33.プチピーンチ!
部屋に戻ると、先生はルディに指示を出してどこかへ消えてしまった。
所在無げに入り口に立ち尽くしている私に向かって、ルディからソファに座るように促される。
「まあゆっくりしようぜ、といってもこの部屋、師団長の部屋なんだよなぁ。当たり前に出入りしてる俺って……」
両頬に手をあて「順応ってこわーい」と戯ける彼を見ていたら、少し緊張が解けてくすっと笑いが顔に出る。
「やっと笑ったな。サーラに不安そうな顔は似合わねぇよ。もっと堂々としてろ」
「やだ、私そんな顔してた?」
ルディがコクンと頷いてからこちらへ体を向けた。
「俺たちはサーラが言ってることが正しいって信じてるよ。問題はカシアス殿下の周りがキナ臭いってこと……おっと、ヤベぇ、副師団長に怒られる」
「え? ハルが狙われてるってこと? ねぇ、大丈夫かな」
心配になって詰め寄るが、口元を押さえて誤魔化す仕草をされ「お茶でも飲もうか」とはぐらかされる。
ジッとルディを見続けてみたが、なかなか口を割ってくれる気配はない。ふん、と鼻息ひとつ吐き出して、ソファにドスンと座った。
程なくして部屋の扉が開き、ラッセルと先生、その他の部隊長クラスの人たちが入ってきた。
「ねぇ、ハルが狙われてるの? 学校にいても平気? 襲撃されない?」
今思っている不安を全てラッセルにぶつけて、答えを待つ。
「大丈夫だ」の一言が欲しかった。
しばらく一緒に過ごしているうちに、ラッセルが発する言葉が、どれだけの安心感と自信をくれるのかを感じはじめてきたからだ。
「カシアス様の護りは強化してある。私の使い魔と部下も新たに配置した。安心して良い」
頭に手を乗せられて、その手の重さの分安心を体に感じ、ふう、と安堵した。
先生が今回の調査報告と対策会議ということで、その場にいる面々に語り始める。
「サーラ、あなたも考えている通り、あの子たちは記憶操作されていると思われます」
やっぱりそうなんだ……でも、それだったらハルを保護したり、いろいろな対策をとった方がいいと思うんだけど。
さっき聞いた話だと、何度か危険な場面も経験るという。
私の心配を察してか、先生をはじめ、みんなが安心しなさいと目で訴えかける。
「あなたの意見を聞いて、早々にあの場を立ったのは、これ以上敵に警戒させない、という理由もありました」
そう前置きして詳しい説明をしてくれた。
先生が記憶が操作されていると確信したのは、師団に帰ってきてからの過去の報告書類を確認した時だったそうだ。
何日か前までの報告ではハルに接触している女の子は三人となっていたが、実際に話した時は二人になっていたこと。直接話したことを鵜呑みにしかけたが、帰ってから書類と照らし合わせた結果、記憶を誤魔化されていたことがわかったらしい。
「私も危うく騙されてしまうところでした。これも呪術の技でしょうか。何かを贄にして施す術はまだ解明されてない部分が多く、我々も対抗しづらいですね」
第ニ部隊、攻撃に特化した魔術師の部隊をまとめる隊長のミラーズ様、第三部隊、女性専門の特殊工作魔術師をまとめる部隊長のレイニーさんも困惑したままの顔になっている。
第四部隊長さんは、と見回すと、王族護衛の任務に就いているため不在とのことだった。
「まだこの呪術師が、国内で本格始動していない今のうちに、叩き潰してしまうことが得策と考えられる。カシアス様の周りのみに限られているのはいい機会だ。炙り出して目的を聞き出そうか」
ラッセルが不敵な笑みを薄っすらと浮かべ、隊長面々に語りかける。
この場にいる他の連中が一気に緊張したのがわかるくらい空気が変わった。
「作戦内容はこの通りです」
ラッセルの言葉を受けて、先生が細かい内容を皆に説明しはじめた。
近々ロックウェル伯爵家で、令嬢のために大々的に晩餐会を開いてもらうことにしたらしい。そこにハルとフィルなど、学校で仲の良くなった友人たちを参加させて、呪術師をうまく誘い出す方法だということだ。
幸い国内の要所に配置した魔術結界には特別な影響を受けていないということなので、学校内のみに限定された動きをしているだろうと予測しているらしい。
「ハルを囮にするってこと? 危険じゃないの?」
「カシアス様には確認済みだ。むしろできる限り協力したいという申し出を受けた。そこでだ、月宮沙羅。君にもカシアス様の同行者として、晩餐会へ参加してもらうことにした」
ん? 私も参加って?
