40.え? 嫌われてるやん!
会場は別世界に来たのか、と思わせるくらいに華やかな場所だった。
「うっわぁ、みなさん派手だわぁ。私見劣りしてない? これからやってけると思う? ねぇルディ、どう思う?」
心の中で思っている不安がつい口にでてしまう。
「平気だって。胸張っていけよ、最初に堂々としてなきゃナメてかかられる。かえって馬鹿にされっぞ」
「う、うん、わかった。とにかくやれるだけやってみる。女は度胸だよねっ!」
ルディの励ましにちょっとだけ勇気づけられて、にこやかな笑顔で会場入りをした。
「ル、ルディ、しゅ、しゅまいりゅよ、ほえっ」
「あん? お前何言ってんだ? ほら、笑って笑って。口元引きつってんぞ」
緊張してグダグダに噛んだセリフも無視され、ホールに顔を出すと、先に会場入りしていたロイズ隊長たちに手招きされた。
「こちらが先ほど話していました、サーラ嬢です。そしてもう一人は既にご存知かと思われますがルーデウス・ヒューズ、私の部下です。来年には王宮護衛官として着任予定です。サーラ、ヒューズ、こちらはロックウェル伯爵です、ご挨拶を」
そう言って隊長は私とルディを、この白髪のダンディな紳士、ことロックウェル伯爵に紹介してくれた。
紹介された伯爵は、なんだか顔色があまりよくない方のように見受けられた。
この人大丈夫か? とロイズ隊長に質問しようとしたら、別の方にも声をかけられたらしく、一旦離れる挨拶をしてるとこだった。
普段の私なら、この具合が悪そうなご老人の体調までの気遣いも出来たんだろうが、今日は着慣れない服と場所のせいで、そんなことにさえ気が回らない状態になっている。
まずは挨拶を無難にこなし、少し話したらこの場を離れよう、という考えに辿りついた時、伯爵の口からでた言葉はあまり歓迎されたものではなかった。
「ほう、君がヒューズか。ウチの娘は気に入っているようだな。君ら……うぐっ……は、かっ……帰りな、さ、い……君たち、のよ、ような、若者……くっ、るな……」
最初の言葉は笑顔さえ見せていたのに、後半、語気が荒くなるに連れて、顔色も悪くなり、まるで違う人物が目の前にいるように変わってしまった。
伯爵の豹変ぶりにビックリしたまま固まっていると、この家のメイドだろうか、薬と水を持ってきて彼を介抱するために、別室に連れて行ってしまった。
どうしたんだろ? 途中からガタガタしたりして熱でも高くなったのかしら。しかも近づくなとまで言われちゃって。ウチらヤバくないかな?
「おやおや、あのような伯爵は初めてみたねえ。普段は我々魔術師にも理解を示してくださるし、貴賎を問わず、の姿勢を謳っていた方だったのだが……」
再び戻ってきた隊長は、立ち去る伯爵を見送りながら、苦笑いのようなため息を小さくついて呟く。
「伯爵のおっしゃる通り、私たちはご令嬢の同級生でもなく、魔術師団からの護衛としての役目も免除されてます。ちょっと仲の良い友達として顔を出している平民出身の私たちがエセ貴族としてこの場にいるのは、マズくないですか?」
胸の内にわだかまっていた不安を質問に変えて、隊長からの返事を待った。今の伯爵との会話で、周りの方々にも私たちが歓迎されていないのだ、と知れてしまった。
よくない雰囲気というのは伝播するもので、会場中の人たちの目が少しずつ冷ややかになってきているのを肌で感じる。
「先程の伯爵の態度については首をひねるところがあるが……今日の作戦には君たちも参加することには快諾をいただいているからね。胸を張って堂々としていなさい。自信無げな態度だと、さらに悪い印象を与えてしまう」
頭にポスンと手を置かれ、見上げると隊長はニッコリと笑いかけてくれた。魔術師団に居る時のこの人はチャラそうに見えていたのに、この場の雰囲気にはものすごく馴染んでいる。その笑顔でどれだけ私たちを安心させてくれることか。
今までこの場に居なかったレイニーさんが慌てて私たちの側まできてくれて、心配そうに声をかけてきた。
「何やらこちら側がざわついていたが。大丈夫か、お前たち。この会場は非公式ではあるが、一部の貴族の方々にお前たちや平民出身だが実力ある生徒を紹介できる、よいチャンスなのだ。くれぐれも粗相のないように」
