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64.サビシん坊かいっ!

 昨日はそのまま帰っちゃったけど、今日もいるかな?


 昨日より少し遅い時間、お昼には少し早い時間に、また図書館へと足を運ぶことにした。正確には図書館の先の、あの秘密の場所に、だ。


 相変わらずひと目を避けてそろそろと移動、獣道を潜り抜けてからは、目的の場所へとズンズン歩いていった。


 ベッドの上に人影があることを期待していたが、そこには彼の姿は見当たらなかった。


「やっぱ、そんなに都合よくできてないよねぇ。って、何か増えてない? 家具」


 昨日はベッドだけだったところに、ソファとローボード、テーブルと椅子がセットされている。


「まあ、お昼の入ったカゴを持ちっぱなしってのも疲れるし、ちょうどよかったわ」


 手持ちのバスケットをテーブルにトンと置き、中身を並べてから椅子に座ってひと息ついた時、空気が動く気配と一緒にラッセルが現れた。


「あ、ごめんなさい。お昼を置いてから帰ろうと思ったの。お腹が空いてると気分も沈むでしょ?」

「ああ、ありがとう。君にまで心配させてしまったか」


 口の端がわずかに上がり、微笑んでいるのがわかった。


「でも、今日もこの時間にアンタが来ると思わなかったわ。やっぱまだ眠れないの?」

「いや、昨夜(ゆうべ)は夜まで仕事をしてからこちらに移動して眠ったので問題ない。ここに誰かが入ったら私に連絡するように頼んでいた。昨日の……その、礼をしたくてな」


 話している途中、手で口元を隠して目線を外す仕草は、たぶん照れからなんだろう、思わず私も顔がほころんだ。


 ん? このパターン、前にも一回あったよね……ハッと気がついて、素早く両手で自分のほっぺをピタリと挟んでガードした。


「どうした?」

「え? むちっと引っ張られないようにと思って……」


 不思議がるラッセルに対して、ヘラっと笑いながら答えた。


「私がそのような大人気ないことをするわけがないだろう。君とは違う」


 少しムッとしながら目を細めて、私の言い分に意見してくる。

 はあ? どの口でそんなことを言うのかしら?


「前に歌ってあげた時につまんだでしょっ! 忘れたの? 有り得ないしっ。そうよ、忘れたとは言わせないわっ」


 あまりにしれっとしてるので、突っ込んで問い詰めると、一瞬の間の後、パチリと瞬きして皮肉めいた笑いの表情になった。


「君の覚え間違いだろう」


 澄ました顔で答えるラッセルに、腹立たしさしか浮かんでこない。


 コイツ……絶対思い出してるからっ。絶対気づいているからっ。ホント素直じゃないよね、腹立つわぁ。

 まあいいよ、ちょっとは回復したじゃん?


 たまには差し入れでもして、気分が良くなるようにしてあげようかな。

 王宮の緊張感と重責は、ハルだってかなりのダメージなんだもの。サポートしてるラッセルだってしんどいはずだよね。

 毎日だと押し付けがましいし、一週間くらいのペースなら気を使わなくて済むかしら。


 そう言えば、ラッセルがここに顔を出した時、誰かに連絡係を頼んでいたって言ってたわよねぇ、でも誰もいなかったし……私が気づかなかっただけ? せっかくだからお昼も一緒に摂ればいいのに。使いっ走りじゃ可哀想だわ。


「それはそうと……私が来る前に誰かがここに居て、連絡してくれたの? なら、その方もご一緒にお昼をどうかしら?」

「それには及ばん。何しろ()()だからな」


 そう言って指差す先を見ると、普段、ラッセルが私につけてくれてる影の護衛のヘビさんがそこにいた。

 いや、よーく見ると、あのヘビさんよりひと回りくらい小さい子のようだ。


「昨日は()()が、君につけている私の使い魔と感応しあって君をここまで導いてきたのだろう。今度また()ぶならば私へ伝えるよう、ここに残した」


 へぇ、と感心していると、いつの間にかデカい方のヘビさんとヒョウさんもそこに出てきて、何やら親睦を深めている様子。魔物同士も仲良しさんっているんだな。


「あ、お昼を持ってきたから食べてね? 私は部屋に戻ってからでも食べられるし。キチンと食事すると脳が働くわよ?」


 椅子から立ち上がってバスケットを手に取ったところで、軽く腕を引かれる。何事か、と彼を見ると、少し不機嫌な表情に変わってる。


 私もラッセルの表情の変化を読み取るくらいできるようになったのか、とある意味感動すると同時に、もうそれほど見ることもないんだろうな、という寂しさも感じられ、チクリと胸が痛んだ。


