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31.うへっ、キモい!

 急いでみんなに思い出したことを伝えようとしたら、また首が熱を持ち始める。


「あの……痛っ。く、首……ぐぁっ」


 頭が割れるように痛む中で、微かに三人の声が響く。荒い息を繰り返し、なんとか意識を保とうとするが、黒い沼の中にズブズブと引き摺り込まれるような感覚に悲鳴をあげた。


 必死にもがいて逃れようとするが、沼の中の手が私の足を離さない。腕だけで這いずり、抵抗しているのだが、それもだんだんと痺れて取り込まれようとしている。


 もうダメだ……一気に肩口まで引き摺り込まれ、息も苦しくなってきた。最後のひと息を吐ききって、意識を閉ざそうとした。


 グイッと誰かが私の手を掴んだ。

 その手に誘導されたおかげで、体が黒い沼から抜けてこられた。


 助かった……目の前が急に明るくなって、意識もそれにつられて浮上してくる。


 ゆっくりと目を開けると、心配顔をして覗き込んでいるコークス先生とルディがいた。


「あ……助かった……」


 私が小さく声を出すと、二人はあからさまにホッとした表情に変わり、笑顔になる。

 そして間髪いれず、コークス先生が床に落ちている黒っぽい何かを杖でグチャッと潰した。


 よく見ると、アメーバ状になっている中心部分から、蜘蛛のように手足が複数本でて、ウネウネと動き回れるようになっているようだ。大きさでいったら、全体が握り拳よりやや小ぶりな形状をしている。

 気味悪く眉をひそめると、すぐ近くからラッセルの声が聞こえた。


「それが君の首にくっついていたものの正体だ。今処分したから、もう具合が悪くなることもなかろう」


 うぇっ、気持ち悪っ。でもずいぶんと体が軽い。あの(だる)さと冷えがなくなったのは久々だ。

 ちょっと体をズラすとラッセルの顔があった。彼のおかげで元通りの体調になったのだろう、お礼を言っておこう。


「ありがとうございますね、おかげで楽になりました。今まで不調だった分、お勉強もダンスも頑張りますから」


 ニッコリ笑ってお礼を言っていたのだが、途中でふと、この体勢が気になった。なんだかゴツいものの上に乗っかっているような……


 お尻の下を確認し、口を開けてから大きく息を吸い込んだ。同時にパチリと指が鳴る。


『ふんぎゃあーーーーっ!』


 カスカスの叫び声をあげてから、ハクハクと口を開け閉めした。たぶん目玉は飛び出さんばかりに剥き出しになってるだろう。


「君を守るためだ。緊急事態だったので多少の接触はやむを得ない。わかったなら私の上から退いてくれ」


 壊れた首振り人形のようにコクコクと頷き、表情が固まったまま、ゆっくりと立ち上がる。そこから先は、もう覚えていなかった。

 恥ずかしさに頭が真っ白になり、代わる代わる喋りかけられたらしいが、何をどう聞かれて、どう答えたのかもわからない。

 気がついたら、柔らかな日差しが窓辺を飾る、爽やかな朝だった。


 あー、昨日はやらかしちゃったよなぁ……


 そんなことを考えながらサイドテーブルを見ると、何やらメモ書きが残されている。


『起きたら呼び鈴を鳴らすこと』


 ふむ、と指示に従うと、少ししてからコークス先生と侍女さんらしき人が二人やってきた。手伝ってもらいつつお着替えを済ませ、先生と朝食をとるようセッティングしてもらう。


 コークス先生はニコニコしてるが、私は昨日のラッセルに抱っこされてたシーンが蘇って、全身が火照って目が合わせられない。

 あんな格好を見られたと思ったら、恥ずかし過ぎて身悶えで死ねるかもしれない。


「サーラ、そんなにビクビクしなくても、からかったりしませんよ。長も言っていたではないですか。非常事態だと」

「ホントに? 私、男性とあれだけ近い距離だと苦手意識が働いちゃって。ラッセルには助けてもらったのに悪いことしちゃったわ」


 少し反省して先生に話すと、ラッセルは気にしていないはずだと教えてくれる。それよりも、と話題を昨日の魔物の件についてに切り替えてきた。


 まずは朝食をとりながら、昨日私がどんな状態だったのかを教えてもらった。


 あの時私は、首を押さえたと同時に意識を失って、その場に崩れ落ちたそうだ。

 顔色が急激に悪くなってひきつけを起こすと、首の後ろがモソモソとイビツな風に動き始めたらしい。


 それをみたラッセルが、私に飛びつき、先生とルディにも私を押さえ込むようにと指示。

 ラッセルが呪文を唱えると、私の首筋が赤みを帯びて、その部分から彼は、例の黒い魔物を無理やり引きずり出したらしい。


 暴れる私の右脚と右手を先生、左脚と左手をルディが押さえ、肩口から私を抱き込むように押さえて魔物退治をしたため、最終的にラッセルの膝の上に乗っかる形になった、ということだ。


