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35.元凶はお前じゃっ!

 その時、一陣の風がフワッと渦中の二人に纏わりついた。


 レイニーさんの爆発しそうな雰囲気が一瞬で霧散して、彼女は風が起きた原因を探し始める。

 ルディの胸元を握ったまま、意識だけを四方に飛ばして、周囲を伺っているのがわかった。


 ちょうどコーナーになった誰もいないその先に、彼女は鋭い視線を投げかけながら噛み付くように問いただす。


「やーっとお出ましだねっ。アンタの部隊はナンパと失礼な態度ってのが通常業務に組み込まれているのかい」


 誰もいないと思われた向こうから、ゆらりと出てきたのは、貴族風の衣装を見に纏ったスラリとした男性だった。


「レイニーのご機嫌を損ねるとは、ルディはどんなこと言ったんだい? レディに恥をかかせるような言動は決してするな、とは指導していたはずなんだけどねぇ」


 人当たりのよさそうな、優しい笑顔の紳士が二人の間に割って入る。

 レイニーさんの前に立って優雅に挨拶すると、斜め後ろに下がったルディをチラリと見て「後からおしおきだね」と小さく呟いた。


 途端にルディは、レイニーさんの前にいた時よりも激しい動揺を見せてから、目の前には何も映ってないかのような虚ろな目をして固まってしまった。

 心配になって袖を軽く引っ張ってみるが、もはや反応を示さない人形のようになってしまって、話を聞くこともできない。


 ブツブツと小声で何か言っているようだが、あまりよく聞き取れない。かろうじて聞き取れた内容は


「俺は悪くない、ただこの師団の内情を説明しただけなんだ。俺は悪くない、だって事実をありのままに伝えただけで。俺は悪くない……」


 と、こんな感じだった。

 ルディ、正直さや素直さがかえって自分の首を絞めることもあるんだよ……


 本日二度目の仏様を拝むポーズをして、私はあまり酷いことにならないように、と祈ってあげた。


「君が噂の仔猫ちゃんかい? ふむ……なるほどねぇ、君……仔猫にならなくても、充分に可愛いサーラ猫ちゃんだね。僕はランドルフ・ロイズ、ランディって呼んでくれ。よかったら今度僕とデートしようよ」

「ああ、あなたが噂のタラシ隊長、ロイズさんですか。私の名前、知ってるんですね。月宮沙羅、サーラって呼ばれてます……はじめまして」


『はじめまして』と発言すると同時に、ハグされて右頰にフワッとしたキスを落とされた。


 はい? なんだよこの人、手馴れた感じでスキンシップするのは初対面の人にはどうかね。あたしゃアンタの恋人でも親族でもないぞ?


 キスされた頬を押さえてロイズさんに抗議しようとしたが、瞬時に彼は私からバッと離れる。


 目の前を風が通り過ぎた。

 よくよくみると、ロイズさんに向かってレイニーさんの蹴りが繰り出され、それをすんでのところで受け止め、手持ちの杖で喉の急所を突くも、やはりこれも止められてしまう、という格好が目に映った。


「こんの……アンタのそれでウチの部下が何人骨抜きにされたと思うのさっ。そういう思わせぶりな態度は前からやめろって何度も言ってるじゃないかっ、エセフェミニストめっ!」


 うんうん、レイニーさんの怒りもごもっともだぁね。

 私も男性免疫ないからドキッとしちゃったモン。

 私は乙女ゲームやテレビとかでしか見たことなかったけど、そういうスキンシップもあるってこと、知ってると知ってないとじゃ反応が違うよね。


 ミラーズさんの不甲斐なさが世間では全く違う評価なのも、ロイズさんの女性にスキンシップ多めなのに対する不満も、よくわかった。これじゃあレイニーさんが荒れるワケだ。

 最初はワガママ女王様的な人なのかと思ってたんだけど……内情を知った今、同情の気持ちしかでてこない。


 頑張れレイニーさん、あなたの満足する状況になれる日を祈って。


 色の濃い隊長連中との対面にとっても疲れてしまったので、早々に部屋に戻ることにした。三人のバタバタ劇がまだ続いている中、聞こえているかわからないけれども軽く辞去の挨拶をする。ルディにも挨拶しようとしたら、まだ魂の抜けた顔をしている。


