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46.酷いじゃないっ!

「これでわかったね、ミリアル。私が市井(しせい)に戻れば悪い連中も一緒に出てきてしまう。私はストッパーでもあるんだよ」

「そ……んな、なら、なぜ今、ここに、いらっしゃるの……」


 ミリィちゃんが力の抜けたような声でジュノー様へと問いかける。それに答えたのは、ジュノー様本人ではなく、彼をこの場に連れてきたラッセルだった。


「リンスター殿は、今現在、病気療養のために地方の隔離施設で保護している。今日は特別、王より許可をいただいて、こちらに同行願った」

「病気療養って……どこか、お悪いのですか?」


 恐る恐る尋ねるミリィちゃんにジュノー様がニコリと笑顔をみせる。不安がる彼女を安心させようと、手のひらを頭に乗せて、そこからゆっくりと何度も撫でている。


「ちょっとだけね、胸の病気らしいよ。最近は寝込むことが多くなってね。今日も、ほら、支えてもらわないと歩くのも大変になっちゃったよ」

「そ、そんなぁ。すぐよくなりますよね、大丈夫ですよね」


 言っている途中から次々に涙が溢れ、ハラハラと流れ落ちる涙で彼女の頬が濡れる。そのまま救いを求めるようにラッセルの方へ顔を向けるが、無言のまま首を横に降るのをみて、自分の目の前の人物の命が尽きようとしてることを悟ったようだった。


 ミリィちゃんとジュノー様、今はそっとしてあげるのがいいと思い、ゆっくりと体を起こしてハルの元へと這っていった。既にラッセルがハルの手当てをしてくれたようで、規則正しい息で眠っているのがわかった。


「ハル……ごめんね。私守ってあげることができなかったよ。これじゃ役立たずもいいとこだわ。ホント情けない……」


 ハルの服の一部をギュッと握っていたら、悔し涙が滲んできて視界がボヤけてきた。


「そうだな、君は今回何の役にも立たなかった。身を呈してカシアス様の身を守るといった割に、このダメっぷりはどうだ」

「なっ!こ、これでも頑張ったんだからっ」


 この惨状で褒めてくれとは言わない、でもギリギリまで踏ん張ったんだもん、もう少しわかってくれてもいいでしょうにっ!


 ガッカリとした言われように腹が立って全身が熱くなる。怒りのあまり、ラッセルに掴みかかろうと、その服をグィッと握った。

 その瞬間、ふわりと全身を抱き抱えられ、彼の腕の中へすっぽりと収まった。


「へ?」


 ラッセルの行動が読めずに、拍子抜けした私は抱きしめられたまま固まる。


「なぜ助けを呼ばなかった。君が一言『助けて』と言えば、ネックレスが反応して私が救いに来たのに」


 抱きしめるラッセルの手が微かだが震えているのを感じた。こんなに怯えたラッセルを見るのも初めてだったので、拍子抜けを通り越して笑いが出てくる。

 氷の魔術師やら無表情だとか、やたらと言われている割にはこんな表情まで見せてくれるなんて、もしかしたら私だけの特権? とか思っちゃったワケだ。


 私はありがとうの代わりに、ラッセルの体をギュッと抱きしめ返して背中をポンポンとあやすように軽く叩いた。と、その手がピタリと止まる。


 ん? ちょっと待て? 助けを呼べば来ただと?


「ちょっとぉっ! そんなこと、一言も言ってなかったじゃないのよー!」


 ガバリと身を起こして面と向かって抗議をしたら、飄々とした態度でアッサリとこう返してくる。


「君のこのネックレスはネコの時の首輪と一緒だ。私の護りが施されている。君の身に危険が迫った時発動して私が出向くような仕組みだ」


 そう言って胸元にあるネックレスをヒョイとすくい、私の顔と自分の顔の間まで持ち上げる。よく見ると、キラキラとクリスタルの輝きを放つペンダントトップは、魔方陣の小さい版になっている。今朝の身支度はされるがままだったから、そんなことにも気づかなかった。


