6.なんで固まるのっ!
やって来ましたハルの家。
ここに着くまで一歩も歩かせてもらえなかった。ずっと抱っこのまま、背中や頭をスリスリ、スリスリ……
「……鬱陶しいわぃ! やめろってば」
「でもこの毛並み、触ってると気持ちいいんだよねぇ」
サランディアさんの家から移動中、ずっとこの繰り返しだった。
ハルの家は王都とサランディアさんの家との中間くらいの、キーラ、という街の一角なんだそうだ。
街並みは私が想像していたよりもずっと清潔で秩序があり、国の基盤や治安維持がしっかり保たれているんだと思わせるような造りになっている。
「なんかどっかで見たような街なんだよなぁ。ファンタジーのお約束だから、この中世の外国ぽい設定なんだろうけど……」
うーん、と首を捻っていると、玄関のドアがカチャッと開いて、綺麗なお姉さんが入ってきた。
「ハルー、お帰りー。しばらく顔見てなかったから、もう王都の学校入っちゃったかと思ったわよ。あら? 可愛いネコ連れてるじゃない、貸して」
「え、ヤダよ。サーラは俺のモン。それからちゃんとノックしてよ、彼女ビックリしてるでしょ? 待ったくレティはガサツなんだから」
はいはい、と言いながらレティと呼ばれたお姉さんは、私の襟首をヒョイと摘まんで自分の懐に移動させた。
「んー、可愛いー」
と言いながら抱きしめて、頬ずりまでしてくれるのだが、何せお姉さんの豊満なボディの一部が私の呼吸機能を停止させようと襲ってくる。
「っぷはっ。お姉さんの柔らかなお胸が、バインバインと私を襲うので息が苦しいです……」
「あらごめん。珍しいわね、喋れるネコなんて」
私はハルに説明したように、お姉さんにも自己紹介と現在私が置かれている状況を説明した。
「ふうん、わかったわ。ならあなたが帰る方法を見つけるまではここに住むってことね。よろしく、サーラ、私はレティシア、レティって呼んで。わからないことがあったら、このレティ様に聞きなさい。ハルなんかアテにならないからさ」
おー、頼り甲斐のあるお姉さんゲットだぜー。情報収集はこの二人にお願いしとくとしよう。
「ところでサーラ、まだ一度も元の姿に戻ってないのよね。住む場所も決まったことだし、ここはひとつ、お試しで変身してみない?」
確かに、サランディアさんに一部の魔法を解除してもらったとは言え、実際にどうなるかなんて体験してみないとわからないしね。瀕死の状態っぽい時の魔法だし、マトモに元に戻るという保証も今のところない。
変身とか言うと、スッピンから化粧した姿へ、とかを想像するしかないが、これから試すのはホンマモンの変身だ。
ファンタジーだからこその挑戦に、私のドキドキが止まらない。
「わ、わかった。一回挑戦してみるよ。ただし笑わないでよ」
「わかったわ」
「うん、サーラならどんな子でも可愛いと思うよ。俺期待しちゃうー」
おい、ハルってば……勝手にハードル上げんじゃないわよ。人間になってガッカリとか、ホント笑えないんですけど。
ええい、ままよっと考えて、外に準備してもらったタライに自分と月を映し出してみた。
パアッと水鏡が光り、眩しさが収まったと思うと、見慣れた人間の両手が現れた。
「やったーっ! 戻ってる、戻ってる!」
あまりの嬉しさにピョンピョン跳ねて、ハルに向かって飛びついた。
ん? ハルの様子が何か変?
と思った瞬間、ドーンと彼を押し倒してしまったようで「ぐぁっ」という声が頭の上の方から聞こえてきた。
「ごっめーん、あんまり久しぶりで自分の体重とか大きさ考えてなかったわ」
ハルから自分の体を離して、改めて彼を見てみると、真っ赤な顔をしてキツく目を瞑っている。
おんやぁ? と首を傾げてレティを見ると、レティはレティで、目をまん丸くしながら私を指差して固まっている。
「ハル? 頭打ってるけど大丈夫?」
心配して話しかけてみてるけど、ハルはビシッと固まったまま目を開けようとしない。
「サーラ、アンタのその格好、裸よりエロいわ。しかも十五の爽やか少年、初心なハルにはその距離マズいかも」
その格好ってどの格好?