 肩に手を置き「ファイト」と声をかけ、そのままその場を去った。まあ、隊長からの長いお説教をくらうんだろうが、私は悪くないモン。ルディから内情聞いただけだからね。

 しかしながら、キッカケになったのは私への説明だったワケだが。日を改めてルディのご機嫌をとっておくかな。


 部屋の中では、ラッセルとコークス先生がお茶を飲みながら、様々な書類を並べて話し合いをしていたようだ。私を確認すると、先生がにこやかに話しかけてくれる。


「廊下での各隊長との面談はどうでしたか? なかなか味のある人たちでしょう? 険悪な気配が感じられなかったので、みなさんあなたを気に入られたようですね」

「いやあ、レイニー隊長とロイズ隊長はものすごく険悪でしたよ?」

「ふふふ、あの方々はあれが通常ですから。仲の良いことです」


 あれで仲がいいだって? やっぱり魔術師連中って変な人ばっかじゃん。私にはまだまだ理解できない領域があるみたい。

 なんとも微妙な表情を浮かべて、促されるままにソファで寛ぐ。

 と、今さっき対面したばかりのロイズ隊長が部屋にやってきた。


 おやや? と彼を見ていたら、にこやかな笑顔で「師団長と打ち合わせがあってね」と答えをもらう。

 表情から察してもらえるなんて、さすが紳士、空気が読める男だわ。


 私は邪魔にならないように席を外して、離れた場所で勉強をすることにした。

 まだまだ頭に叩き込まないといけない常識やしきたりがいっぱいだからね。


 ソファでは、先ほどの会議の内容に付随したものらしく、着々と作戦が進んでいるのがわかった。

 私も、自分のせいで周りの皆さんに迷惑かけることがないように、出来るだけ貴族っぽく振る舞う練習をしなくちゃね。


 集中して勉強していたら、あっという間に時間も過ぎたらしい、向こうの打ち合わせもひと段落して談笑してるのが耳に届く。


 チラリとみた私の視線にロイズ隊長が気づいたようで、話の内容を私のことに切り替えてきた。


「それにしても、師団長がここまで目をかける人物が現れようとは。彼女、何者ですか?」

「何者、と言われてもな。表現し難いが……ふむ、やはり『異物』だな」


 カッチーンっ!


 またもや『異物』扱いかいっ。

 思わずラッセルに向かって鬼の形相になり、両手の指先を曲げ、全指でヤツの顔を引っ掻いてやろうと頭を低くして身構えた。


 それを見かけたロイズ隊長は、すかさず私の側に来て、優しく片手を包み込むようにしながら話しかけてきた。


「可愛いレディにそんな態度をとらせるなんて、師団長はまだまだ女性の気持ちに(うと)いですね。本来女性は()でるものであって、決して(けな)すものではないのですから」


 ニッコリと笑って「ねえ、そう思うでしょ?」と言われたら、さっきの毒気も抜かれてしまう。

 なるほど、こりゃ免疫ない女子にゃイチコロだわぃ。

 しかしなあ、私の怒りの矛先はラッセルであって、アンタには関係ない。そもそもアンタのその薄っぺらい態度に問題あるんじゃないの?

 しかーも、優しい言葉をかけて穏便に済ませようとする手馴れた感じに少々苛立つ。それだからレイニーさんだってイライラするわけじゃん。


 甘ったるい言葉と態度で私を丸め込もうという魂胆と、うやむやにしてさっさと話を先に進めたい、という思惑が透けて見えて、だんだんと腹が立ってきた。話を進めるのは私が一言ラッセルに物申してからよっ。アンタがどうこう決める権利はないわっ。不満を吐き出してスッキリしたんだったら、その後は適当に丸め込まれてやるわよっ。


 ふん、いかにアンタが乙女ゲームから抜け出してきたような王子様キャラだとて、私が君に落ちることはない。

 昔の、ゲームにハマってた頃の私に向かって言ってくれてたら、萌えキュンしてただろうがなっ。

 アタシゃ、乙女ゲームはとっくに卒業してんのさっ。


 すかさず私も極上の笑みを浮かべてロイズ隊長に向き合い、次の瞬間、渾身のアッパーカットをお見舞いした。


 よっしゃ、決まった!

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