61.増えてる!
スズメバチ襲撃からのお茶会デーから二日経った。
自分の命が危険に晒されたんだから、早々に解決しなければならなかったのに、あろうことか二日も経ってしまっているのだ。
「……不甲斐ない、本っ当に、不甲斐ない」
心の声が口をついて出てしまった。
実は、お茶会から帰ってすぐ、熱にうなされて寝込んでしまったらしい。今さっき気づいたばかりなんだけど、聞いたら二日ほど寝込んでいたって話だ。
ルディと顔を合わせたら、絶対に知恵熱出したんだってバカにされるに決まってる。
あーあ、否定できない自分が悔しい。
だって魔物に襲われる、なんてチョーびっくり体験からの、あのお嬢様連中からの情報収集だよ? あの情報量の多さって言ったら、熱出さない方が難しい。
「お気がつかれましたか? 他の者は既に職務に就いておりますので、私がお嬢様のお世話をさせていただきます」
声がする方に首を捻ると、私が知らない侍女さんだった。
キリリとして、メガネをクイっとあげる姿なんか、いかにも仕事できます系の雰囲気が漂ってくる。これで男性だったら私惚れちゃうかも……
思わず見とれてしまったが、現実に戻るんだ、と意識を引き戻しすため、フルフルと首を振って侍女さんと向き合った。
彼女の話を聞くと、私の部屋の侍女の増員依頼を受けて、とのことだった。私自身は特に不自由ないと思ったのだが、ハルの方から少し増やすように、という希望があったそうなのだ。
たぶん、ルディから私が襲われた話しでも聞いたのだろう。気を遣ってくれるのはありがたいことなんだけどね、かえって余計に心配かけさせちゃったかな。
いろいろと考えたところでハッとする。私ってば、この新人侍女さんに失礼な態度をとってなかったかしら? 最初の印象が悪いと、彼女も働きがいがない職場と感じるかもしれないもの。ここしばらくは、彼女に負担を強いることのないように十分に注意しておこう。
彼女から出されたお水を軽い挨拶とともに受け取って、ゴクリと飲みほす。少しスッキリした頭を整理してこれから私が何をするべきかを考えた。
早急にカタをつけるべき課題は、襲撃の犯人をあぶり出すことだ。
まずは、あの途中退出したお嬢さんを突き止め、話を聞く。そこまでできれば、黒幕を引っ張り出すことができるはず。
レイニーさんなら王宮の貴族や護衛官とも連携できていると思うから、ここを足がかりにしてあの子に辿りつこう。
「た、大変ですー、大変ですよー。今、知り合いの侍女から聞いた話なんですけどー」
またまた知らない侍女さんが、緊迫した声をだしながら、慌てて部屋に入ってきた。
私が起きているのを見つけると、さらに慌てたようにして、やはりハルからの増員依頼でこちらに来ることになった侍女さんだと挨拶をしてくる。
「私がお嬢様を起こしてしまったなら申し訳ありません。お叱りは受けますので、解雇だけは勘弁してくださいっ」
少し小柄な体を目一杯まで縮こまらせて、ひたすら謝罪を口にしている。
なんかチョー可愛いんだけど。ビクビクしてるとこなんか、まるで小動物みたいな感じ。
私もそこまで鬼でもないし、誰かを自分の一存で辞めさせる権限もないと思ってるもの。大丈夫だから、と安心させて落ち着くよう促した。
ホッと力を抜いて、引きつり気味の笑顔を見せるあたり、マジ小動物を思わせる。
うん、彼女をこれからハムスターちゃんと呼んでみよう。ただし心の中でね。
それから先ほどは何をそんなに慌てていたのかを問いただした。
「えっとですね。この王宮で、とあるお嬢様が殺されかけたって話ですっ」
「えっ、いつ? どこのお嬢様の話?」
この間の襲撃からそんなに時間が経たないうちだったから、また別の誰かを襲った連続事件が発生したと思ったのだ。
若干喰いつき気味に、この小柄な彼女が話す言葉を待った。彼女は、キラキラした目で少しだけ自慢気にしている。深呼吸してから抑え気味に喋り始めるが、最後の方はテンションが上がりまくって、デカい声になっている。
「二日くらい前のお話ですけど、どこかのお茶会へ向かう途中に襲われたんだそうですーっ」
……おーい、それって……私のことやないかーいっ。
知らないうちにドレスをギュッと握りしめ、腕を突っ張って聞いていらしい。思わず、カクンとヒジが折れバランスを崩しかかった。
前のめりに二、三歩たたらを踏むと、すかさずメガネ侍女さんから脇を支えられて、立ち直した。
「やはりお嬢様には刺激が強すぎるお話しでしたよねー」
小柄侍女ちゃんが、もっともらしい顔でウンウン頷きながら、私にそう言ってきた。特に私を支えることもなく、自慢気に立っている様子を見ると『このバカ者がっ!』と小突きたくなってしまう。
知らないうちにできた私の眉間のシワに気づいたのか、のほほんとした表情で話しかけてくる。
「あれれ? お嬢様、まだご気分が優れないようですね。顔、メッチャ怖いですよー?」
……誰のせいだよ、全く。コイツはあの俗に言うアレか? 天然ちゃんってヤツか?
