58.邪魔だからって!
シュルッ、ガガッ、という音が響き、それから何かが激しくぶつかる気配と音が続いた。
それもやがて鳴りをひそめ、やがて巨大バチの羽音が止んだ。
身の危険を感じて両手で頭を抱えていたので、私には格闘する音だけしか聞こえていなかった。羽音が止んだということは、ルディが仕留めてくれたんだろうと思い、ゆっくりと顔をあげた。
ん? ルディが奥の方にいる? じゃあ、手前で私を守ってくれてたのは?
目の前にいるのは、スズメバチとは違っていたが、やはり巨大な黒い物体だった。
目の焦点をそちらに合わせて確認すると、何やらちょっと前に恐怖体験したあの子たちがそこにいた。
「うひっ、キモっ……くないからね。あ、ありがと」
一匹はヌメヌメと光る長い胴体、もう一匹は巨大な前脚を持つ獰猛な獣。私がラッセルの部屋から逃亡しようとしたのを阻んだ、黒いヘビとヒョウだった。
この子たちには襲われないって聞いてはいるが、本能が恐怖を感じて体が固くなってしまう。それでも、巨大スズメバチから救ってくれたのはこの二匹なのだ。
言葉が伝わるのかわからないが、とにかくペコリと頭を下げてお礼をした。
しかしなんでこの子たちがここにいるんだろう。
私とあの人とは、魔術師団を出たところで関係が途絶えてるはずなのに。
ルディが慌ててこちらに駆けてくるのが見えた。
彼がスズメバチに杖を立てて触れた瞬間、それがサラサラと溶けるかのように分解が始まり、最後には跡形もなく消えてしまった。
同時に薄暗かった廊下も本来の明るさを取り戻し、何ごともなかったかのように、普段と変わらない日常が戻ってきた。
信じられないような目で、ハチが溶け消えた先をみつめて、しばらく固まっていた。
が、黒いヘビと黒ヒョウは相変わらず私の前にいたので、今、魔物に襲われていたのが現実なのだ、と頭が理解する。
呆然と杖の先をみていたのはルディも一緒だった。
少ししてからハッと杖を握り直すと、慌てて二匹の前に跪き、頭を下げる。
「申し訳ございません。隙をつかれて沙羅嬢を危険に晒してしまいました。今後は失敗のないよう、自分を鍛え直します。お助けいただきありがとうございますっ!」
その言葉が合図だったのか、ヘビは尻尾をルディの右肩に、ヒョウは前脚を左肩に軽く乗せてから、こちらも溶けるように居なくなってしまった。
「はぁ、助かったぁ。あの方の使い魔に殺されるかと思った……」
ペタンと尻もちをつき、安堵のため息をついたルディが、私に向かってガチガチな笑顔を見せる。
ルディが言う『あの方』がラッセルを指していることが聞き取れて胸にチクリとした痛みを感じる。
ああ、なんてことだろう。直接名前を聞かなくても、アイツに繋がることには心が反応してしまうんだ。
失恋を自覚してからまだそんなに経ってないから、どうしても辛くて泣きそうになってしまう。
私ってこんなに女々しいヤツだった? いかんいかん、早々に諦めることにも慣れてかないとね。
「……大丈夫か? 完全に俺のミスだ。そんな風に泣きそうな顔させちゃってごめん。不安だったよな。本来なら飛びついてでも守んなきゃいけなかったのに……っくそっ!」
握りしめた杖をガンっと床に叩きつけ、自分の失敗を悔しがる。なんだか違う方向で心配されちゃったけど、説明してさらに心配かけるのも悪いと思って、無理やり笑顔で応える。
「平気だから気にしないで。私こそ、あそこで転んで迷惑かけたからアイツに襲われたんだし。悪いのは私。ホントごめんね」
ルディにとって私が逃げそびれたことは計算外だったんだろう。それを見た時にできた隙をつかれたことに腹を立ててるのだ。もし私が上手く逃げていれば、と思うと申し訳なさに身が縮む。
「それにしてもあの子たち……なんでここに居たんだろ」
「ん? そりゃ団長が……っと、もう違うよな、元団長がお前の護衛としてつけてくれてるんだろ。王宮に移れば常に誰かの標的になるだろうって言われてたから」
