59.ギャフンと言わせたるっ!
「ところでどうする? こんなこともあったし、適当な理由つけてお茶会断ってもいいんだぜ? また狙われないとも限らないし」
「ううん、平気。むしろ何事もなかったようにしとかなきゃ。今から出会う人の中で、おかしな動きや表情をする人がこの襲撃を企んだ張本人なんだから。早めに見つけて、悪い芽を摘んどきましょ」
敵が私を排除しようとするならば、先回りして身動きとれなくさせればいいのよ。そう簡単に潰されてたまるかっ。一般ピープルの雑草根性みせてやるわっ!
「ウチのお嬢様は頼もしいね。わかった。何が何でも犯人をあぶり出してやるからな」
ルディが半分呆れながらも、私に信頼の目を向けてくれた。その信頼には是非とも応えたいという思いが増し、握る手にグッと力をこめる。
私たちは周囲に気を配りながら、少しの変化も見逃さない、とお互いに誓い合って、誘われていたお茶会に参加した。
「まあ、サーラ様、よくお出でくださいました。皆さま既にお集まりですのよ?」
今日のお茶会の主催者は、エラン伯爵令嬢。
文官トップの貴族と肩を並べるくらいの実力で、国の政務にも強い発言力があり、今最も勢いのある貴族の娘だと言えよう。
エラン伯爵はいわゆる急進派と呼ばれる存在で、大国ラムダスを始め、諸国相手に多少強引な手を使ってでも取り引きを優位に進めよう、と考える一人だ。
かなりの野心家とも噂され、今までの出世も、後ろ暗い者と手を組んで掴んだ立場ではなかろうか、との話も出ているらしい。
武官の上層部の人間にも、やはり警戒しておかなければならない何人かがいるが、最優先で警戒すべき貴族がこのエラン伯爵とその令嬢になる。
伯爵もさることながら娘もかなり黒い噂の持ち主だ。どこかの若い貴族の前で、彼の婚約者となった令嬢の失態を暴いて破談にさせたとか、ドレスのデザインが気に入らなかったがために、専属のデザイナーを次々に辞めさせたり。
挙句、王宮の造りに文句をつけて建て替えを要求するなど、典型的ワガママお嬢様を地でいってる有名な人なのだ。
このお嬢様の機嫌を損ねることは、すなわちエラン伯爵の機嫌を損ねることに等しく、この国の貴族としての立場にも影響し兼ねないとあって、皆、戦々恐々としているというのが現状らしい。
と、まあここまでがレイニーさんから教え込まれた情報なんだけどね。
もしかしたらこのお嬢様がさっき私を殺そうとしたのかもしれない。カマをかければボロを出すかもしれないし、とっちめて二度とこんな危険なことはしないように釘を刺しておかなければならない。
標的が私ということで、私を守ってくれているルディやレイニーさんまで危険な目にあうのだ。そんなことには耐えられないし、やられっ放しってのも腹が立つ。絶対にギャフンと言わせてやるっ!
ここはさっき遭ったヤツのことを少しほのめかして、向こうの反応を見るとするか。
「ええ、こちらに来る途中、あるモノに懐かれてしまいまして……説得するのに手間取りました。本当に情熱的でして……皆さまの中にもアレに好かれているお方がいらっしゃるかも」
そう言って、チラリと集まっているお嬢様連中を見回した。さあ、どう反応する?
