36.教えて、先生!
「ふふふ、なかなか元気なお嬢さんだねぇ。ただ詰めが甘いかな、殺気を消す練習をしないとね」
私の渾身のアッパーカットを見事に片手のひらで押さえながら、ニッコリ笑ってアドバイスをしてくれた。バッチリ決まったかに思えたのに、何事もなかったかのような対処方法をしてくる隊長サマ。
太刀筋は悪くない、と妙なお褒めの言葉をいただいちゃったりもした。いんや、プロになるつもりないから。
不完全燃焼なまま、みんなが揃うソファ付近へと促され、ドスンと座った。くっそお、一言ガツンと言えたらスッキリしたのに。
そもそもの怒りの原因であるラッセルは飄々とした表情のままだし、コークス先生は肩を震わせて笑いを堪えている様子。
いいもん、あとでネコに変身してから、街の我が物顔してるノラ猫へ当たり散らしてやるもん!
「ところで師団長、彼女に対して『異物』とはまた穏やかではない表現をなさいますね。詳しく聞いても?」
「ふむ、そうだな。月宮沙羅の許可があれば説明するが。彼女に関わることだ」
あら? 私に関わること?
それなら私が知らないでいるわけにはいかないじゃない。向こうもこれがちょうどいい機会だと思っているから口に出してるんだろう。
よし、バッチリ聞いとかないとね。
みんな知ってて私だけ蚊帳の外なんてことがないように。
「いいわ、心の準備はできてます。アンタがそこまで言う意味を教えてくれないかしら」
そう言ったのを聞いたラッセルは、クスッと笑い「いい心がけだ」と小さく呟く。
唖然とするロイズ隊長とニコニコ顔のコークス先生。
ロイズ隊長がそこまでビックリするようなことがあるのか、と小首を傾げると「信じられない……師団長が笑うとか……」と呆然としながら呟いている。
「ああ、ちょっと前までは、かなり薄気味悪かったけど、今はこれが普通よ? そんなに意外なの?」
私がラッセルのことを説明したら、隊長はハッと気を引き締め、軽く首を揺すると、何事もなかったかのように「失礼。話を進めてください」と先を促した。
ひとつ頷いてからラッセルが話し始めた。
「ロイズ隊長、君は四年前の魔力衝突の件について、詳細を知っているか?」
「いえ、噂の範囲では聞いておりますが、事実となると私程度の者には知らされないことか、と」
「ふむ、噂では何と?」
「魔術師サランディアが第二王子からの婚約破棄を恨んで、復讐しようとしたところを師団長が阻止したと。結果、魔術師サランディアは魔女として追放され、現在行方知れず、というのが一般です」
「一般、と言っているということは、別の内容もある、ということかね?」
「そうですね、これは私の見解ですが、魔術師サランディアがこの師団に入った当時から知っておりますが、復讐など考える子ではありません。何か別の理由があるかと」
ラッセルとコークス先生は、なるほど、といった表情でさらにロイズ隊長の話を促している。
「しかも王族に刃向かうなど、魔術師としてのプライドがそれをさせないでしょうね。彼女は王族を護る、という魔術師本来の姿を体現してましたから」
「そうか。本来の彼女を知っている者がいるならば、彼女も救われることだろう。未だ魔女扱いでは浮かばれんからな」
ん? 魔女扱いって悪いことなのかなぁ、私にしてみれば、魔術師だろうが、魔法使いだろうが、魔女だろうが、みんな魔力持ってますっていう、一括りになるんだけど。
どうも私とこの国の人たちには、その辺の認識に違いがあるようだ。話しの途中に遮るかたちになってしまうのだが、その点を明確にしなければ、この話を聞いている意味がなくなってしまう。
「ちょっと質問があります。魔女と魔術師の違いって何ですか? 私にはどっちも魔法使いって意味あいにしか捉えられないから」
おずおずと片手をあげながら、申し訳なさそうに話しを割って質問した。
「ああ、サーラの国では魔法自体がなかったのですよね。改めて説明しましょうか」
コークス先生が、ラッセルに許可をとってから私でもわかりやすいように説明してくれた。
「まずは魔術師とは、というところからですかね」
