何を言って……」


 そう宣言した私は、ラッセルの手をムギュッと掴んでキッと睨み返す。向こうは、私がそのような態度に出るとは思ってなかったらしく、ギョッとして掴まれた手をみつめ、反対手で持っていた紅茶のカップを、ガチャンとテーブルに置いた。


「だって、いつも逃げてる。自分が傷つかないように、自分を守ってるだけかも知んないけど……けど、拒否されるこっちの身にもなってよねっ! ちゃんと向き合ってくんないと会話だって成り立たないよっ。誤魔化さないではっきり言って!」


 この際だから、前から思ってたことをドン、とぶつけてみた。最初はこんなこと言うつもりなんてなかったのに、この人ってば、アンマリ煮え切らない態度なんですもの。

 だんだんと腹が立ってきたんで、全部吐き出してさっさとスッキリしよう。


「アンタは自分が傷ついても我慢すればいいと思ってるかもしれないけどねえ、傷ついてるアンタをみてるこっちだって一緒に傷つくんだからねっ」


 私の剣幕に圧倒されたラッセルは、呆然と固まったまま話を聞いている。

 私と言えば、肩でハアハア息をしながら思いっきり叫んだら、酸欠なっちゃったのかクラッとめまいを起こしてバランスを崩した。

 彼が慌てて私を支えてくれたので、崩れ落ちるのは避けられたが、しばらく動けそうにないくらい疲弊してしまった。


「そうか、すまなかった。君にそんな思いをさせていたとは。心配をかけさせまいとして、余計に心配かけさせてしまったな」

「そうよ……誰も傷つかないでいるなんて偽善よ。傷つけ合って向き合って。そうしないとみんなが不幸になるのよ」


 頭の上から聞こえる声の方向に顔を向けると、優しく笑ってくれてるラッセルがいた。少しは通じたってことなのかな?


「君は本当にあの万華鏡のようだな。クルクルと、その表情や感情が目まぐるしく変化する。全く目が離せない」

「それって、私がうるさ過ぎってことなん?」


 怪訝そうに言葉の意味を尋ねると、彼は苦笑気味に首をゆるく横に振りつつ息を吐く。


「先ほど言いかけたことはだな」

「うんうん、何かな、何かな?」


 やっと素直に会話できるようになったわね?

 期待を込めて、次の言葉を待った。


「君がいると……『心が解放される』だ」

「ぅえっ……」


 私の目をみて真顔で答えるラッセルには、もうウソがないと思われる。ということは、これって本心からの言葉だ。


『心が解放される』って、つまりは側にいると楽だ、とか一緒にいると安心するってことよね?

 つまり、側にいて欲しいってことなん?

 ヤだ……今、そんなこと言われちゃたなら……


 せっかく、もうこの人への想いには蓋をしよう、と吹っ切ったところだったのに。蓋をこじ開けるようなセリフ、言わないで。気持ちが溢れてきちゃう。


「君に伝えるべきではない言葉だとは思った。期待させる訳にはいかなかったからな。君にはカシアス殿下と幸せになって欲しい。彼ならば、君を一番に考え大切にしてくれるであろう。私では無理だ」

「無理って何で……」


 フッと力なく笑う様子は、まるで全てを諦めるような自嘲めいた雰囲気が漂う。


「私を取り巻く環境では、周りの者全てが不幸になるだろう。君の……その……好意は嬉しかったが応えることはできないと思ったのだ。殿下ならば応えてくれるはずだ。近いうちに、周りの貴族を納得させる技量も実績も手に入れられる。彼は君を守る力があるということだ」


 優しく笑って私の頬を撫でる仕草は、小さな子供にゆっくりと言い聞かせているのと同じで、理解しなさい、と無言の説得を続けているようだ。


 これにはもう、嫌だとダダをこねることも、泣いて抵抗することもできない。ただ一筋、ポロリと涙が出てきたが、慌ててそれを拭い、誤魔化すために冷え切った紅茶を一気に飲み干した。


 誤魔化すな、と迫ったくせに、誤魔化さなければならない涙を今ほど辛く思ったことはなかった。


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