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44.そういうことだったのか!

「ハル……」


 少しでも近づこうと、力の入らない体を揺すって動こうとした時だった。


 シュッ という風切り音がまた聞こえ、同時に「動くなっ」とミリィちゃんから威嚇の声が響く。また一本、今度はドレスの裾を地面に縫い付けられるようにしてナイフが刺さる。


「うっ、ぐ……何、すん、の、よ」

「アンタにはドールになってもらうって言ったでしょ?」


 いつの間にベンチから離れたのか、すぐ近くまでやってきて、動けない私を冷たい目で見下ろしてくる。手には小さな小瓶、その中には豆ツブ大の白い虫がカサカサと動いている。


「ひぃっ……ヤだっ、それ嫌いっ!」


 色のないその虫が妙に気味悪く、ゾクっと身震いした。


「アンタ、あの時黒猫だった子なんですってね。お嬢様から教えてもらったわ。ラッセル魔術師団長の魔術で自在に猫と人間に変われる存在なんですって? そんな子が私のドールになったら面白いと思わない?」

「何でロックウェル嬢が……あ、もしかして……ルディからあのお嬢さんへ情報が流れたかしら?」


 クスッと軽く笑いミリィちゃんがルディに対しての忠告をしてくる。


「あの僕ちゃん、お嬢様に弱いのはわかるけど、素直過ぎるのも考えものよね。もう少し問い詰められても誤魔化す練習を身につけるべきよ。でも残念だったわ、アンタの首に上手く仕込んだ虫が孵化する寸前で潰されるとは。アレが上手くいってたら、今ここでカシアスはアンタに殺させるはずだったのに」


 それを聞いてゾクっとした震えが全身を覆った。

 あの気持ち悪いアメーバ蜘蛛を仕込んだのはミリィちゃんだったのか……アレにからだを支配される苦しさを思い出し、傷口を押さえる手に力がこもる。同時にズキっとした痛みも覚え、今は過去に想いを巡らす時ではないと思いださせる。


「いつ私に仕込んだの? ミリィちゃんと私なんて、ほぼ接触なかったじゃない」

「あら? 覚えてない? 可愛い黒猫ちゃんねって撫でさせてもらった時があったでしょう? あの時よ。ただあの時は虫が上手くアンタに馴染まなくてね、一瞬反発したから私も驚いたわ」


 ああ、あの時か。

 首筋に痛みが走った時だ。ただの静電気が発生したのかと思ってたんだけど、異物に対しての拒否反応だったのか。

 ラッセルに虫を取り出してもらわなければ、今頃私はハルの首を絞める役になっていた。


 ……ヤだっ、恐っ……


 自分があの無表情な機械じかけの人形のようなモノに変わってしまうなんて。ミリィちゃんが操っているドールを見ていると、自分から行動を起こす、ということがないように感じる。既にミリィちゃんの声にしか反応しない様子らしく、これで人間なの? という疑問まで湧いてくる。


「一度体に虫を飼ってた時期があるんだから、今度は馴染むのも早いと思うわ。安心して私のドールになりなさい。何も考えなくていい、素晴らしい世界に案内するわ」

「そ、んな、アンタの操り人形になんか死んでもイヤっ!アンタの言いなりになんてならないわ。やめてっ!近づかないでっ!」


 触られたくない一心で、腕が痛いのも忘れて、両手をブンブン振り回して少しの抵抗を試みる。が、素早く怪我をしている方の腕を(ひね)られて、激痛のあまり抵抗するのをやめてしまった。


「ぎゃあっ、痛い。痛い、やめてっ」

「さあ、素直に受け入れなさい。考えるから怖いの。もう考えなくていいわ」


 口元に笑みを浮かべて、私の首を抱き寄せるように触れてくる。


 ……くっ……もうおしまいか……


 そう思うと抵抗するのもだんだん虚しくなってきた。


「そうよ、軽く目を閉じて。怖くないわ、私が側にいるんですもの」


 その囁き声を聞いていると、なんだかもう投げやりな気分になってくる。もうミリィちゃんのドールになってもいいのかも……


「そこまでにしなさい、ミリアル。君はやり過ぎたね、その子を解放してあげなさい」


 男性の声がしたと思ったら、ミリィちゃんはビクンとして私から手を離してその場にペタンと座り込んだ。


 ザザザンッという音がすぐ後に聞こえ、そちらの方向を見ると、ハルの首を絞めていたドールが植え込みまで飛ばされていた。


 改めて男性の声のする方へと視線を動かすと、ラッセルが一人の男性に肩をかしながらこちらに近づいてくるのがわかった。その男性は具合があまりよくないのか、青白い顔をしながら咳込むようにして支えられている。