え……と、つまり晩餐会でお上品に談笑してダンスするってことか。ふむ……
「はあーー? 私まだダンスも全部覚えきってないんですけどおっ! このままだと庶民丸出しでしょうがっ。ボロを隠せるまでまだまだ時間が必要なんだけど!」
素っ頓狂な声をあげて抗議してみた。が、私の意見など採用されるはずもなく……
「君に技術的な部分は求めていない。前にも言っただろう、君は他人の魔力に染まりやすい。カシアス様の側に無防備な君を付けておけば、敵は間違いなく君の方をターゲットに選ぶはずだ」
「なるほど。ならハルは安全になるワケだ……て私の方がムッチャ危険じゃん! 私がエサになって魔女を釣り上げろってことかいなっ」
ラッセルは意外そうな顔をして私に確認をするように話をした。
「君はカシアス様のために多少の危険な役割は引き受けてくれるのだろう? この任務は君にしかできないことだし、君なら前向きに協力してくれると思って任せたのだが……」
ふう、と深いため息と共に少し難しい顔をして考え込む様子のラッセルをみるのは、ここしばらく見かけなかったものだから、私も噛み付くような声を少しだけ抑えた。
「さて、どうしたものか……」
アゴに手をかけて俯きがちに考えている彼の姿を見ていると、今まで頼ってきた分、ここからは私がなんとかしてあげないといけない、という気分になってくる。
「そこまで言うのなら、このサーラちゃんが頑張らなくもないけどさっ」
ヤツの声が少し落胆したような響きを含んでいたので、反抗した私の方が都合悪く感じてしまい、つい気前のいい返事をしてしまった。
すると、例の意地の悪そうな笑みを顔に浮かべ「言質はとった、頑張ってくれたまえ」とサックリと言われてしまった。
私たちのやりとりを見て、二人の隊長さんとルディは呆気にとられたような表情のまま固まっている。先生は肩を震わせながら笑いを堪えるのに必死な様子。
悔しがる私を尻目に、ラッセルは淡々と作戦内容について詰めた話し合いを進めようとしている。
笑いを含んだ声で体を震わせながら、先生は再び説明を始めた。
内容が内容なので、笑いも早々に収まり、真剣な表情に変わる頃には細かなところまで計画が展開していた。
私は私で、頭の中はダンスのステップがバリバリ展開していたが……
ひと通り確認が終わって会議はお開きになった。
結構重苦しい雰囲気だったので、私もひと息つこうと廊下に出て大きく伸びをしている時だった。
「あなたが噂の眠り姫?」
私にとっては不名誉な、ルディからもらったアダ名で呼ばれた。誰よ、と思ってキッとした目で見遣ると、先程同席した女性隊長のレイニーさんだった。
なんか迫力がある人だなぁ、と思って見ていると、急にグイッと両肩を掴まれて顔を覗き込まれた。
まるで値踏みでもされるようなレイニーさんの表情に、得体の知れない恐怖を感じる。
これ……ドラマでよく観るヤツかも。
やられたことはないが、カツアゲかリンチに発展するシチュエーションではないだろか……
も、もしかして。
私がラッセルにあんなに噛み付いた会話をしていたのが気に入らなかったのか。
尊敬する人や憧れの人が私みたいなポッと出の人間とヘラヘラやりとりするなんて、とか思ってるかもしれないし。
私が知らなかっただけで、実は恋人でした、とかだったら同居生活なんて許せない状況だし……
考えてみればラッセルのプライベートなんて、まるで頭になかったわ。いきなり自分の恋人が得体の知れない女と一緒なんて、修羅場にならないワケがない。
マズい、非常にマズい状況に陥ってるぞ、私。この姉ちゃんにシバカレテマウ……
プチピンチやねん、助けてくれやっ!




