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48.ヒマなんだモン!

「……つまんない」


 部屋のソファにだらしなくゴロ寝して、持っていた絵本を放り投げてからもう一度抗議の声をあげた。


「つまんない、つまんないっ。本っ当ーにっ、つまんないー!」


 手足をバタつかせ、部屋にある執務机の方に向かって視線を投げかけてみる。ラッセルは書類から目を離しチラリとこちらを見たと思ったら、また机に向かってペンを走らせている。


 ……おいおい、人がこんだけダダこねてんのにムシするとか、あり得ないでしょうよっ!


「ねえっ! 普通ならここで『どうしたんだ?』とか『どこかへ連れていこうか?』とかってあるんじゃないのっ! 確かに何回も、つまんないって言ってるけどっ、別のリアクションとってくれたっていいでしょ!」


 不満からちょっと顔を上気させて、ラッセルが何か言ってくれるのを待った。が、聞こえてくるのは書類をめくる音とサラサラとしたペンを走らせる音だけだ。


「もう……ヤだ……私なんだか人として見られてない気がするし。いいわよ、どうせ私なんてアンタから見りゃ異物なんだろうし。居候(いそうろう)なんだから文句なんか言う権利ないとか思ってるんだろうけどさぁ……」


 言ってる自分がどんどん惨めになってきて、しまいには半ベソかきながら膝を抱えて黙り込んでしまった。


 決して一人になるな、と釘を刺されてからというもの、ダンスや教養の勉強以外はこの部屋からの外出を一切禁止されている。


 こっそり脱け出そうと、ラッセルのいない時間に脱出も試みた。ついさっきのことだけどね。


 そん時の恐怖たるや、今思い出しても怖気(おぞけ)が走ってしまい、もう二度とチャレンジする気は起きない。


 あれはマジでビビった。

 ドアノブに手をかけた瞬間、脚元から何かが巻きつくような感覚を感じ、途端に全身ぐるぐる巻きで床に倒される。ヌメヌメ動くそのロープの正体は馬鹿デカいサイズのヘビで、その異常なサイズと気味悪さに震えあがった。さらに、うつ伏せに倒された肩のあたりに、今度はずっしりと重い何かがのしかかってくる。首を捻って何だろうと確認すると、真っ黒なヒョウみたいな四つ脚の動物が、ギラギラと目を輝かせて私を見下ろしている。


 あ……これはヤバいヤツだ。食われるかも……


 無防備な首すじが黒ヒョウとヘビに狙われ、本気で命の危険を感じた。


「助けてっ!」


 思いっきり声をあげてラッセルに救いを求めた。


 が、アイツは来なかった……

 変わって私の顔の前にいたのは、額にもう一つの目を持った真っ黒なカラスだった。


 しかもそのカラスがクチバシをパクパクすると、ラッセルの声が響いてくる。


「あれだけ釘を刺したのに、脱け出そうとするとはいい度胸だな。本当に君は危機感がない」

「はあ? 人が食われそうになってんのに、何でそんな気の抜けた声だせんのよっ。しかも呼んだんだから助けてってば」


 カラスは人間のように、軽く首を横に振りながらまたクチバシを開く。


「それらは私の使い魔だ。君が危険な目に遭わないよう影に潜ませていた。しかし、これほど使い魔の出番が早いとは思わなかったぞ。なぜ静かに一人の時間を楽しまない?」


 首を傾けながらパクパク喋る様子は、ヤケに人間臭くて親しみを感じる。ちょうどヘビの拘束が緩んだので、その場にペタンと座りカラスと向き合ってから私の言い分を説明した。


「だって退屈なんだもの。アンタたちはお仕事でいろんなところに行けるし、ハルだって学校で他の子たちと楽しみながら勉強してるでしょ? なのに私はルディと先生にしか会えないモン。しかも向こうにお仕事ある日は、それすらもないし。アンタが帰ってくる時間は私、もう寝ちゃってるし……つまんないっ!」

「……わかった、少し待て」


 カラスは真ん中の目を瞑り、ため息を一つつくとフッとかき消えた。同時にヒョウとヘビも消え、その場には何もいなかったような静けさが戻ってくる。


 一瞬幻を見せられていたのか、と思ったが、腕に絡みつく、生温かいヌメヌメとした感覚は消えていなくて、やっぱり現実に起こったことだったんだ、と実感した。


 あのヘビの拘束とチロっと出た舌、それに黒ヒョウのギラギラした目……ラッセルの使い魔だということを考えると、私を襲うことはないとは思うけど……今後のご対面はもう勘弁してほしい。


