56.いつもと違う!
「サーラ様、ご機嫌よう。明日私のお部屋でお茶会がございますの。よろしければいらして下さるかしら?」
「ええ、喜んで。明日が楽しみですわ」
王宮へ移動してからだいぶ日数が経ち、私もひと通り、ここで暮らしているお嬢様方との交流ができるようになった。
お茶会を開いたり招かれたり。どこかの貴族の噂話やら、今流行っている話題など。
お嬢様たちの興味をひくものは、実に華やかなもので溢れていて、私が話題についていくのもやっとな感じだ。
ついこの間までは、地味な女子事務員さんだった私だ。どっか出かけてみたり、巷で流行のお菓子やグッズとかも一切興味なかった。ド派手な生活なんて微塵も縁がなかったしねぇ。
生粋のお嬢様たちの話題には時々息が詰まりそうになるのだが、ここでの処世術はレイニーさんから叩き込まれているので、作り笑顔でなんとか乗り切っている。
自分でもびっくりするくらいに作り笑顔が上手くなったモンだ。いつかはこの仮面のような笑顔が本物の笑顔になるのかしらね。
相手のお嬢様との社交辞令的挨拶を丁寧に済ませ、図書館へと向かう。
はあ、明日はまたネコ被んなきゃいけないわねぇ。
まあ、明日のネコは表面上ってヤツだけどさ。こっちに来てからネコになる必要がないって話だったけど、被るネコはいっぱい必要なんだよね。
私ってばどんだけネコに縁があるんだろ。
歩きながらそんなことを考え、クスッと笑った。
この部屋に住み始めてから、ハルは二、三日置きに、公務の合間を縫ってお茶を飲みに来てくれる。
私が寂しくないようにしてくれてるんだろなぁ、と思って聞いてみたら、ハル自身の息抜きを兼ねてるから平気なんだそうだ。普段から気を張って仕事をしている分、気心の知れた相手との休憩は楽なんだとか。
屈託のない笑顔を見せられると、私も笑顔になって幸せを感じるのだが、心のどこかにぽっかりと空いた穴を埋めることはまだできない。
魔術師団を去る最後の日、気がついたら移動の馬車の中だった。ラッセルが馬車まで運んでくれたらしい。レイニーさんに私を託す時、私は部屋でぐっすりと寝込んでいたのでそのまま連れてきた、と報告を受けたという。
ラッセルにお礼を言わなければ、とレイニーさんに伝えたが、仕事の範囲内だから気にすることではない、と言われ、あっさりとスルーされた。
なんとなく中途半端な気がして、彼に会いたいと思っているのだが、今日まで見かけることはなかった。
ハルと一緒にお茶を飲みにくるのかと思って、その際に挨拶すれば良いかと思っていたら、ハルのプライベートの時間だから自分は遠慮する、とこちらに来ることを辞退したと聞かされた。
王宮の中を歩いていれば、どこかで不意に逢えるかもしれない、と少しだけ期待もしてたりするのだが、彼の姿も、噂ばなしすら私の耳には届かない。
こうなってくると、ラッセルという人物が本当に存在しているのか、魔術師団で過ごした日が幻だったのか、という考えがぐるぐると頭の中を巡っている。
「どうしたの? ため息なんかついちゃって」
ボーっと窓から景色を眺めながら物思いに耽っていると、ハルが訪ねてくる時間になっていたようだ。
「あ……ハル、いらっしゃっい。ここばっかり来なくてもいいんだよ? 他のお嬢さんともたくさんお話しないとね。私だけ独占してるってのも悪いじゃない?」
「ん、そこは適当にやっとく。サーラの顔見てる方が気楽だしね」
ふふふ、と笑ってハルを眺める。
もうすっかり王子様してるんだなぁ、と感心する。
学生の気楽な生活から一変しただろうに、老獪な政治家たちと対等に渡り合って仕事を進めているんだろうな、と想像すると、せめてここに来た時くらいはゆっくりさせてあげたい、と思ってしまう。
服を着崩して、あくびをしながら頭を掻いたりするとこなんか見ちゃうと、本気でリラックスできてるんだと実感する。
「サーラさぁ、王宮来るの決まってから何かあった?」
ドクン、と心臓を掴まれた気分がした。
