51.ご、拷問や!
目の前でパタンと扉が閉まる音が聞こえた。
そう、音だけだったのも私が動かなかったからだ。というか、動けなかった。
「こ、腰抜けた……かも」
そのままペタンと座り込み、目をまん丸にした状態で固まってしまった。
『君の声は美しいというよりも愛らしい声だったと感じたが?』
頭の中にはこのセリフがぐるぐるとリフレインしまくっている。正確には『愛らしい」という部分が強調された感じなんだけど。
なぜこのタイミングで言う?
なぜ今、しかも、ヤツから聞かねばならん?
今まで散々『女』として扱ってくれなかったくせに、今さら何よ……そんなんされたら私だってヤツのこと『男』として意識しちゃうじゃないの。
いやいや、新手の嫌がらせかもしれないぞ? 私の反応みて楽しむ作戦かも。
「何をしている? 皆待っているから早くしなさい」
急に扉が開いてラッセルが顔を出す。ずっと考えてたからか、いきなり顔を見ると面食らって絶句してしまう……私はその顔を眺め、どうしようもない気恥ずかしさに、返答もできず真っ赤になって黙り込んでしまった。
もう何をどうすればいいのか、自分で自分のことがわからなくなる。声もでない口をパクパクするだけで、それが一層恥ずかしく感じて今度は俯いてしまう。
動かない私に多少の苛立ちを見せるラッセルは、手を差し伸べてくれたのだが、頭の中が完全パニック状態の私にはそれに反応することさえできない始末。
呆れたように小さくため息をつくと、からだごとすくい上げて部屋の中へと運ばれた。
「全く、君は手がかかる。今まで言い合いをしてた元気はどこへ消えた?」
「す、す、いま、せ、ん……」
両手で顔を覆い、消え入りそうな声でそれだけ言うのが精一杯だ。
至近距離で意識し始めた男の人から抱き上げられて、しかも自分を気遣ってくれるって……
もう完全に拷問にしか感じられない……
「ん? 少し体温が高いな。 熱があるならば別室で休みをとるか?」
「だ、大丈夫です、か、ら……降ろし……て」
ラッセルは当たり前のことをして普段どおりに喋っているのだろうが、動揺しまくっている今の私には、一語一句が心に刺さって、身悶えしそうになる。
これまで全く意識していなかった人が急に『恋愛対象』に見えてきた衝撃と、自分の感情の変化に頭が追いつかないでいる現状。
もう消えてなくなりたい……
みんなこっち見てるんだろうなぁ、と気になって、指の隙間からチラッと確認したら、結構な人数が揃っていた。
見覚えのある隊長クラスの面々と、見慣れない何人かがずらりと並んで、その人たちの目がラッセルの声と私の登場に反応して、一斉にこちらを向くと、皆一様にびっくりしたような表情をして固まっている。中には笑いを堪えて震える者も何人かいたが『氷の魔導師」の知られざる一面に驚きを隠せないようだった。
コホンと小さく咳払いをして、コークス先生がたぶん途中で止まっていたであろう会議を進めていく。
既に概要は伝えられていたらしく、あとは各自で細かな案件を確認しておけば最終段階へと進むようだった。
「長、それでは正式な発表を皆にお伝えください」
何かしら? 正式なってことは結構大事な内容だってことよね。
「先日、私が謁見した際、王から直々に王宮へ戻るよう依頼があった」
ラッセルは一旦言葉を切り、周りの反応をみる。多少のざわつきはあったが、それほどマズい事態にはならなさそうと判断したらしく、軽く頷くとさらに言葉を重ねる。
「最近の第一王子の病状悪化に伴い、近々第三王子が公務に復帰することが検討されている。これはほぼ決定事項だろう。私はその補佐としての役目を果たすべく、魔術師団長の任を辞することにした。後任はコークス副師団長が務める」