「ああいった魔物を相手の体内に埋めて操る術は、昔から異端とされる術でして。魔術というより、もはや呪術になる、と言っておられました」

「呪術……」


 ゾクリと寒気を感じ、両腕を交差させてギュッと自分を抱きしめる。

 俯いていた顔をあげると、心配した表情のコークス先生がいた。


「大丈夫ですか? 今日は体を休める日にしましょうね。精神的にも休んだ方が無難です。そのかわり、私とお話をしましょうか、ルディも呼びましょう」


 話、といえば。

 昨日思い出したことを伝えなければ、と先生に話しをし始めた。


 学校で覗いたハルの教室の中に、あの赤い目をした魔女がいたことを。しかも私が知っている人物だった。たぶん私は邪魔だったから攻撃されたんじゃないか。そう考えるとハルが危ない。


「先生、ハルの教室に赤い目の魔女がいるんです。それを伝えようとしたら首に痛みが走って……早くハルを守らないとっ」

「何ですって……わかりました、長にお伺いして早々に対処しましょう」


 足早に机に向かい、何かを書き留めた紙を魔術で何方向にも飛ばした。作業中にルディがやってきて、先生と軽く話した後私にこう言った。


「これから学校へ行く。サーラは案内役だ。ただし魔女のターゲットにされるとマズいから、俺たちの側は絶対に離れるな。あとこれ」


 手渡されたのは薄いベールとブレスレットだ。なんでかなと考えていたら、それについて説明を受けた。


「このベールで顔を隠すんだ。お前、魔女と面識あるだろうから、知られるとマズい。あとブレスレットは簡単な防御魔術が組み込まれている。攻撃受けたら、ある程度は防げるだろう」


 渡された二つを握りしめルディを見ると、ニコッと笑って頭を軽く撫でてくれた。


「大丈夫だって。何かあれば師団長もすぐに飛んでくるさ。俺たち二人だって相当強いんだぜ、任せろよ」


 そう太鼓判を押され、安心しないわけがない。私はルディのルディの両手を掴み、ギュッと握りしめて「お願いします」と頭を下げた。


 私の素直に態度にいつもと違う雰囲気を感じたのか、少々たじろぎ気味に「お、おう、任せろ」ともう一度言ってくれた。


 先生も各方面との連絡が終わり、私とルディの側に来た。


「カシアス殿下の護りは、私の甥に強化させています。危険があればすぐに連絡がとれますので」

「先生の甥っ子? もしかしてフィルのことですか?」

「ええ、そうです。あれでもかなり信頼できると思いますよ」


 やっぱり……知り合いかって聞いたのにぃっ!

 キッパリ否定するから関わりない人だと思っちゃったじゃないの。フィルのバカ!

 もうちょっと利用できたのに……て考えがよくないからか。確かにね。


 でもさぁ……あとでフィルを問い詰めてやるわよっ!


「サーラには長から確認するように、と伝えられていることがあります」


 と前置きしてから、その内容を聞いた。


『カシアス様のために命をかける覚悟はあるか?』


 その言葉の重みに一瞬、ドキンと心臓が跳ねる。


 今の私にそこまでの覚悟があるのか。

 答えは……頭の中には、応とも否とも浮かんでこない。


 それでもハルには恩義がある。

 彼にはこの世界と生活に慣れるまでに守ってもらった。その恩を返すのは今なのかもしれない。


 決心して、今の気持ちを先生に正直に伝えた。


「命をかけるほどの覚悟はまだないかもしれません。でも、できる限りハルを守りたい気持ちは確かです。だから多少危険なことでも私、協力しますよ?」


 それを聞いた先生は『やはり、長の言う通りでしたね』とニッコリして呟いた。


 ラッセルが私の評価をどう下しているのかはわからないが、ある程度認めてくれている、ということなんだろう。

 なぜか、ちょっと自信が湧いてくる。


 今ならあの魔女とやり合っても負けないような気分になった。


 さあ、学校へ行って魔女との対決だ!

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