ハルは何気なく私に聞いたのだと思うが、私にしてみれば、あの夢かもしれない時間があったことを見透かされたような気がして。
「ん? 別に何もないよ。強いて言えば、ハルに会える期間が早まったのか、てびっくりしたくらいかな。でもなんで急に?」
動揺を悟られないように作り笑顔をハルに向けて、声の震えが伝わらないよう、気をつかいながら喋った。
「んー、なんていうかさ。こう、前と違って……色っぽくなった?」
「ええ? 何それー、どっちかって言うとハルの方が色っぽいってか、男の子っぽくなったよー」
「男の子って……」
ぷうっと膨れながら、不満そうな顔してこちらに近づいてくる。
ムギュッ……両方のほっぺを軽く摘まれて思いっきり変顔になった。
「っだーいっ、何すんのよぉ」
「サーラより年下だからって子供扱いしないでよ。俺だって成長してるし。力も強くなった」
そう言って、私の左手を取ると、反対側の手を背中に回してピタリと体をくっつけてくる。
「何よ? 初めて会った頃なんか、私が抱きついても震えてたクセに」
その言葉がハルを煽ってしまったんだろうか、急に私の首筋に顔を埋め、耳元で囁いてくる。声と吐息を耳に直接感じ、ゾクリと体が反応する。
「あの頃とは違うよ……試してみる?」
「ハル……イタズラしないのよ。周りにも誤解されちゃう……」
「誤解? 結構だ。大いに誤解してもらおうか。俺は本気。サーラが好き」
抱きしめられて、ハルも男なんだ、と感じた。
いつものハルとはちょっと違っている……
学生の頃は、大半がネコの姿で抱っこされてるだけだったからあまり感じなかっただけ。ゴツゴツした腕や厚い胸板はしっかり男だと主張している。
「俺を見て。俺のことずっと考えて。サーラの頭の中、俺でいっぱいにして」
同時に頬に手を当てられ、ゆっくりと唇が塞がれる。
絡みつく舌の感覚が、私を求めてくれてるんだと感じる。それは嬉しいことなんだけれども、全身が震えるくらいの喜びは感じられない。
ハルにキスされてる……
前にパーティーで口移しで薬を飲まさせれた時なんて、あれほど大騒ぎしていた私だ。
今回もギャーギャー文句を言って冗談っぽくスルーしちゃえば、ハルとの関係も、友達のままの距離を保つことができると思う。
わかっているのに、冗談で流すことができない自分も頭の中にいた。
あの時感じた衝動をハルにも感じるかもしれない……ほんの少しだけ期待して、ハルの舌先に自分の舌を絡めて確かめてみる。が、甘く痺れるような気持ちには至らず……
この瞬間はっきりと理解した。
私はハルではなく、あの人の恋人になりたかったんだ。同じ時間を共有して同じ想いに浸りたかった。
好きな人とのキスだったから、あれほど気持ち良かったんだ。
そして呆気なく失恋した。
くっそぉ、人生男っ気なしだった私の初めての恋。気づいたら失恋してたって……どんだけ鈍感なんだよ。バカなのか、私。
やっぱ免疫ないからダメだったんかなぁ。
情けないっていうか、切ないっていうか。なんだろう、この気持ちは?
私は今、何を考えている? 何を思っている?
……会いたいよ……声が聞きたい、顔が見たい……
振り返ってもらえないとわかって尚、心が求めている。
こんなに辛い気持ちになるなんて、あの人に出会うまでは考えられなかった。無表情で無関心。嫌味連発で好きになる要素なんか一つとしてない。
なのにここまで気持ちが育つなんて、思ってもみなかった。
世の中の失恋女子って、みんなこんな気持ちになるのかぁ。
「サーラ? どうした? え? 急過ぎちゃった?」
「ううん、なんでもない。なんでもないから」
慌てて私の頭を撫でたり、ハンカチを取り出して涙を拭ってくれたりと、一生懸命私を慰めようと頑張ってくれる。
その様子が、やっぱりいつものハルなんだ、と感じられて泣き笑いの表情になる。
「ごめんね、泣くつもりなかったん……」
ここまで喋ったところで胸がいっぱいになって言葉が詰まってしまった。
次から次へと落ちる涙は、拭っても拭っても溢れだし、ハルの胸を借りて気分が落ち着くまで泣きとおした。