ざわつきが大きくなって、隣同士のやり取りが始まりガヤガヤとした騒音がひどくなっていく。誰もが今後の師団と自分の立場の不安を話し合っているのだろう。
どこの世界でも経営者やトップの人間の交代ともなれば、先行き不安感を拭えないものよね。わかるよ、わかる。
ラッセルが軽く右手を上げると、あれだけ騒がしかったお喋りがピタリととまる。
「レイニーとヒューズは月宮沙羅嬢の専属護衛としてロイズの指揮下に入れ。この二人は通常の第四部隊とは別行動となる。レイニーはカシアス殿下の護衛との連携も任せる。各自二名まで副官をつけて良し。各部隊の編成については……」
その後も細かな指示で魔術師団の再編成についての伝達があった。
ひと通り通達が終わり、引き継ぎやらの話し合いをそれぞれの場所で行うようだ。
私は特段何をするでもなかったので、ボーっとみんなの話し合いの様子を眺めているだけだ。
さっきの拷問と好奇の目から逃れた脱力で、このまま眠ってしまいたくなる。頬を机にペタっとくっつけて、火照りの残る顔を冷ましていたら、レイニーさんとルディが揃ってやってきた。
そういえば、さっき私の専属護衛としてって言われてたよね。私なんて、護衛がつくほど立派な人間じゃないのに、何を大げさな、と思ってたんだ。
「ねえルディ、私護衛がつくほど……って何? 二人とも止めてよ」
護衛の話を詳しく教えてもらおうとしていたら、二人とも私の前で膝をついて軽く頭を下げてくる。
実際、二人の行動原理が理解できなくて、居心地が悪いような、スッキリしない感覚に覆われる。
「なんで急にそんなことすんの? 昨日まで二人とも普通にしてたじゃない。ワケわかんないし」
ちょっとムッとしながら、ルディに向かって棘のある言い方で質問する。
すると彼は至極真面目な声できっちりと答えてきた。
「改めまして、沙羅様の護衛に任命されましたルーデウス・ヒューズです。私も王宮護衛は初任務ですので至らない点がございましたらご指摘ください」
「同じくユリア・レイニーです。沙羅様は王族の賓客でございます。扱いは王族と同等ですよ? 不安がありましたらなんなりと」
ニコリと優しく笑ってくれたから、まだ救われたけど、急に二人ともよそよそしくなってしまって、やっぱり居心地が悪い。その態度が気に入らなくて、無理やりっぽいお願いをしてみることにした。
だって、せっかく仲良くなれたのに、また知らないところに一人、取り残されたような気持ちになっちゃうんだもん。
「それじゃ最初のお願い。昨日までと同じ態度で接してくれますか? これは……そうですね、厳命です。守れないようなら誰か別の方と代わってもらいましょう」
それを聞いた二人は、お互いに顔を見合わせて、プッと吹き出すと、クスッと笑いながら立ち上がり、普段どおりのリラックスした態度になってくれた。
「サーラならそう言うと思ったよ。王宮は魔窟って呼ばれてるみたいだし、ヤバそうなヤツの前じゃお姫様扱いするぞ。そうしなきゃナメられるからな」
「ああ、そこらへんのお嬢様方の陰湿な攻撃も大変だよ。そういう時は私が抱いてあげるから、安心して」
パチンとウィンクをして私の手をキュッと握りしめるレイニーさんには、苦笑いを返すしかない。
考えてみれば、そういった冗談で私の緊張を解いてくれたのだろう。二人の気遣いに、これからも頼れる存在だと感じさせてくれた。
「ところで王族がどうとか言ってるけど、私に王宮とか王族って関係ある話?」
素直に疑問に思ったことをぶつけてみた。
「あっちゃぁ。姐さん、コイツ全く解ってねえよ。こんなんであのタヌキ山の中、渡って行けんのかなぁ」
ルディが片手で顔を覆い、レイニーさんに愚痴をこぼしている。レイニーさんはレイニーさんで、口元を隠して笑いを堪えるのに必死だ。ようやく笑いが収まってきたのか、深呼吸してから詳しい説明をしてくれた。




