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60.情報網、すごっ!

 ……困った。

 こ、これは本当にマズいぞ。


 今、私はかつてない窮地に立たされている。


「えっと……ユー、グレイ、公ですか?」


 私の言葉に、お嬢様方が一斉にコクリと頷く。その目はキラキラと輝いて、私がこれから話すであろう話しを一語一句漏らさないぞ、と言わんばかりに真剣な表情をしている。


 ぐるりと見回すと、この部屋にいる全てのお嬢様の目が私に集中してるのがわかる。それはエランのお嬢様も例外ではないようで、期待のためか、若干上気した表情をみせている。


 どうしよう……ここで知らないって言ったら、みんなの期待を裏切ってしまう。失望させたくはないんだけど……

 ええい、誰のことかわかんないけど、無難な男の人像を語っておくか。生唾をゴクリと飲んでゆっくりと口を開いた。


「そ、うですねぇ。彼は……とても繊細な方で……魔術や後進の教育も熱心でして……あー、あと女性には優しいですよ、たぶん……ですけど……」


 言い終わってから、恐る恐るお嬢様連中をチラ見した。お嬢様方はみな一様に固まったままピクリともしない。


 ヤバっ……こりゃ知ったかぶりがバレちまったか。やっぱり正直に知らないって言わなきゃダメだよね。


 再び謝ろうと生唾を飲み込んだ時だった。彼女たちは、ふるふると震えながらも、上気した顔を突き出しながら我先にと語り始める。


「んまぁ、やっぱりそうですの! 陰があると思ったら、やはり繊細さが表れてましたのね!」

「きゃー、紳士な方ですわーっ。優しさで溢れてるなんて、恋人になりたいー」

「一夜だけでもよいですわっ。私、身も心も捧げますわよっ」


 ……ははは。どんだけ人気なんだよ、ユーグレイ公とやら。とりあえずお嬢様連中の気分は満足したようだし、私もピンチを乗り切ったよ。

 あとでレイニーさんからその人物について教えてもらおう。


 それにしても、ユーグレイ公ってことは、ユーグレイ地方を拝領した公爵様ってことだよね。あの地方、私が勉強してる時はまだ王家が管理している土地だったはず。


 確か……森と獣の国『ドーン』に隣接する地方。

 避暑地として有名な観光地をいくつも抱えていて、放っておいても懐にお金が転がってくるような裕福な地方だ。王家の貴重な財源を確保できる土地であろうに、それを手放して領地として与えるなんて。

 どんだけの貴族だよ、全く。


 あ、でも私がそれを勉強してたのもつい最近じゃない? ってことは、つい最近領地をもらった人なんだ。しかし公爵? この爵位って確か王族かそれに準ずる地位の人だよね。魔術師団で見かけたことなんかあったかなぁ?


 むむむ、と考え事をしていたら、あるお嬢様がユーグレイ公の更なる情報を口にした。


「でも……お父様はあまりあの方を気に入っていませんの。何しろ『例の噂』を持っていますでしょ?」

「ああ、私のお母様も言ってましたわ。『ドーンの気狂い姫の子』と」

「確かに。噂ではあの方の父親は悪魔だと。ドーンの姫は悪魔の子を身ごもった、ということでしたよねぇ。おお、怖い」


 さっきまでの、お喋りする言葉にキラキラがのっかってるような話とは打って変わって、ダークな話しが持ち上がる。


「ええと、ドーンからこの国にお嫁入りする時に山賊に襲われて一週間ほど行方不明になってたんですのよね。それからでしたかしら? 気狂いになったのは」

「そうそう、助け出された時には意識がはっきりしていなかったとか……お腹が大きくなるにつれて気狂いも酷くなったらしいですよ。やはり悪魔の仕業かしらね」

「厳密には山賊に犯された、と聞きましたよ? 私ならその場で自害しますわ、何て恐ろしい」


 おお、やはりどこの世界でも他人のスキャンダルは美味しいらしい。お嬢様情報網恐るべし。さっきとはまた違う目の輝きで、自分の持っている情報をここぞとばかりに披露する。


「お父様の話では、ドーンの姫も妊娠がわかった時点で死のうとなさったらしいわ。でもこの国の王がそれを許さなかったのですって。腹の子は自分の子だから死なす訳にはいかないと」

