45.そういうことだったのか・ばーと2!
ーー当時の魔術師団は、ほぼ犯罪集団といっても過言ではないくらいまで汚職が拡がっていたーー
悪徳商人から依頼を受けて小金を稼ぐ者、貴族の依頼で別の貴族の脚を引っ張る手伝いをする者などが後をたたなかった。
当時の分隊長らは、みな爵位を継げない有力貴族の次男坊や三男坊だったので私服を肥やすこと以外に興味はなく、率先して悪事に加担する彼らの思い通りの日々が続いていた。
諌めるべき存在のジュノー・リンスター魔術師団長は、力の弱い地方男爵の家系であったがために発言力がほとんどなく、彼らを野放しにせざるを得ない状況であった。
そんな時、第三王子の事故を受け、魔術師サランディアが追放処分となる件が持ち上がる。
彼らはこの処分を利用して、分隊長らを中心に悪徳貴族らと結託して王家に叛旗を翻すことを企てたのだ。
第二王子をラムダス皇国に差し出すとは何事だ。加えて魔術師サランディアを追放するという条件をのむなど、同じ魔術師として仲間を見殺しにするわけにはいかない。徹底抗戦するべきだ。
わが国はラムダスの下僕と成り果ててしまったのか。
第三王子を失った今、第一王子に不慮の出来事が起きたら、この国は終わってしまう。先行きが不安定なルシーン王にこの国の命運は預けられない、即刻退位せよ。
これが彼らが王家に突きつけるシナリオだった。
彼らはラムダス皇国と戦争がしたかったのだ。
爵位という肩書きを持てない人間が望むものは金だ。ならば戦争をしてその中で金を稼ぐのが手っ取り早いし利幅も大きい。あわよくば、家督を継ぐ者が戦争に駆り出されて亡くなった場合、自分の懐に爵位までもが転がり込んでくる可能性も出てくるわけだ。
欲望に忠実な僕と成り果てた彼らの目はギラギラと輝き、あとはいつ実行に移すかの話し合いがなされるのを残すのみだった。
一触即発のこの危険な暴走をなんとか食い止めようとリンスター魔術師団長はブランドール第二王子に相談を持ちかけた。
「……のような策謀でございます。本来私が長として部下の行動を制限すべきなのですが、もう私ごときの力で留まる連中ではないのです。王子、どうかお力添えを」
頭を垂れるリンスター団長は悔しさと不甲斐なさでワナワナと震えながらブランドール王子に説明する。
「今、王家や国が連中に釘を刺したところで事態は改善されない。むしろ証拠がないと逃げられて暴動を煽るだけだ。それならば別方向から圧力をかけるか……」
何かよい案を、と考えを巡らす王子に対し、リンスターはじっと頭を下げたまま次の言葉を待っている。いつもはテキパキと判断を下すブランドールだったが、この時ばかりは歯切れの悪い言い回しでリンスターに語りかけてきた。
「あなたが悪事に加担していないことは明白なのだが、この件を収めるとなると、あなたにも制裁措置がとられてしまうのだ……構わないのか?」
「結構です。私の力不足が招いた結果でもあります。この身を利用できるならば最大限までご利用ください」
そのような会話から二、三日後、サランディアの追放による報復措置を牽制する名目で『ルシーン王国の魔術師団長以下、各分隊長は職務解任の上幽閉』という要求がラムダスから送られてきた。
王家はやむを得ず、という態度を崩さぬまま、 彼らを逮捕し、その計画は未遂で幕を閉じることとなった。
獄中でリンスターはブランドールから謀叛が未遂に終わったことと、首謀者らが逮捕、捕縛された旨の報告を受けた。
「リンスター殿、申し訳ない。あなたの罪を軽くすれば連中の罪も軽くなってしまう。ここに留めて置くにはあなたごと収監する必要があった」
頭を下げる王子に対し、リンスターは緩く首を横に振って応じる。
「それが正しいことなのです王子、ありがとうございます。今回のことで下げなくてもいい頭をまたラムダスに下げたのではないですか?」
「なあに、マギーは、失礼、アイリーン・マーゴット皇女は頭のいい子ですから、自国の益になることには聡い。将来が楽しみですよ」