「君は……ここまできて、あえて私に一人で食事をさせるのか?」

「ん? だってここはアンタの場所だって言ってとじゃん? 私、アンタの安らぎの場所を取り上げるほどイヤなヤツじゃないわよ」

「確かにここは私の場所だが……()()らが君を招いたのなら、私の客人にも等しいということだからして……」


 喋ってる途中からどんどん声が小さくなってきて、最後の方は聞き取りづらくなってくる。よく聞こうと少し体を動かすとパチッと視線が合った。照れてるような、戸惑っているような、複雑な表情が入り混じっている顔だ。しかし、すぐに俯かれてそれ以上の表情がわからない。


 思い切って覗いてみたら、珍しくギョッとしたような顔をしてるのが目に映った。


 お? ムッチャレアな表情、と思うのと同時に、ヤツの右手が私の顔をガシッと覆う。


「い、ででっ……な、何すんのっ。酷いっ」

「酷いのは君だ。いきなり覗きこむな」


 なんて言い草だろう。

 しかも、うら若き乙女にアイアンクローだよ? 信じらんないからっ。


 まあ、なんですか、その……

『うら若き乙女』ってのは過大広告みたいなモンだけどさ、いきなり技かけるとかナシだろうが。


 思わず握り拳を作り、憎たらしい顔に繰り出した。しかしその拳もアッサリと受け止められ、そのままグイッと引き寄せられる。バランスを崩して傾く体の肩を反対側の手で押さえられ、 立ち上がったばかりの椅子に再び座ることになった。


「そのままそこに座ってなさい。一人で食べるよりも二人の方が気分も晴れる。まあそれが君、というのはどうかとも思うが」

「ア、ンタねぇ……一緒にご飯食べましょ、くらい言えないのっ? 誘い方も知らないんだったら、この先彼女もできないわよっ!」


 こっちは腹を立てて怒っているのに、ラッセルときたら、キョトンとして、言っている意味が理解できていないような雰囲気だ。


「そうか、そう言うのが普通なのか? 今まで人を誘って食べたことがなかったからな。気づかなかった」

「ええ? 会食会とかたくさんあるでしょ? パーティだって」

「それは仕事だ。義務だから何も感じない」


 あっりゃあ、これはかなり気の毒だ……

 こんな寂しい人、今まで見たこともない。貴族の世界では当たり前の話しなんだろうか。

 ここはひとつ、ひと肌ぬいで私が食事の楽しさを教えてあげるとするか。


「そっかぁ、なら付き合いましょ? 会話しながら食べるのって、健康にも精神的にもいいんだから」


 キチンと座り直して、私もお茶を飲みながら話し相手になるよう面と向かった。


「……」「……」


 どうしよう。ラッセルと話すことが思い浮かばない……

 何かないか? 頑張れ私の脳ミソ。何かを捻り出せ。


 ムムム、と眉根を寄せて考えているとラッセルが私に問いかけてくる。


「何をそんなに難しい顔をしている?」

「ええとね、何かいい話ないかな、と思って。んー、そうだ、魔術師団にかなりの身分で、素敵な貴族の方がいたって話知ってる?」

「ほう、聞いたことがなかったが……」


 ラッセルも知らない人だったの? ふふーん、これはこれは。お嬢様茶会で仕入れた情報を披露する場が、こんなところにあるなんて。


 私はここぞとばかりに、得意げに胸をそらせて話しを進める。ただの世間話しで自分が優位に立てると思ったら、私のこの口から言葉が滑るように出る出る。


「あのね、その方『ユーグレイ公』とおっしゃって、とても繊細な方なんですって。陰がある雰囲気が王宮に住んでるお嬢様方の心を捉えているらしいわ。とてもセクシーな方なのかしらね? 知ってる?」


 おお? この顔。ホントに知らなかったみたいね。軽く目を見張ってるのは、ビックリしてるってことだよね。


「どう? ビックリ情報でしょ?」

「……私だ、が……」

「は? 何言ってんの? 意味わかってる?」

「『ユーグレイ公』というのは私のことだ……」

「はあぁ?」


 何だそれっ!


 ハナタカ情報を披露できて満足してた私が、逆にビックリする番だったとは。


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