 動物園とかで獣を目にする機会はいくらでもあったけど、檻越しでない獣に相対する恐怖は、本能がヤバいと悟るみたいなのだ。


 とりあえず去った恐怖から立ち直ろうと、ソファに戻ることにした。


「よっこらしょ……て、あれ?」


 床に手をついて立とうとしても、膝に力が入らない。俗に言う『腰が抜けた』ということだな。

 しょうがないからドアノブに掴まろうとして、自分の手がピタリと止まる。


 これに手をかけたら……

 またあの獣たちが出てくるかもしれない恐怖にゾクっと鳥肌が立ち、その状態のまま固まってしまった。


 ガチャリ、とドアが開き、ラッセルが顔を出す。


「ん? どうした?」

「え……と」


 ここで『腰が抜けた』なんて言おうモンなら、小バカにされるかイヤミを言われるかの二択しかないんだろう。言い淀む私を不思議そうに眺めて、詳しくは聞かず、すぐに抱き上げてくれる。

 こんなことをスマートにやってくれるあたりは実に紳士的なんだけどな。


 そのままソファに座らせられ、新しい絵本を何冊か脇に置かれると「しばらくこれで凌ぎなさい」と指示された。


「あとは……これを渡しておこうか」


 机の中から取り出したのは、手のひらに収まるくらいの小さな万華鏡だった。端々の飾りが擦り切れてたりしてるので、結構年代物か、と思うシロモノだ。

 クルクルと変わる色と形に少し気が紛れる。


「ああ、綺麗だね。小ちゃい頃は自由研究で作ったりしたよなぁ」


 万華鏡を片手に、新しい本を取るが、それも最初の何ページかまでですぐに退屈さが戻って……

 そしてダダをこねる、という無限ループになるワケなんだよね。


「つまんない」と小さく呟いた時、再びガチャリとドアが開いた。


「長、大変申し訳ないのですが……」


 そう言ってコークス先生が部屋のラッセルを呼びにきた。細々としたやり取りが何回か繰り返されたと思ったら、おもむろに机の書類を纏めて片付け、二人で出かける準備を始める。


 また置いてきぼりか……

 ダダをこねる私を見兼ねてラッセルが戻ってきてくれたのはわかっていたので、これ以上ワガママで足留めさせることはできないだろう。彼に不満を漏らすことで、ちょっとだけ憂さ晴らしできてたんだと思うと、あとは私が我慢するしかない。

 泣きそうになりながら、歯を食いしばって笑顔を見せる。


「いってらっしゃい」


 ちゃんと笑えてる? 声は震えてない?

 無駄な心配はかけないようにしないとね。いいわよ、私は我慢のできる子だもん。小さい時から一人でもお留守番のできる子だったもん。だから平気。こんな大人になってからこれ以上のワガママ言うなんてできるワケがないもの。


 哀しい気持ちがバレないように、鼻歌交じりに万華鏡を回して意識を散らせる。


 ラッセルはしばらく私を見つめると、自分の杖でコン、と机を一つ叩いた。すると私の姿が黒ネコに変わった。


 もう寝ていなさいという合図なのか、とボーっと考えていると、ヒョイと抱えられてドアに向かうようだった。


 理解できずにラッセルを見上げると、彼は仕方ないという表情をしながらこう言った。


「一緒に出かける。が、私の側を決して離れるな。私が隠れていろと指示したら懐に入れ、それが条件だ」


 コークス先生は、ラッセルと私を交互に見ながら、呆れたような顔をして、次の瞬間、笑いだした。


「長もサーラには勝てないようですね。サーラ、長を自在に動かせるのは王族とあなたくらいなものですよ」


 いかにも楽しげに私に向かって言うもんだから、私も負けじと言い返してあげた。


「褒め言葉と受け取っておきますよ。でも私だっていつもこの人の言うこと聞いてるんですもの。十回に一回くらいは私のワガママ聞いてくれてもいいと思いません?」

「言いつけを破って脱走を図るヤツの言い分など聞きたくないな」

「まあっ、レディのお願いくらい聞きなさいよっ」

「どこにレディがいるのかな」


 これに言い返そうとするが、うまい言葉が見つからない。ムムッと唸り声をあげるだけになる。

 ラッセルが私の言葉に反論するとたまらずコークス先生がお腹を支えて笑い続ける。


 ほんの少しのやり取りと、連れ出してくれた気遣いについ嬉しくなって顔の筋肉が緩むのがわかった。

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