「だっ、誰がっ……ってもういいや……」
気分を落ち着かせるために、意識して深呼吸すると、メガネ侍女さんにお茶を淹れてもらうことにした。
その間も小柄侍女ちゃんはメガネ侍女さんの仕事を感心しながら見てるだけだし、ほー、とか、へー、とか言いながら金魚のフンみたいにしてくっついてるだけだ。
「……ねえ、アンタも侍女ならメガネ……じゃなかった、先輩の手伝いくらいしなさいよ」
言われた小柄侍女ちゃんは、ぽんと軽く手を打ち「なるほど」と呟いてから銀のトレーを持って側に立つ。
自分でもお茶を淹れようと食器を並べ始めてるところを手で制した。
「ちょ、ちょい、ちょーいっ。アンタ何してるん?」
私に止められた小柄侍女ちゃんは不思議そうに首を捻り、悪気もなく答える。
「何って……お茶を淹れましょうかと」
「だーかーらー。お茶は何杯も要らんわ。一人で十分。もー、アンタは情報収集だけでいいっ。しっかり他の部屋の侍女さんたちから情報をゲットしてらっしゃいっ!」
のほほんと聞いてから、ニッコリ笑顔になって私に向かって姿勢を正す。
「はいっ、了解しました。情報収集を頑張りますっ。必ず褒めてもらえる、いいネタを探して来ますねっ」
スチャッと軽く敬礼をして、小走りに部屋を出て行こうとしたところで「どひゃっ」と声をあげ、彼女がすっ転んでいた。
おいおい、やらかすなー彼女。
さっすが天然ちゃん。呆れてため息がこぼれてしまった。
「あ、ごめんね」
声の主はハルだった。
小柄侍女ちゃんと二、三やりとりをして、彼女は部屋を出、代わりにハルが部屋へと入ってきた。
「具合はどう? 二日も寝込んでるから……これ以上続くようなら、サーラのこと診てもらおうかなって考えてたところ」
診てもらうって……意識ないまんまの体をかいっ。そんなの恥ずかしくて死ねるわ。あー、気がついてよかった。
考えたら、お医者さんや将来のダンナさんには、このダルンダルンの体をさらすことになるのか……ダイエットしよ。うん。
「心配させてごめんね、もう平気。いろんな話を聞いて、少しキャパオーバーだったの」
メガネ侍女さんからタイミングよくお茶を出されると、彼女はそのまま一礼して部屋から出ていってしまった。
なるほど、ハルと二人きりになる時間を作ってくれたワケか。こちらは天然ちゃんとは違ってできる子だよね、ホント。
「サーラが襲われたって聞いて、心臓が震えたよ。俺思ったんだ。サーラを中途半端な扱いにしてるからなんだって。婚約者としてみんなに披露しちゃえば、誰も君に手出しできないはず」
そう言ってからお茶をゴクンと飲み込むと、真剣な表情で私の両手をキュッと握り締めた。
「だから、俺のプロポーズ、受けて?」




