42.ガッカリよ!
「……ラ、サーラ、どう? 大丈夫?」
「ん、まだ頭痛いけど……ん、ん……だいぶ楽」
「そう、よかった……」
ホッとした表情をみたら、今さっき気を失ったことを思い出した。ほう、とため息をついてもう一度、なぜこんなことになったのか、と落ち着いて考えてみた。
「なんだろう、急に頭がガンガンして気持ち悪くなっちゃったの。こんなこと今までなかったのに」
呆然と呟くと、ハルが優しく手を包んでから答えてくれた。
「たぶん薬を飲まされたんだと思う。幸いコレが効いてるみたいで助かった。やっぱりあの人すごいよ、敵わないな」
「どういうこと? 飲まされたって……覚えもないし。それにこのビン? どうしたの?」
地面には小さな、液体を入れていたであろう空ビンが落ちていた。コレを飲んだからだろう、体調もひどくならずに済んだようだ。
「周りの人たちと一緒で、サーラも倒れたんだよ。どうも毒物を飲んでるっぽい症状だったから、いつも俺が持ち歩いてる解毒剤を飲ませて中和した。ラッセル様から常に携帯するように言われて持つようになったんだけど。正解だったね。あ……とごめん、先に謝っておく」
「ん? 謝まられることなんてしたの?」
なんだかバツが悪そうな顔をして自分の口元を手で覆い、あー、とかうー、とか唸っていて、なかなかその質問に答えてくれない。
そこまで言いづらい何かがあったのだろうか、私は眉をひそめてハルを軽く睨んだ。
「ちょっとぉ、隠し事は嫌いよ。早く教えなさいってば」
観念したハルは私を見ないようにして小さな声で教えてくれた。
「薬、口元に寄せても飲んでくれなかったから、無理やり口移しで飲ませちゃった……」
「なんだ、そんなこと……って……えーーっ!」
口移しってことはつまり……既にキスしちゃったってことですかぁっ!
慌てて自分の口元を隠すと、真っ赤になったハルからもう一度「ごめん、緊急だったから」と謝まられる。
確かに非常時だったからしょうがないとは思うんだけど……ファーストキスの記憶がないってのはあんまりでしょ。
二十四歳、枯れかけではありますが、ファーストキスやら初カレに夢持つ乙女なんですのっ!
おばあちゃんになった時とかに、甘酸っぱいキスの思い出を孫とかに聞かせてあげたい、なーんて思ってたりしたんですよ、ホントのところ。
嬉し恥ずかしってのをキャッキャしてるおばあちゃん、可愛いくない?
男性と付き合うこともまだなんだけどさ、結婚して子供や孫できてたり、とか妄想だけはするンです、はい。
まあ、過ぎちゃったことをハルに責任求めたって仕方ない。これはアクシデントとしてノーカウントとさせていただきます。
頭の中に工事現場のちっちゃいおじさんが看板もって頭を下げる図が浮かんできた。いいや、これで納得してやろう。
「他の人たちはどうなっちゃったの? 大変な騒ぎになってるでしょ?」
「わからないけどたぶんあの隊長が何とかしてくれてる気がする。でなければ、もっとひどい騒ぎになってるからね」
そっか、ロイズ隊長とレイニーさんがいれば大丈夫だろう。でも無差別毒物テロをわざわざ今日のパーティーでやるなんて。
本命のハルだけを狙ってくるんじゃなく周りの人まで巻きこんでの所業、許さないわっ!
