50.可愛くなーいっ!
ん……今朝はだいぶ気分がいいわぁ。
私、いつの間に実家帰ってきたんだっけ?
ポメラニアンのポメちゃんってば、また私のベッドに入り込んできたんだね。あれほど自分の寝床で寝なさいって言っても結局話のベッドにくるんだもの。そこがまた可愛いくて憎めないとこなんだけど。
そろそろ起きるかなぁ、でもウチのポメちゃんって触り心地いいんだよねぇ。このモキュッとした感じが……
ん? 違う? モキュッと感が何か変……
ゆっくりと微睡みの中から目を開けて辺りを見回すと実家と違う天井。はて? ああ、ラッセルの部屋じゃん。ということは……
やらかしちゃった感で頭いっぱいなんだけど、嘘かもしれないし、自分の目で確認しないとね。
必死に考えて、なるべく体を動かさないように少しずつ、視線だけ下に向けた。
……やべ……この頭、ヤツじゃん……
ポメちゃんだと思ってたから、ガッツリ胸に抱えてるし……あげく何だろこの体勢。足絡んでますよ、足。
あったかいから布団と間違えましたってのも言い訳にしかならないよねぇ。
恋人同士や夫婦ならまだ許されるこの体勢。ヤツに気づかれる前に離れなければ、あとからどんな嫌味を言われるかわかったモンじゃない。
そろそろと、気づかれないようにゆっくり足を外して、さらに左手を外す。体をずらして最後は右手を抜きましょう、という段階でその手首をガシッと掴まれた。
「ぶぎゃっ」
そのまま腕を引かれたので、半分起こした体がまたベッドにバフンと倒れ、結果この潰れた豚みたいな声が出た。
なんだよ、もうっ。
人が気遣って静かに離れようとしたのにぃっ。
ギッとヤツの方を見ると、真顔で私を見つめてくる真剣な眼差しを感じ、毒気を抜かれてしまった。
「な、何? いきなり引っ張るとか危ないから」
動揺してるのを誤魔化すように、ぶっきらぼうに対処した。すると、いつものラッセルからはほぼ出てこないであろう言葉が飛び出してきた。
「……もう少し、このままで居てくれないか。今はまだ……」
握ったままの手を自分の目元に持ってきて、表情を隠すような仕草をする。その気弱な態度といい、張りのない声といい、普段のコイツの態度とは真逆な様子に、なんだか可哀想になってきて、つい、ゆっくりと髪を梳くように反対側の手を動かした。
ビクンと体が一瞬強張って、私の手の下で、まつ毛がくすぐるように何回か動くのがわかった。
なんか身構えて、怖がっているような小さな子供に見えてきて、こんな仕草さえ可愛く見えてきた。
思わずクスッと笑ってしまったんだけど、ラッセルの心情を考えると、私だけ笑ってるのは失礼というものだろうな。早く浮上してもらって、またいつもの、あの口の悪いラッセルに戻ってもらわねば。
だって調子狂っちゃうじゃん。
この人がここまで沈むなんてこと、私がこちらに来てからなかったことだから、なんか気持ち悪いし。
どうやったら立ち直ってもらえるかしら?
えーっと……乙女ゲームのイベントとかなかったかなぁ……思い出せん。
抱っこしてあやすってのは赤ちゃんプレイっぽいし。
いい子いい子するのもバカにしてるじゃん?
体を差し出すとかってエロっぽいのはハードル高すぎだし。
あー、でもこの歳ならそういう展開もありなんだろうか……やっぱムリ。経験豊富な女子ならまだ可能だろうけど、いかんせん私は……だし。
そうだよ、一回だって経験ないっすよっ。悪いかっ!
頭の中で自虐ネタにツッコミを入れたりして、一体私も何がしたいんだか……
自分まで落ち込みかけて、ハッと我にかえる。脱線してる場合じゃなかった。
私が落ち込んだ時の解消法は、と考えてみた。
自分だったら、実家に電話して、親とか兄弟とバカ話しして笑ってスッキリしたっけ。あとは……一人カラオケで全力歌いまくりかな。
そうか、歌だ。いいね、歌。
ただ、なんというか、テンポのいい曲だと浮きまくるのは確定だよね。ならゆったりとした……演歌?