先生はラッセルとロイズ隊長に、説明をしている間は寛いでいるようお願いしてから、私に向き直って話を始めた。
先生の説明によると、魔術師とは学校を卒業して魔術師団に入った者が名乗れる称号みたいなものだということがわかった。
学校を卒業した者が国との契約に基づいて魔術師団に入団し、防衛や機密に関する術式を伝授され、それらを駆使することにより、正式に魔術師として名乗ることが許されるのだそうだ。
学校で魔術師コースに進んだが、卒業後は魔術師団に入団しない、という人もいると思うのだが。そういった人とか、団を辞めた人たちは魔術師とは呼ばれないのだろうか? 不思議に思って、コークス先生に質問してみた。
ニッコリ笑って「いい質問ですね」といいながら、それについて詳しく教えてくれた。
魔術師団に進まないで別の職に就くことを選択した者は、学校で学んだ術式を全て封印され、基本教養のみを勉強した時点まで戻ることになる。
国と契約すれば、一部の術式の使用は認められ、職業として利用することが可能だ。例えば、薬草の知識と関連の術式を使った『調合師』や、使い魔を使役した『伝令師』など、様々な職業に就くことが許される。
これは退団した者にも当てはまることなのだそうだ。
なるほど、そこまでは理解できた。だが、悪事とかに使われることはないのだろうか?
魔術師団は師団長以下、統制がとれているようなので安心だろうが、一般の人が様々な場所で魔術を使っているならば、悪いことをしても見つからないだろうし、そんな人を見つけるのも大変そうだ。
「ああ、そこら辺はしっかりと管理されているのですよ」
術式は国との契約の範囲内で使用されるので、悪意を持って魔術を発動することができないのだ。
だから街の中、というか、国内の、魔術師団以外の魔術については管理されているらしい。
ん?魔術師団以外?
魔術師団こそ、国の管理下で悪意のある魔術師がいた場合はすぐに摘発されるのではないか?
私は、『魔術師団はどうか』という質問を先生に投げかけた。
それに対し、先生は少し難しい顔をしながら話をしてくれる。
「実は、魔術師団こそ悪意で使用する人間がいるのです。ここからは、こちら側の裏事情なんですが……」
コホンと小さく咳払いをしてラッセルとロイズ隊長をチラッと見ながら、少し声のトーンを落として話し始めた。
それによると、国境の防衛や国内の治安維持には、必ずしも悪意、この場合は敵意になるのだが、その意思が違反になるわけではない、ということなのだ。団員は内偵や潜入など、特殊な仕事もこなさないといけない役割も任されている。制限のある魔術では、いざという時、当人が危険に晒される可能性も考えられるのでは、という意見を反映し、魔術師団の魔術使用に関しては本人の自由意志に任せる、という国の判断になったのだ。
これにより、魔術師の中には、魔術を悪用する者も少なからず存在する、ということになってしまったらしい。
小ズルいことをする人間はどこの世界にも存在するようだ。団員をうまく手なづけて、悪事を働かせようとする者、団員自ら悪に染まってしまう者などだ。
悪用がバレたり、逮捕された場合、団からは追放になるので、魔術の使用は封印され、術式を用いた職業に転職することもできなくなる。これら、追放者のことを『異端者』やら『異端の魔女』などと呼び、尊敬とは真逆の、侮蔑の目を向けられることになるのだ。
「サランディアさんも悪いことしちゃったんですか? 私には優しくて温かい人でしたけど」
彼女がそんなに悪い人だったようには思えなかったので、確認のために聞いてみた。
「サランディアは、四年前の第二王子からの婚約破棄の件で、王族に逆らったために魔術師団から追放、とされています。王族と当時の対外的な国の事情があったのですが、急なこと故彼女的には言い渡された初めの頃は納得できなかったと思いますよ。残念なことに、表向き、追放者の扱いにしなければ、相手国に受け入れてもらえない状況にまでなっていたので、第二王子と国の立場、両方のことを慮って不本意ながら『魔女』と呼ばれる存在にならざるを得なかったわけなんですよ」