「でも王と悪魔、いえ山賊でしたかしら? どちらが本当なんでしょう?」

「姫の従者たちは揃って『山賊には犯されていない』『姫の体には指一本たりとも触れさせなかった』と証言してるらしいですけど……真相はわかりませんわよね」


 ほう、なかなか興味深い話しだわ。

 っていうか、ウチの王様太っ腹じゃないか。

 一週間行方不明になったお姫様を助けだして、しかも自分のお嫁さんにしちゃうって。どんだけ愛され系乙女だよ。

 普通は得体の知れない人の子を妊娠してる可能性のあるお嬢様は突き返して賠償責任を問うのが国としての対応だろうに、あえて受け入れるなんてさ。懐の深さを感じるねぇ。


 私の中で、この間ご対面した王様の株が、グンとうなぎのぼりになったところで、また別の方からの話が聞こえる。


「仮にユーグレイ公が王の子だとすれば、王太子もあり得るってことですわよね?」


 どこぞのお嬢様のその言葉に、みなピタリと止まり、お互いに少しだけ牽制するかのような視線が交差するのが見て取れた。


「そうですわ。今や王から一番信頼されているのはユーグレイ公ですもの。カシアス様より注目を浴びてますから、王太子ポストも考えられますわね」

「ただ、ご年配の貴族の皆様の中には、ユーグレイ公をお認めにならない方も多いようで。私、ユーグレイ公を支援してもらうよう、お父様にお願いしてみようかしら?」


 ニッコリ笑うエラン伯爵令嬢が口を開くと、皆やはり狙うのか、と納得して牽制の視線が再び交わり、同時に緊張が走るのも感じた。


「わ、私もお父様にお願いしてみますわ」


 勇気あるお嬢様に、一斉に挑戦的な視線が集まるが、それも一瞬のことで、すぐに和やかな雰囲気が戻ってくる。


 さすが歴戦のお嬢様方だ。この場の空気を壊さずに、誰もがユーグレイ公の婚約者の座まで狙っているのをアピールすることを忘れていない。


「あ、あのー。現在は第一王子が王太子ですけれども、第一王子には婚約者はいらっしゃらないのかしら?」


 私は素直な疑問を皆さんに投げかけてみた。

 そもそも第一王子が王太子のままならば、ハルとかユーグレイ公とかの婚約者の座に目の色を変えてまで執着することもないのでは、と考えたからだ。


「第一王子は既にご結婚なされてますもの。第三妃までその座は埋まってますから無駄ですわ。ですから婚約を狙うなら第三王子かしら。あの方ならば第三妃までまだ誰もいらっしゃいませんものね」


 ニッコリ笑って説明してくれたお嬢様の言葉に激しい違和感を覚えて、さり気なくたずねてみる。


「えっとですね、第三王子は三人までお嫁さんをもらえるって認識で合ってますか?」

「第三王子と言いますか、王族はみな正妻の他に第三夫人までいらっしゃいますよ。世継ぎ問題もありますから、それが通例になってますの」

「ユーグレイ公も王が認めた王族。つまりあの方やカシアス様の妻になれば、社交の場での勢力図も変わりますわね」


 うっへぇ、ハーレムかっ!


 確かに、子供が生まれなかったら王家の死活問題にもなりかねないものね。うん、わかるよ、わかる。

 ん? ちょっと待てよ?

 私、ハルからプロポーズされたんだよね。てことは、何番目のお嫁さんになるん?


 いや、それ以前に、一夫多妻制がまず無理だわ。

 だって公認の浮気相手と同居するってことだよ? 日本で育った私としてはモラル的に許せない。


 ハルからお嫁さんになってって言われたことは嬉しいけどね。でもさ、実は妾でしたってオチもあり得るじゃん?


 ハルが誠実なのは知ってるから、仮に私が結婚したとしても放ったらかしってことはないだろう。だからこそ、あと二人の女性にも誠実にあり続けるだろうと予測がつく。


 今どきの表現だと『ハルをシェアする』ってなワケだ。

 ……ごめん、やっぱ無理だ。

 こちらの世界の皆さんには当たり前のことなんだろうけれど、私の気持ちが納得できない。我慢して結婚しても、気持ちがついていかないなら、いずれ私の心が破綻するのはわかりきっている。


 今、自分の気持ちに整理がついた。うん、スッキリ。

 今度ハルに会ったら、しっかりとお断りをしよう。

 ダメならダメ。早く伝えた方が誰にとっても良い方向になると信じて。


 一人でいろいろ考えこんでいたら、隣のお嬢さんに手を握られて、ハッと我に返った。


「ご気分が悪いかしら? おやすみになる?」

「あ……平気です、ありがとう」


 この場の話しに意識を戻すと、内容はまた例のユーグレイ公や、その他の将来有望株の貴族に話が膨らんでいた。


 全く、できるイケメンの話って尽きることがないのね、と心の中で呆れながらも、しっかりと情報を仕入れることは、お茶会が終わるまで抜かりなく続けた。


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