「え? 私が? 私、悪いことなんて一つもしてないよ?」
狙われる要素があったのか、今までの自分を振り返って考えてみる。しかし、身に覚えがないことを考えても思いつくワケがない。
「今、殿下の嫁に最も近い存在がお前だ。出世を望んでいる野心家のタヌキや嫉妬深い女ギツネが、今のうちにお前を排除したいってのは当然の考えだ」
ルディが普段とは違った厳しい表情をしながら私にも理解できるよう、説明してくれる。
この国の王太子、つまり第一王子が心の病気にかかってから、次期国王に対する不安が貴族連中に広まっているのだそうだ。それは国王が、わざわざ遊学から第三王子を連れ戻してまでも政務に就かせた、という事実からも起因しているらしい。
『第一王子を廃嫡して第三王子を王太子へ』
自分の娘を王太子妃に、自身に娘がいない貴族は養子縁組みをしてでも王太子妃に。
もしくは候補にあがっている姫を擁立する貴族に取り入って、少しでも自分の利益になるように立ち回る。
王宮にいる貴族の考えはほぼこの流れになっているようで、第三王子の妻および後見の座を狙って、各々が水面下のやりとりを繰り返している、というのが今現在の貴族の常識なのだそうだ。
「サーラは身内にお妃候補を持つ貴族連中からは、いわゆる『目の上のたんこぶ』ってヤツになるワケ。長年、王や他の貴族たちとやってきた駆け引きがサーラの登場でアッサリと覆ったようなもんだからな」
「私ってそこまで邪魔者なの? ポッと出の、親しい知り合いも居なければ、何の取り柄もないただの女なんだけど」
私の考えに、ルディはわかってないな、と言いたげに口元に笑みをのせ、もう少し噛み砕いて説明してくれる。
「んー、昔っから根回しして得た地位と勢力を、ポッと出のお前に掻っ攫われそうになってんだ。そりゃ、今のうち潰すかお妃候補レースから辞退させるかの手段をとるだろうよ」
そっか、競争相手を早いうちに排除するってのは商売の世界でも言える話だもんね、わかるよ。
ウンウン、と頷きながら話しに納得していたが、こっちの世界の排除ってつまりは……
「って、邪魔だからって殺されるのは勘弁だわ。私そこまでしてハルのお嫁さんの座にしがみつきたいワケじゃないんだけどな」
「前にも言ったろ? 決めるのは殿下と王だ。殿下がお前を望んでいる限り、周りからはお前が婚約者とみなされる」
またまた王家第一主義の話に、ため息をつきながらボソッと呟く。
「なんかさぁ、強制される恋愛って感じで好きじゃないわ。もっと自由にできないものかしら……」
その呟きを察してか、私を慰めるように頭にポンッと手を置いて答えをくれる。
「王家を存続させる為には仕方ないのだろ。王家以外ならばほぼ自由だし。それがこの国のルールなんだよ」
日本での常識をこの世界にあてはめてはいけないとは思うのだが、自分の考えが周りに通じないもどかしさに、自然と難しい顔つきになっていく。
「カシアス殿下は柔軟な考えの持ち主だ。サーラが嫌がることや話にはしっかりと向き合ってくれると思う。いい方だと思うぞ?」
「うん……わかってる。前向きに考える」
ハルの気持ちもあるから、すぐにお断りすることもできないよね。この話を受けるか受けないか、自分の気持ちともしっかり向き合って考えたい。
そうなると、まだこのお妃レースからは降りないってことになるよねぇ……
「ルディ、私も少し護身術とか学んどこうか? ちょっとは作戦も立てやすくなるかと思うんだけど」
今回のピンチで、私もただ守られてもいられないと感じ、無い頭を振り絞って提案してみた。
よっぽど不安な顔をしていたんだろうか、ルディがクスッと笑って軽く頭を撫でてくれる。
「お前は守られておけばいいんだよ。闘うのは俺たちの仕事だ。大丈夫、今度は失敗しない」
私を安心させるかのように、自信たっぷりに自分の胸をトンっと叩く。急に頼もしくなったルディに、思わず笑顔を見せて「よろしくお願いします」と改めて頭を下げた。




