63.たーんけんっ!
ルンルン、ラーン。
久しぶりに爽快な気分で目が覚めた。
最近はハルとの関係も良好だし、言うことなしのご機嫌状態が続いている。
今日が特別ご機嫌なのも実はワケがある。
つい先日見つけた、秘密の場所探検を計画しているのだ。
ふふふ。知らず知らずに笑みがこぼれてくる。
王宮に来てから何気に通っている図書館の少し先に、獣道をカモフラージュしたみたいに隠された通路を発見しちゃったワケですよ。
どんなに上手に隠したとしても、このサーラちゃんの目はごまかせませんよー。必ずその謎を暴いてみせるわっ。
今日はハルが来る予定もないし。昨日お部屋に遊びに来た時、視察で一日出かける話をしていたからね。お茶会に誘われてることもないし、全くのフリーな日ってのは久しぶりなのさ。だからってワケでもないが、この機会にぜひ探検を、と思いたったのだ。
ハルとは仲直りしてから何日か経ったのだが、また前みたいに他愛のない話を軽くしてから仕事に送りだす、というフランクな関係に戻っている。
以前とちょっとだけ違っていることがひとつあるのだが、ハルの気持ちを知っている身としては、これだけは受け入れることで折り合いがついている。
帰り際に私の両手を包み込み『充電』と称して、その手を自分の頬に当ててしばらく目を瞑る。それから大きく深呼吸してニコリと笑いかけ「行ってくる」と小さく呟いてから部屋を出ていくのだ。
私の知らないハルの世界の中で、狡猾な貴族との舌戦や心理戦に身を置いているのだろう。
日々見送る背中が、少しずつ大きくなっているように感じ、頼もしさに顔がほころんでくる。
『頑張って』
声には出さないが、心の中では毎回その背中に励ましの言葉をかけるのがあの時からの日課になりつつある。
「お嬢様ー。ホントに今日の付き添いは私でいいんですかぁ? いつもはルーデっちじゃないですかぁ」
小柄侍女ちゃんは、相変わらずポヨヨンとした感じで私に質問してくる。彼女が『ルーデっち』と呼んでいるのはルディのことらしい。いつのまに仲良くなったのか、それぞれのニックネームをつけて呼んでるみたいだ。たぶん私もニックネームがついているんだろうけどね、今度彼女に聞いてみようか。
「毎回ルディじゃ申し訳ないもの。それに今日は図書館の中でしばらく過ごしたいから、あなたも向こうに着いたら自由行動で平気よ? 帰りは一人でも大丈夫。私には魔物の護衛が付いているから」
「自由行動」の言葉に惹かれたのか、彼女はいそいそと支度をはじめ、すぐにでも出かけられる用意が整った。
「ささ、早く行きましょ。ああ、言われていたお昼も準備しましたよ。完璧です、さすが私ですよねー」
喋る彼女に背中を押され、あっという間に図書館へと到着した。先ほど開館したばかりの早めの時間で、利用者もまばらにしか居ない。
「お嬢様、それじゃ私はここで失礼します。言っときますが、勝手な行動はしないでくださいねー。私がお仕置きされますからー」
うん、見事なくらいジコチューな発言だ。ある意味清々しくさえ感じる。
私は軽く引きつり気味な笑顔で手を振って彼女を見送った。
さ、て、と。探検を開始しますか。
お昼ごはんよーし、ちっちゃい水筒よーし、足に馴染んだ靴よーし、携帯用の小刀よーし。オッケー、完璧。
そうして、周りの人たちに気づかれないように、獣道へとゆっくり足を運んだ。
変なぬかるみとか無いよね。足元を確認しながら慎重に前に進む。と、呆気ないほど簡単に目の前に広々とした空間が広がった。
「あっれぇ? せっかくサバイバル感出して開拓したかったのにぃ……って、ここって……なんか見たことある?」
急に開けた土地は小高い丘の中腹に位置していた。
まるでついこの間も来たような、懐かしい感じが……
ああ、ここって実家近くの公園に似てるんだ……ていうか、丸被りしてる感満載。この間みた夢の花畑に似てるのかも。
もともと花畑は大好きだったから、こんな所にこんな素敵な場所があるなら、毎日でも通ってみたい。
誰も知らない場所ならば、私専用の場所にしたって平気だよね。
よし、決めた。今日から私の息抜き場にする。
そうと決まったなら、一番のお気に入り場所を見つけなくては。
ご機嫌もマックスになり、鼻歌を歌いながら少しずつスキップで移動して眺めを確認していく。
しかし、ある程度散策したところでスキップしていた足がピタリと止まった。
ん? なんでこんなモンがこんな場所に?
