38.アンタだったんか!
「私がサランディアにかけた魔術は簡単なもので、彼女ならば直ぐに解除できるものだった。なのに彼女はそれをしなかった……」
「長、サランディアの意志ですから。あなたが悔やまれることはありません。むしろ彼女的には諦めがついたのではないですか?」
「いや、あれは私とブランドール殿下に対する抗議だ。皮肉なものだ……彼女が亡くなってからようやくそのことに思い当たるとはな」
ラッセルは自嘲気味にコークス先生の問いに答える。先生の方も、フォローしてあげられるような言葉が見つからないのか、苦笑いのような、少し寂しさを滲ませた表情のまま、押し黙る。
「あら、サランディアさんは恨んで亡くなったのではなかったわ。ブランドール殿下に沢山の幸せを貰ったって言ってたもの。満足な人生だったはずよ」
慰めたくてもできない、そんな先生のもどかしさを感じ、サランディアさんが悔やみながら亡くなった訳ではない理由を教えてあげた。
彼女と一緒に過ごした時間は決して長くはなかったが、恋人の好んだ飲み物や食べ物、好きなものを嬉しそうに話してくれたし、二人で過ごした楽しい思い出をたくさん聞かされた。話している彼女は、まだ恋人を愛しているであろうことをところどころに感じ、私まで幸せな気分になったことも話した。
「恋人の現在を聞いた時には哀しそうな表情をしてたから、亡くなったものと勝手に思ってたの。『今のあなたは幸せか』と聞いた時、ニッコリ笑って『幸せだし満足な人生だった』と。そんな毎日だったわ」.
それから、私が彼女から聞いた最後の言葉を伝えた。
「そうでしたか。あなたがサランディアの最後に立ち会ってくれたんですね。それも運命の力なんでしょう、彼女に代わってこの世界の出来事を見守って欲しい、そんな想いを感じますよ」
コークス先生が私に優しく笑いかけながら、そう言って頭を軽く撫でてくれた。その仕草に安心感を覚え、小さく頷いてからゆっくりと瞼を閉じた。
それからの話は目を瞑りながら、夢うつつの状態で、ただ聞くだけだ。衝撃的な事実を知って半パニックになった気持ちが少しずつクールダウンされ、気分もゆったりとしてくるのを頭の片隅で感じた。
「師団長、彼女はサランディアの魔力によってこちら側に呼ばれた、ということで間違いないでしょうか?」
ロイズ隊長の問いにラッセルは無言のまま頷く。
「そうだな、彼女と最初対面した時、サランディアの魔力がこのネコの全身に纏わりついていた。だからサランディアの使い魔だと思っていたのだ。彼女が亡くなったと聞いて、元の世界に戻るでもなく、こちらの世界でフラフラしていたので私に下るよう交渉したのだが、アッサリと断られた」
断られた時のことを思い出したのか、苦笑いのような表情で、またさらりと撫でられた。
「確かに、使役者のいない使い魔は、凶暴化する怖れもありますし。長なりに保護する意味もあったのでしょうが……使い魔でもない彼女には理解できない言動だったかもしれませんね」
コークス先生がクスクスと笑いながらラッセルを見ると、両方のこめかみを片手で覆いながら「当時の状況では仕方ないではないか」と少し反省しているような言葉を呟いている。
思い出した……あの時、自分のモノになれと、自分のところに来いといったのはそういう意味があったのか。でも私だっていきなり『自分のモノになれ』なんて言われて、はいそうですねって言うほど安い女じゃないんだもん、しょうがないじゃん。
まあ、これはこれで双方の意思疎通ができてなければ、こういう結果になるんだっていう話として受け入れるとするか。
「しかし彼女と話すうちに、元々は人型なのだと聞いて、使い魔とも違う存在だと理解した」
「なるほど……この世界とは違う、どこかから呼び出された存在。つまり異世界のモノだと……異物とはそういうことでしたか」