 ラッセルはハルの危機を察知するやいなや、空いている方の手を前方へと突き出し、魔術でドールを植え込みの方へと吹き飛ばしたようだった。


「人を痛めつけるのはいけないことなんだって君が一番知っていることでしょう? 人の痛みを知っている人間こそが優しい人間になれるんだと教えたはずだよ? 本当は悪いことだとわかっているでしょう? もう止めなさい」


 声の主はこの支えられている男性で、ミリィちゃんの知り合いのような口ぶりだ。会話の内容からたぶん前魔術師団長ジュノー・リンスター様かしら?


「あ……何でここに……もう二度とお逢いできないと思ってましたのに……」


 彼女がワナワナと震えているのは恐怖のためではなく、嬉しさのあまり興奮しているからのよう。


「ミリアル……君には幸せになってもらいたかった。だから私の元から離したのに。なぜそんな恐ろしいことをしてるのだ?」

「私はジュノー様さえいればよかった……あなたがいない毎日なんて生きてる意味がありません!」


 初めのうちは押し殺したような声で話していた彼女だったが、途中から感情が高ぶってきたのか、涙目になりながら、訴えるように声を張る。


「彼が……カシアスが生きているとわかったのです。ならばラムダス皇国に送りつければ、ジュノー様は解放されると思いました。だってラムダスは彼が欲しかったんでしょ? 彼を手に入れて満足するなら、もうジュノー様が幽閉される必要だってなくなるじゃない。なのに彼も彼の周りも一向に動きを見せない。むしろ既に終わった出来事のような反応だったんですもの」


 彼女は座り込んだ手元の土をギュッと握り、怒りと共にそれを地面に叩きつけた。


「おかしいじゃない。あれだけの騒動を起こして起きながら、何で自分は関係ない顔をしてられるの? ジュノー様を巻き込んで……王宮にも、何度も何度も訴えに行きました。本当に何度も何度もです。なのに役人たちはみな無反応。ジュノー様を返してくれないのなら、私の世界は灰色のままなの……だったらいっそのこと、元凶のカシアスの幸せを踏みにじってあげる……そうすれば私や私以外でも、苦しみを味わった人たちの気分が少しは晴れると思ったんです」


 ジュノー様が軽く首を横に振り、ラッセルから離れてミリィちゃんの側へゆっくりと歩いてくる。目の前まで近づくと、自分も地面に座り、ミリィちゃんの両手を包んでゆったりとした口調で優しく話す。


「そんな危険なことをしても、誰も幸せにはならないよ? 仮に今、彼を(あや)めてしまったとして、君は残りの人生すべて後悔することになるでしょう。そんな思いは断ち切りなさい」

「今すぐジュノー様が解放されるのなら、もう止めます。彼が自由ならば、あなたにも自由になる権利がある!」


 その言葉を受けて、ジュノー様は軽くため息をつきながら、気の毒そうな表情を作る。ミリィちゃんの手から両手を放し、そのまま両頰を包むと彼女としっかり目を合わせ、諭すように語りかけた。


「ミリアル……私は望んで団長の地位を捨てたんです。カシアス様は何の関係もないよ。むしろ彼は悪い連中に利用されたのだ。私が捕らわれたのも、この国を守るためには必要なことだった」


 そういえば、第二王子が婿入りする際に、ルシーン国が叛意なしの態度を示すために魔術師団長以下、各隊長の処分がなされたんだっけ。


 思い出しながら、ボソボソと呟く私の声を聞きつけて、


「表向きはそういう理屈だったが真相はこうだ」


 ラッセルが私の呟きに対して本当のことを明かしてくれた。

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