ありゃりゃ……レイニーさん、その注文はハードルが高いですって。
この家のトップから歓迎されていないのに、周りの貴族連中が好意的な態度になるわなけがないじゃないか。
すでに『やらかしてしまった感』が脳裏をよぎる。
ルディと二人顔を見合わせて、苦笑いをしながら同時にため息がもれてしまった。
私たちを元気づけるためになのか、ロイズ隊長は「気にしないように」と肩を二、三回軽く叩いてレイニーさんを連れ出って、別のエリアへと移動していった。
残された私たちは無言のまま立ちすくむ。
ルディを見ると口をキッと固く結び、両手はグッと握りこんでいる。
平民と貴族には深い隔たりがあるのは薄々感じていたのだが、私よりルディの方が、より壁の厚さを感じているのだろう。
私も元気づけるために片手を上げたが、悔しそうな、残念そうな、複雑な表情の彼に、今何と声をかけるのが正解なのだろうか。言葉の選択にしばし迷っていると、別室から戻ってきた伯爵が驚くほど上機嫌でこちらに近づいてきた。相変わらずの顔色だったが、体調は持ち直したようで、歩き方はしっかりしていた。
「おお、君がヒューズ君だね、今日はよく来てくれた。隣のレディも可憐な方だね。さあ遠慮なく楽しんでくれたまえ」
そう言って労いのためか、軽く肩を叩かれ、更には後ろに控えていた侍女が準備したワイングラスを自らとってひとつずつ手渡された。
先程の応対とは百八十度転換したような伯爵の態度に、私たち二人はあっけにとられるしかない。
そうこうしているうちに伯爵はワイングラスを片手に
会場の皆さんに挨拶を始め、パーティーの幕が上がった。
ルディを横目で見ると、やはり険しい顔をしたままだ。しかし、さっきまでの悔しいという表情ではなく、何かを探るような深く考え込むような表情になっている。
「なあ、なんか伯爵が変じゃなかったか?」
「え? 顔色は悪かったけど、薬飲んだからか、結構元気だったじゃん。今日のホストだから体調が悪くても無理してくれたんでしょ。それ以外何かあった?」
私が答えたことに対し、再びルディは「うーん」と唸り、アゴに手をかけて考え込んでしまった。「なんとなくだけど」とか「雰囲気かな」とかぶつぶつ呟きながら、自分の世界に入っていこうとしている。
そんなルディを横目で見ながら、私も何とか思い出そうとした……ダメやん、ムリムリ。
私が自分でそこまでの違和感を感じないんだもの、わかるワケない。
そんな会話の途中、周りから歓声が上がり、何ごとかと意識を観客の視線の先に合わせると、アフロちゃんをエスコートしたハルがフロアの中央に位置するのが見えた。やはり根っからの貴族というのは、どこか風格が違うのか、二人並ぶとお伽話から抜け出た王子様とお姫様のようだ。
フロアの照明の効果なのか、私の目に見えないフィルターがかかっているのか、二人がキラキラとしたオーラを放っているようにしか見えてこない。
思わずため息が溢れてしまった。
音楽が鳴り、ファーストダンスが始まる。
踊る姿も実に優雅で、見つめる観客たちからも一斉にため息が漏れ聞こえてくる。
あっという間に最初の一曲が終わり、伯爵の合図で楽しいダンス曲が流れ、それぞれ踊る者、歓談する者、ワインに舌鼓を打つ者など、一人、また一人と自分のやりたいことに意識を向けていった。
さあ、ハルをガードしつつ、私のダンス練習の成果を見てもらうんだ!
シラフのままだとなんだか気恥ずかしい感じがして、先程渡されたワインをグイッと一気に煽る。
「ぷはぁ」
「なん……おい、馬鹿。一気飲みするヤツがどこにいるっ。踊ったりしたら酔いが回って大変だって……あーあ、俺は知らないぞ」
飲み慣れないお酒の味は、舌先にピリッとした刺激を与えたが、戦場へ赴く勢いの今の私は興奮状態で、多少の感覚は麻痺しているみたいだ。
「ほら、ルディも行くよっ。アフロちゃんが誰かに取られちゃうのイヤでしょ?」
「そりゃそうなんだけどさ……あー、もういいや。とりあえず行くか」
久しぶりにハルと話せることに期待して、ルディの手を引いて中央近くに移動する。
私もルディも多少の違和感よりも目の前の楽しみに意識が働いて、事の重大さには、てんで気づいていなかった。