と自分を見たら、こっちの世界に飛ばされたルームウェアのままだった。
「別にエロくないと思うよ、いたって普通のルームウェアだし。抱き着いたのは悪かったわ。未成年押し倒しちゃったら犯罪よね」
「んー、犯罪にはならないんだけどね。ハルってアタシのハグにようやく慣れたくらい女性に免疫ないからさ、アンタのその格好だけでも刺激が強いんだよ」
「はあ……なるほど」
夏場の盛りを少し過ぎた季節、しかもお風呂上がりだったから、ブラトップの上に透け感のあるパーカー、下はコットンの短パン、という、ちょい薄手な出で立ちだ。
外に出るには恥ずかしいかもだけど、そんなにエロくはないと思うんだが……
「とりあえずアタシは服持ってくるから、サーラはハルのこと見といてね。頭打ってるし」
「うん、わかった」
それにしても、ハルが十五ってのにビックリだわ。私より十歳くらい下ってどうよ、絶対見えなかったし。私よりちょい年下かなって感じだったもん。年齢詐称で訴えてもいいくらいよ。
密着していた体を離し、ハルの側に座り直してから彼に聞いてみた。
「ねえハル、アンタ十五って嘘でしょ? もっと上だよね。だいたい私の周りの十五っていったら、もうちょい初々しい感じだし、ハルみたいに色気ないし」
「な、なんだよ色気って! 俺は正真正銘の十五だ! アンタが、ガキっぽ過ぎなんじゃねえのかよ!」
ガバッと起き上がったハルだったが、私と目があった途端に「あぅ……」とか言ってまたへたり込んでしまった。
「あー、サーラ? 頼むから今は俺を挑発しないで。目のやり場に困っちまう……俺ホント女の人とあんま喋ったことないから」
両手で顔を塞いで俯いて喋る姿は、確かに初心な少年を体現しているようで、思わずほっこりとしてしまった。
ネコでいた時とのギャップにクスッと笑ってしまったが、こっちを見てないのでわからなかっただろう。彼の思わぬ一面をみれて満足した気分になった。
「ねえ、変に怒らせてごめん。目を瞑ったままでいいから少し話をしようよ。なんでハルって女の人とあんまり接触なかったの? 学校とかで同級生とか一緒じゃなかった?」
しばらく無言でいたハルだったが、やがて大きなため息をついてから、ポツリポツリと話し始めた。
「俺、ホントは十八。ケガしてしばらく寝てたから四年分みんなより遅れてるんだ。小さい頃は家が厳しくって、友達なんていなかったし、病院や療養所なんて大人ばっかだったしね」
この国の学校は十五から三年間学び、将来の仕事の指針にするのだそうだ。文官になるも武官になるも、魔法使いとして国を守るのも、すべて本人の希望により将来の職場と職は保証されるという。
ただし、国が保証してくれるのは、学校を卒業した一番最初の時期であり、就職するタイミングを逃したり、ドロップアウトした者は自力で仕事を獲得しなければならない。再就職者への風当たりは厳しく、転職してから自分の満足する職を手に入れる者は、ほんの一握りしかいないらしい。
「俺の場合、療養期間中の四年は猶予をもらってるから後ろめたくはないんだけどね、同級生と年が違うって変に敬遠されてもイヤだから十五って言ってんの。しかもみんな十八で仕事決めんのに、俺だけ特別視されるのもなんかね」
へえ、ただの、のほほんとした少年だと思ってたら、意外といろんなこと考えてるんだ。
しかしここの国ってもっと小さい頃から教育に力入れてるかと思ってたけど、そうでもないのかねぇ。
もっといろんな情報を知りたいが、今はここまでにしておこう。
「ちなみにレティは……親戚筋のおばさん。学校行くまでの間、少しだけ自由にさせてもらったんだ、そのお目付役ってところかな」
へ? ハルのおばさんってことは結構年取ってるってことよね……レティ様、恐るべし魔性の女。
その後、レティが持ってきてくれた服は、私のサイズではお胸の周りがカパカパしているようで、ガックリとうなだれてしまった。
その様子を二人に見られて、腹を抱えて大笑いされたのはご愛嬌ということで。