「今回は君自身、甚大な被害を受けたワケではなかったので発動が見送られたと考える。だが、君が真に助けを請う、つまり本気で『助けて』と口に出せば発動したであろう」


 告げられた言葉に対し、あんぐりと口を開けたまま固まる。


「酷いじゃないっ。人がこんだけピンチだったのにぃっ。最初っから教えてくれたらこんな大変なことにならなかったのにっ」

「確認したぞ? 君は大丈夫だとダンスのステップを踏みながら答えたではないか?」


 そう言われて、昨日の夜の自分の行動を思い返してみる。


 あの時は確か、ラッセルは晩餐会に顔を出さない代わりにレイニーさんとロイズ隊長が私の保護者代理として同行してくれる、と聞いた。

 この晩餐会に出席する重要な貴族のリストを見せられ、細かな注意を受けたところまでは覚えている。

 最後に私からラッセルにダンスのステップを確認して欲しいとお願いした時に、自分の頭がちょっとばかり混乱したんだっけ。


 手を取られた瞬間、なぜか心臓の音がバクバクと鳴り始め、足さばきがしどろもどろになったのは覚えている。あの時はラッセルがすごく紳士でカッコよく見えちゃったのよねぇ……


 ルディと練習した時とは違う少し大きな動きに、焦った私をガッチリとホールドしてくれるし、簡単なステップの繰り返しなのに、いつもより優雅に踊れたのだ。その安心感に身を委ねることが嬉しくもあり、ちょっとだけ気恥ずかしい気持ちにもなった。

 踊っている間はなんだかフワフワとした気分で、いつまでもずっと一緒に踊れたらなぁ、と思ったりもしたし。

 その時、ラッセルはずっと喋っていた気がするのだが、半分浮かれている私に聴き取れているはずもなく、思いっきりスルーしていたことを今ハッキリと思い出した。


「あ……ごめんなさい、なんか忘れてたみたい。言われてたかもって思うくらいにしか覚えてない」


 大声を張り上げていた勢いは既になく、しょんぼりとして俯向きがちに答える。


「全く……君の危機感のなさは生まれ持った性格か? これ以上心配ごとを増やさないでくれ。今回はたまたま助かったが、次も助かるとは限らないからな」


 困った、という表情で軽くため息をつくのは安堵のためだろうか。ふと見ると、口元が少しだけ笑みの形を作っている。小さな発見に釘付けになっていると、遠くからロイズ隊長の声が聞こえてくる。会場の被害者に対する指示を仰ぐ声だ。


 ラッセルは私の頭に軽く手を置くと、そちらに向かうべく立ち上がった。ハルが気づいたら一緒にくるようにと言われ、その姿を見送った。

 ラッセルに触られた頭に自分の手を置いて、先ほどの感覚を思い出していると「サーラ」と呼ばれる声がした。


「あ、ハル、気づいたのね、よかった。もう大丈夫だよ」

「ありがと。俺、死んで当然だったのに……なんで生きてんだろ。あのまま殺されとけば、みんな幸せだったのに……」


 目を覚ましたかと思ったら、自分を責めるように顔を覆うと、その隙間から涙が流れ落ちるのが見える。


「そんなこと言わないの。ハルにあんなこと言ったのも、ミリィちゃんの想いが強すぎたせいなんだから。ほら、ジュノー様がいらしてくれて、あの子も落ち着いたわ」

「でも……彼女の言ったことは本当だよ。俺の事故がいろんな人を不幸にした。俺は笑って生きることなんか許されない」


 なんだか腹が立ってきて、横になったままのハルをグイッと引き起こす。びっくりしたハルは目を見開いて私と向き合った。


「いい加減にしなさいっ。ハルが不幸にしたと思ってる人がいるって考えるんなら、その人の分まで幸せに生きるのよっ。死ぬなんて許さない、私が許さないわよっ。あなたが死んで悲しむ人、だって、いる、ん、だからっ」


 ハルの襟首をつかんで必死に怒鳴り散らしながら、最後は悲しみで喉がつまり、途切れ途切れに言葉にする。


「サーラ、俺……生きてていい? みんなに迷惑かけないのかな」


 ポツリと呟くように話すハルの胸で、私は何度も何度も頷いた。ハルが生きている体の温かさを感じながら。

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