この場にはあまりにそぐわないモノがデデーンと鎮座している。
「これ……ベッド? なんでこんなとこにあるん?」
はて、と首を捻っていると、近くで空間がグニャリと歪み、人が現れた。
「え?」「ん?」
まさか人が来るとは思わなかった。思わずびっくりして声をあげる。同時に向こうも一言声を出す。
あちらさんも私がいると思わなかったのか、自分の周りに防御の魔法陣を展開してすぐに攻撃できるような態勢を整えている。
「ま、待って。攻撃しないでっ。ワザとじゃないからっ」
しゃがみ込んで頭を抱えて、必死に叫んで相手を制する。フッと陣が消え、スイッとこちらに近づいてくる気配を感じた。
「なぜここに君がいる? ここは私の場所だ」
……この声……ラッセルじゃん……
咎められているのに、この声を聞けるだけで心臓がトクンと跳ねるのがわかった。
ダメだ、ダメだ、ラッセルに受け入れてもらえなかった時点で私の恋は終わってる。何を未練がましく思ってるんだよ。この間もそうだったけど、嫌われてんのに、少しでも一緒にいたいとか話したいなんて、単なるストーカーだから。
変態って思われる前に気持ちにフタをしよう。
いろんな考えが頭をよぎる中、感情を悟られないように、できるだけ平静を装って会話に努める。
「ア、ンタの場所だなんて、知らないし。たまたま辿りついただけだもん」
「この一帯には結界が張られていたはずだ。どうやって辿りついた?」
私と話してる間も、意識は四方へと向けているのか、目がせわしなく動き、全身が緊張に包まれている。
「えっと、図書館の先に、いつもは気にならない程度なんだけど、違和感があって……よーく見たら獣道みたいなのがあったから、今日は探検しに来ました」
「誰かを連れてきたり、ここに来ることを伝えたか?」
私は首を横に振り、誰にも知らせてないことを伝えた。
それを聞いたラッセルは深く息を吐き、ベッドの端にドサリと腰を下ろす。
「ところでさ、何でこんなとこにベッド? アンタ、自分の部屋あるんでしょ? わざわざこんなとこに移動しなくたって。おかしいよ、異常だよ?」
「異常、か。確かにそうだな。しかし、王宮の中ではどうしても眠れない。これは苦肉の策だ」
ラッセルは深いため息をつきながら、組んだ両手を額に当て、苦しそうに呟く。
「昔から王宮には私の居場所がなかったからな。もう子供ではなくなっているから大丈夫だと自分に言い聞かせて、努力したが無駄だった。仕事をしているうちはまだ忘れられるが、夜が……正直恐い」
注意深く様子をみると、細かくカタカタと震えているラッセルが目の前にいる。
あれだけ自信満々で憎まれ口ばっかりだった人間と、今目の前にいる人が同一人物なのか、と疑ってしまうくらいの頼りなさだ。
「仕事が夜までかかる日は、眠らずに次の日を迎えることが多くなった。自分でもどう改善すればよいか途方に暮れている」
そう言えば、前に泥酔して目覚めた次の朝も、こんな風に弱々しい感じだったっけ。昔のラッセルのことは知らないけど、その時に何かあったかな?
とりあえず、ここでしか眠れないというのだから、寝かせてあげるしかないだろう。
「ねえ、疲れてる時はいい考えなんて浮かばないものよ? 一度眠るといいわ。少し側にいてあげる」
ラッセルに横になるよう促し、肩を優しくトントンと叩きながら、あの時も歌ってあげた子守唄をゆっくりと口ずさむ。一曲終わらないうちに微かな寝息を聞く。
私は極力音を立てないようにしてその場を離れ、もと来た獣道を抜けて自分の部屋まで戻った。