優しく微笑む王子に、リンスターはひとつ尋ねてみる。
「その……サランディアの件はよろしいのですか? 申し訳ありません、立ち入ったことを尋ねました」
「構わない。サーラとは……もう二度と会わない。私が彼女に愛想を尽かして捨てたことにすれば、彼女もキッパリと私を忘れて前に進めるだろう。彼女は私の同志みたいなものでね、肩を並べて歩くことはできるが、お互いの全てを委ねることには少々無理があるんだ。恋人にはなれても結婚はできない」
王子は遠くを見つめるようにリンスターから視線を外すと、口元に微かだが笑みを浮かべる。
「彼女を王宮に入れることは、大きな鳥の翼を折ってしまうことになるから。大空では輝ける鳥も籠の中に無理やり押し込めたら、いずれ息をしなくなってしまう。そんなのは私もみたくないし、させたくもない。そして不幸を選びとるほど彼女は愚かではないと信じてる」
きっぱりと宣言するように話す王子からは、苦笑いともとれるような表情が見え隠れしている。
「彼女は納得されたんですか?」
「追放のことかい? あのまま魔術師団にいても居心地が悪いだろうから、新しい土地で新しいことを始めるのがいいかと思ってね。追放といっても、表面上だけで、実は術の封印もしないように、と王にお願いしてある」
リンスターは意外だという表情で、その内容を確認する。
「おや? そうでしたか。全ての魔術を封印され追放される、と風の噂で聞いたもので」
「ははは、私もそこまで鬼畜ではないつもりだけどな。一旦は封じさせてもらうけど、移送が完了する際には、彼女の魔力も術も全て元通りになる。ただしラムダスにはわからないようにひっそりとだけどね。彼女が悪い訳ではない。悪いのは彼女を裏切った私なのだから」
そう言って再びブランドールは皮肉な笑みを口元に浮かべる。
「それに……こうすることが、誰にとっても受け入れられる状況になるのだから」
「誰にとっても、ですか」
「そうだ。彼女は世間から身を隠すことでこれ以上の詮索を逃れられる。私はラムダスに誠意を持って婿に行ける。王家の面子も保たれる。ラムダスも皇女の婚姻が成立するのでこれ以上の無理は言わないだろう。全て解決だ」
王子は軽く両の手のひらを上に向けてニコリと笑う。しかしそれも心からの笑顔ではなく、対外的に作られた笑いの表情だ。
「何か名目をつけなきゃ団から出ることもできないだろうし。そう思って二人で考えた結果が表面上の『追放』という形だった。彼女のことはジーク・ラッセルに頼んである……仲が悪いけどお互いに目指すところは一緒だからね」
「目指すところ……?」
ブランドールはひとつ大きな伸びをしてから姿勢を正す。
「守るべき者を守る。あなたもそうでしょう? リンスター殿?」
問われたリンスターは、そのシンプルな答えにクスリと小さく笑った。
「ええ、そうですね。守るべき者を守るためならば自分を犠牲にしても構わない。王子もサランディアも……皆一緒です」
優しく笑うリンスターの目からは不覚にも涙が流れ落ちる。その涙の理由は心残りである娘のためであった。
リンスターは不憫な娘のために王子にひとつ頼みごとをした。
その依頼を受け、王子は当時から自身の理解者でもあるロックウェル伯爵に協力を仰ぎ、一人の娘を引き取ってもらうよう依頼した。以降、彼女は伯爵令嬢の身の回りの世話と勉強相手として、ロックウェル家で働くことになる。
娘がロックウェル伯爵家に初めて出向いた日、彼女は一枚の小さなメモを手渡される。
ーーどうかこれからも貴女が笑って過ごせますように。ただそれだけを願うーーと。
差出人の名前も書かれていない、ただの走り書きだったが、彼女はまるで宝物を扱うように丁寧に懐にそのメモを収め、深々と伯爵に頭を下げた。
ラムダス皇国ではブランドール王子がアイリーン・マーゴット皇女と結婚式を挙げるというめでたい日に、ルシーン国で起きた小さな出来事であった。