「あら、二人とも元気なんて意外だわ。どっちかでも毒物に当てられてれば、こちらとしては片付けやすかったんですけどね……ワインはお嫌いでしたか?」
声の方向へ顔を向けると、そこにいるのは、例の赤毛の女の子を従えたミリィちゃんだった。
「ワインって……あの乾杯の時のヤツかっ! ピリッとしたのも気のせいじゃなかったのね。迂闊だったわ。こっちのワインはそんなもんだろうって思い込みが邪魔をした」
立ち上がってミリィちゃんに詰め寄ろうとしたのだが、今はまだ完全に毒が抜けてるワケではないようだ。ガバリと勢いをつけた急な動きに体がついていけず、耳鳴りを伴ったズキンとした痛みが頭を駆け抜けて、蹲ったままその痛みが引くのを待つしかなかった。
「あーあ、無理しないで? あなたはそこで寝ててくれたらいいわ。カシアスを片付けるのに丁度いいし。正直あなたの生死なんて私には関係ないの。私が必要なのはカシアスの命だけよ」
「なんでハルなの? どこの国からの命令? それともどこかの貴族の依頼? この国の第三王子を殺して何の得になるのよ。殺すなら世継ぎの第一王子でしょうがっ!」
ハルを守りたい一心で言った言葉だったが、本当に疑問に思っていた部分を問いかけた。
「どこの国? 貴族? そんなもん関係ないわっ! 私はカシアスの存在が疎ましいだけなんだからっ! 私の全てを台無しにしたアンタをねっ!」
政治が関係してない? 私はてっきり異端の魔術や呪術を使ってこの国の王家を潰そうと企む者の仕業だと思っていたのに。そうとわかればハル個人の話しになってくる。ハルに心当たりがないか尋ねてみた。
「ハル、アンタ何やらかしたのよ。アンタがそんな子だったなんて……お姉ちゃんガッカリです!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、サーラ。俺、全く覚えがないから。だいたい若い女の子だよ? 話す機会があったら覚えてるさ」
そうだった。ハルはこの前までずっと病院に居たんだった。まる二年意識のないまま眠り続け、あとの一年はリハビリのため、若い女の子がほとんどいない病院の中で暮らしていたはず。ミリィちゃんとの対面、という名の劇的な出会いはほぼ考えられない。
「ほんっとーに覚えがないの? ハル、怒らないから言っちゃいな。むかーしは超モテモテで片っ端から女子とラブいことしちゃってたとかない?」
「はあ? なんだよサーラっ! 俺、そんなに信用ないのかよっ! いくらサーラだって俺怒るぞっ!」
ハルとの話がヒートアップしたせいで、完全にミリィちゃんへの警戒感が薄れていた。
「がっ! ふ、い、打ちは、ひ、きょ……」
赤毛の女の子が、私の顔に一発、拳を叩き込み、体勢が崩れたところで馬乗りになって首をギリギリと絞め上げてきた。
「アンタうるさいのよ。アンタが黙らないとカシアスを虐められないでしょ? ドール、その女、喋れないくらいに絞めあげといて。殺したらダメよ、ソイツはもう一度、アレを仕込んで私のドールとして使うから」
ミリィちゃんは冷たく言い放つと、ドールと呼ばれた赤毛の子に指示を出す。
ドールは、ミリィちゃんに言われるがまま、無表情で私の首を締めてくる。この女の子のどこからこんな力がでてくるのか、と言わんばかりの怪力で締め上げてくるので、どんどん呼吸が苦しくなり、必死になって口をパクパクと動かすだけとなった。
体の方もそれに応じて悲鳴をあげ始め、毒で頭がガンガンするのか、酸欠でガンガンするのか、もはやわかない。
朦朧とする中、かろうじて意識を飛ばさずにいるが、抵抗するどころか、指一本動かすこともできなくなり、グッタリとした状態になった。
「ドール、もういいわ。そろそろカシアスを料理しましょう」
私をドサッと無造作に放り投げると、ドールは、ハルの目の前まで来て対峙した。
ハルも無抵抗のまま殺されるつもりもなく、腰から護身用に挿していた細身のサーベルを抜きはなち、迎撃態勢を整える。
「あら、さすがに剣に素手だとこちらが不利かしら? まあいいわ、この子なら対等な勝負ができると思うし」
「おい、その前に聞かせてくれ。俺はアンタにいつ会った? 学校で会った時ではないんだな? ならいつだ」
ミリィちゃんはキョトンとしたような顔で話しを聞き、それからゆっくりと笑顔になった。ただしその目は昏く、復讐の炎が見え隠れしてるようだった。
「勘違いしないで、アンタに面識なんてないわ。あるのは恨みだけよ。そうねぇ、せっかくだから教えてあげる」
そう言ってミリィちゃんはすぐ側にあったベンチに座って私たちをみると話を始めた。