いやいや、コブシ回してどうするねん。
ここは一発オペラ……なんて知らんがな。
ハッ……ボケてる場合じゃなかった。子守唄か? でもあんまり知らんしなぁ。ねんねんコロリよ……のあとなんだ? ダメだこりゃ。
しゃぁない、沙羅ちゃんチョイス、気合い入りまくりメドレーでいくか。
頭に浮かんだ、適当に落ち着いた感じの曲を何曲かピックアップして、脳内カラオケのBGMで軽く歌い始めた。
最初に歌いだしたのは、かなり歌いやすくてお気に入りの曲だったんだけど、この場の雰囲気には合わないと考えて一曲で終わりにした。やっぱ童謡とかを何曲かチョイスしてみよう。教科書にも載ってたヤツだから万人受けはするだろ。
記憶を辿りながら歌い進めると、これがなかなか子守唄っぽくていい感じだ。
もう歌い疲れてきたなと思った頃には、彼はスヤスヤと穏やかな眠りの中にいってしまった後だった。
掴まれていた手を外し、上を向いて天井を眺める。もう一度童謡を口ずさむと、なぜか薄らと涙が出てきた。
この童謡を歌っていた頃の無邪気な自分を思い出し、二度と帰れない故郷を思いつつ。
感慨に浸りながら私も彼の後を追い、眠りの淵に手をかけて心地よい気分に身を任せた。
「おい、起きろ。沙羅、起きなさい」
ユサユサと揺さぶられ、大きな伸びをしながら目を覚ました。
「会議がある。既に皆集まっているだろう。いつもならばコークスが迎えに来るのだが……どうしたことか」
声に少し不機嫌そうな響きはあるが、さっきのような、張りのない弱々しいのとは違うトーンに安心を覚えた。
よかった。いつものこの人に戻ってる。一時はどうなるかと心配したけど、もう大丈夫かな。
私が自然と笑顔になってるのに気づいたラッセルは、頭をポンとひと撫でしてきた。
「心配かけたようだ。今朝方のことは……その……忘れてくれ」
なるべく目線を合わせないように喋っているのは、照れのせいなのか、そんな態度まで新鮮に見えて笑ってしまう。
そんな私の態度に対してなのか、両の頬をムニュっと捻られた。
「だーい、だーいって。ふぁなひれ」
これ以上つねられないように、二、三歩後ずさりしながらキッとにらみ返せて文句を言った。
「何すんのよっ。それが親切にしてあげた人に対する態度かしらっ?」
「感謝は述べた。にもかかわらず、君が笑っているのが悪い」
あん? なんだその論理は?
そこまで無理やりな言い訳しなくたっていいでしょうにっ!
全く素直じゃないんだから。
「信っじられないっ。だいたい私の美声に酔いしれてぐっすりと寝込んだ人はどこのドイツよ!」
「あれは気を失っただけだ。君の声に反応してな」
こんのぉぉっ!
ああ言えばこう言うし。本っ当に可愛くないわっ。
どう言い返そうか、プンプン怒りながら考えていると、私も会議に出るよう促された。
はて、魔術師団の会議が私に関係あるんかいな? 意味が分からずに不可解な顔をしてたようで、ラッセルが説明してくれた。
「君の今後にも関わる話し合いだ。聞いておくべきだろう」
私の今後だと? ああ、ハルの補佐がどうのって話しだったもんね。最終的にハルに面倒みてもらうつもりだから、行き先くらいは知っておきたい。
二つ返事で応じて、早速身支度を整えることにした。
最後の点検で鏡に自分を映して変じゃないか確認している時だ。ヤツがまたさっきの話を蒸し返してきた。
「先ほど君は自分の声は美しいと表現したな。あれは少し違うと思うぞ」
せっかく身支度で半分忘れていたのに、またムカムカと腹が立って口がとんがってくる。
会議室までの廊下を歩きながら、腕組みをして忌々しげに前を行くふざけた野郎の頭に向かって毒づいた。
「何よっ。そこまで否定することないじゃない。ホント乙女心わかってないわよねっ」
ちょうど会議室に辿り着いたので、扉の前で二人とも足を止めた。私だけ大声でわめいてもしょうがないと思ったのだが、なかなか収まりがつかない。もう少し言ってやろうかと息を吸い込んで構える。
そんな私に対して、ラッセルがドアノブに手をかけて振り返りながら一言。
「君の声は美しいというよりも愛らしい声だったと感じたが?」