ロイズ隊長がアゴに軽く手を当てて、小さく頷きながら私を見つめてる。見定めるような視線を肌に感じ、もぞもぞと身じろぎしながらその視線を避けて、さらに丸くなった。今の私には話しかけないで、のポーズだ。
彼らは私の意図を汲み取ってくれたのか、話し合いを進めた。
前置きとして、私が呪術と思われるもので操られそうになったことから始まり、学校の魔術師コースに犯人がいるらしきこと、犯人は人の記憶を操作する術を使って我々を混乱させようとしたことなど、一連の事件のあらましをロイズ隊長に説明し、今回のロックウェル伯爵邸で開かれる舞踏会で犯人を炙り出す作戦を伝えた。
「なるほど。魔術師サランディアは、この不穏な動きに対応させるために彼女……月宮沙羅嬢を召喚したのでしょうかね。この国を守ることに関して、他の魔術師よりも彼女はプロ意識が高かった」
「そうかも知れません。サーラは全く魔力を持たない存在です。それが国を守ることになるか危険に晒すことになるか。我々の力量が試されているような、そんな気さえします」
あらあら、私に期待されても困るわよね。
私はただテレビ観てただけの、そんじょそこらにに居る一般ピープルですから。
まあ、ここの世界の人と違って、異質な感じってのは何となくわかる気がするけどさ。
一番最初にハルと学校であった女の子三人のことを今になって考えてみると、赤毛の子は確かにアフロちゃんとは違う空気を纏っていた感じがする。あの時はハルと近い年代の女子だからって妙な興奮があったから、ちょっとした違和感に気づかなかった。
ん? まてよ?
その違和感、他の人でも感じたぞ? 誰だっけ。
あの、ぞくっとするようなヘビみたいな、ねちっこい雰囲気と視線。
むむむ、と考え込んでいると、ラッセルが私の変化を感じとったようで「どうした?」と問いかけてきた。
その言葉に答えようと口を開きかけた時だった。
ハッと気づいたのだ。
あまりにびっくりしすぎて体がビクンと跳ねてしまった。
私の様子の変化に、他の三人が訝しげにこちらをみながらその先の動向を伺っている。
「やだ……一瞬だけだったから忘れてた。でも考えてみれば、あの時触られたあたりから少しずつカラダが熱をもつようになってきたような……」
言っているうちに、だんだんと確信が持てるようになってきた。そして激しく後悔した。
あの時何ですぐにハルに言わなかったんだろう。
私が感じた、あの嫌な感じをハルに伝えてさえいれば、こんな大掛かりなことをしなくても対処できただろうに。
今、この時も、私が狙われたようにハルが危険に晒されているかもしれない。
私は違和感を感じたもう一人の名前をあげて、その人物こそが犯人ではなかろうか、とラッセルに話しをした。
それを受けてラッセルは力強く頷き、私以外の三人で作戦の計画をさらに入念に練っていく。
「私ってばホント馬鹿だわ、こんな近くにいたのにね。でもハルのためにカラダ張る覚悟がこれでできたわ」
そのつぶやきを聞いてラッセルは鼻で笑いながら私に向かって話す。
「ふん、何を今さら。君の間抜けさは今に始まったことではないから安心しろ。犯人が特定できたのだから、今回は君でも殿下の身の安全を確保できるはずだ。あまり期待はしてないがな」
こんのぉ……
言い返したかったんだが、グッと堪えた。
耳に痛い言葉ほど的を射ることが多いということを聞いたことがある。昔買った格言集の中で誰かが言っていた言葉だったかもしれない。
悔しいけれど、私の気づきが遅れたせいで、ハルの身の危険度が前以上に高くなっていることは確かだ。
自分の落ち度は自分で取り返す。
そう心に固く誓った。
「よーしっ、待ってなさいよ。必ずあなたが犯人だって証拠を掴んであげるからねっ……ミリィちゃん!」