奥の方からガチャンっと大きな音が響いた。
エランのお嬢様の肩越しに、そちらの方に注意を向けると、その中の一人が真っ青な顔をしながら、ティーカップを取り落としてカタカタと震えていた。
「も、申し訳ございません……私としたことが……」
震えるその子に何人かが手を寄せて、ソファへ移動させ、汚れたテーブルは侍女たちが手早く再セッティングを始める。さすが、ワガママお嬢様の侍女をするだけあって、やることに卒がない。
ふと視線をエランの令嬢に戻した途端、思わずビビって息を飲んでしまった。先程の穏やかさは鳴りを潜め、ゾッとするような冷たい表情に変わっていたからだ。
マジすかっ、と思ったのは一瞬で、私の視線に気づいたのか、すぐに元の穏やかな表情に戻り、さっき見たのは間違いだったかも、と考えるくらいにいつも通りのふんわかお嬢様になっていた。
エラン伯爵令嬢は具合の悪そうな子の側にいき、二、三やりとりをしてからソファを離れた。話し相手だった子は、一層顔色が悪くなり、涙を流しながら一礼して部屋を出て行ってしまった。
「彼女大丈夫かしら……」
「サモン男爵令嬢のことかしら? ええ、具合が悪いならお部屋でお休みになって構わないと伝えました。またお呼びする機会もあるでしょうから、と声をかけたら感激して涙を流されたようですわ。途中退席でマナー違反を感じたみたいなんですけどね、私、そんな小さな事は気にしないタイプですのよ?」
私のつぶやきにエランのお嬢様が、にこやかに答えてくれた。
お茶会のホストとして甲斐甲斐しく働いて、ちょっとした気遣いや最新の話題で盛り上げる姿からはさっきの恐ろしい顔つきや気配は想像もつかない。
しかしあれは本物の怒りだった。
仄暗い気を全身に立ちのぼらせ、あの失態を犯した少女を見つめる目つきは、まるで虫ケラを捻りつぶす直前のようなものだった。
このお嬢さんならやりかねない……巨大スズメバチをけしかけて私を抹殺することなど、当たり前のようにやってのけるだろう。
いや待て待て、証拠がないじゃないか。
彼女が私を邪魔だと思っていることはわかる。何しろ、ハルの婚約者を狙っているお嬢様の中の一人がこのエランのお嬢様だ。私が居なくなれば、婚約者の座なんか、面白いくらい自然に転がり込んでくるに違いない。
仮に彼女が今回の犯人だとして、どうやってあの場で私を襲えた?
ホストの彼女がこの部屋から出て、私を待ち構えているなんてできるわけがない。
ならば誰かを使ってか? いったい誰を?
少し考えて合点がいった。
ああ、なるほど。だからさっきのあの子か。
あの子を使って私を襲わせ、失敗したのを確認してから慌ててこの部屋へと駆け込んで来たってことにならないかしら?
とりあえずあの子の動向から証拠を固めていくか。
「あの……先程具合の悪くなった方、こちらに来てからずっと不調でしたの?」
小声で、周りに聞こえないように配慮しながらお隣さんに聞いてみた。
「ああ、あの方ね。あなたが来る少し前にこちらに来ましたのよ? 確かにその時には少し蒼ざめたお顔をなさってたわ。こちらのお嬢様に何か話す途中であなたがいらしたから、それをお伝えしたらお戻りになる予定だったんじゃないかしら?」
やっぱり。あの子を使って私を殺そうと目論んだワケだ。なんて汚いんだろ。
綺麗な顔して人当たりがいいのは表面だけか。ひっくり返せばお腹は真っ黒、自分より立場の弱い者は使い捨てても構わないって考えよね。
頭の中でそんなことを考えていたら、だんだんと腹が立ってきた。早々に証拠を突きつけて、あの可哀想な子に謝罪させてやるんだ。
となると今度は帰ってしまったあの子の身元を確認して言質を取らなくっちゃ。
と、いろんな計画を立てて、チラッとエラン伯爵令嬢をみたら、向こうもこちらを見ているところだった。
あ……ヤバい、目が合っちゃった。
とっちめてやるって息巻いてたから、自然と険しい表情で彼女をみていたらしい。今この時点で私が彼女を怪しんでいる、と悟られるワケにはいかない。
すぐに表情を和らげて、にこやかに会話に加わることにした。
「そう言えば、聞きましたよ? サーラ様はこちらに来る前、魔術師団でお過ごしになっていたとか。ユーグレイ公爵様ともお知り合いですの?」
「まあ、ユーグレイ公ですって」
「あら、羨ましい。あの方ならお近づきになりたいわ」
「え? でもユーグレイ公ですわよ。恐ろしくない?」
エラン伯爵令嬢の話を皮切りに、周りのお嬢様方が一斉に、ユーグレイ公とやらの話題一色に染まる。
そして、私がそのユーグレイ公の話をすることに期待して、視線が一気にこちらへと集中した。
は? ユーグレイ公? 誰だそれ?




