28.怖っ!
気づくともう明け方近くになっていた。
そんなに覚えた内容もないのに朝になってるってことは、結構夜遅い時間から読み始めたってことかしらね。
ラッセルは、と確認すると、ソファで軽く目を閉じて、仮眠を取っているようだ。
私が眠るためにネコに戻るのを待っててくれたのだろう。昨日の騒ぎを考えると、誰かがくる前に、戻っておいた方が良さそうだ。
そう思って立ち上がった瞬間、彼はパチリと目を覚まし、即座に行動し始めた。私が何か言う前に、ふわんと魔法がかかりネコになる。
今日はダンスレッスンを休んでいいと許可をもらい、そのまま寝るように言われた。
コークス先生にも連絡を入れてもらえる話だったので、それを聞いたら途端に眠気が襲ってくる。
ふらふらになりながら、ベッド脇のカゴに入ると、瞬く間に深い眠りの世界に入っていった。
寝入りばなに体が持ち上がり、どこかゆったりとした場所に移動したようだったが、気にするヒマもないくらい眠りこけてしまった。
ーー夢を見たーー
どこかの山の谷間のようなところだった。
ルディとコークス先生が真剣な顔をして、防御魔術とおぼしきものを張っている。私が以前、崩れた棟でみたコークス先生の魔法陣よりも、はるかに大きくて複雑な模様になっているようだ。
反対側にいる相手は、燃えるように真っ赤な髪をした女だ。その女が下品な嗤い声をあげながら、二人の魔法陣に向かって何度も何度も、繰り返して攻撃を当てているようなのだ。
女の攻撃の威力はかなり強いらしく、こちら側の防御の陣が赤く反応している。
二人の顔が少し歪んで、歯をくいしばるような感じになった。陣を保つのが厳しいのか、額には汗、顔色は赤いというよりむしろ蒼白で、今にも倒れそうな、そんな様子だ。
それに乗じてなのか、女が狂ったようにバンバン攻撃の光を撃ち込んでくる。その目は常人とは言えないようなギラギラとした異様な光を帯びていて、口の端からもヨダレなのか泡なのか、ダラダラと液体を流しながら嗤い続けている。
その女が、フッと私の方に意識と顔を向け、ニタァと嗤う。
その顔が怖すぎて目が逸らせない……
「ひっ……」
ーー喰われるーー
そう感じた瞬間、絶叫しながら目を覚ました。
荒い息を繰り返し、全身からダラダラと汗が流れているのがわかる。
気持ち悪い……首筋を伝う汗が今の恐怖を、否が応でも思い出させる。
震える両手で自分のあちこちに触り、五体満足であることを確認すると、安堵のため息が漏れた。
「よかった……食べられていない……」
勢いよくラッセルが部屋に入ってきた。その音にまたビクついて、体を小さく固くして息をひそめる。
その姿と、こちらに歩いてくるのを視認して、改めて安堵のため息を漏らす。
彼は、少し眉をひそめてから「何があった」と尋ねてくる。
向こうも穏やかでない雰囲気を出しているのを本能で感じ、膝を抱えてキツく目を閉じた。
首を横に振って話しを拒否するが、アゴに手をかけられ強制的に上を向かされる。
ゆったりとあやすような手つきで頭を何度か撫でてもらううちに、やっとリラックスできるようになって、深呼吸をひとつしてから、目を開けて、今見た夢の話をすることにした。
赤い髪の女のこと、ルディとコークス先生が二人がかりで防御陣を張っていたこと、そして何より、女と目が合った時、喰われそうに感じたこと。
全てを一気に話し終えたら、胸のつかえが取れたかのように落ち着いてきて、あれは夢だ、夢でよかった、と思えるようになった。
ひと通り私から話しを聞いたラッセルは、そうか、と一言言うと、黙り込んでしまった。
ほんの一、二分だったろうか、そのまま時間が経ち、おもむろに魔法陣を作り出すと、コークス先生とルディに部屋に来るよう、その陣に話しかけた。
少しの時間が過ぎて二人がやってくると、私がベッドの中に居るのをチラリと眺めつつ、口元を緩めながらラッセルの方に体を向けた。
三人がソファに座り、ラッセルが先ほどの話を説明する。
和やかな雰囲気が、途端に殺伐とした雰囲気に変わり、三人が三人とも眉間に皺を寄せて、意見を交わし始める。
その中で、耳が拾った言葉に自分でも軽いショックを受けてしまった。
「……なのだ。しかも、私が部屋を出る時、これはネコだった」
「つまり、彼女が目覚めた時、長の魔術が破られていた、ということですか?」
コークス先生の問いにラッセルが無言のまま頷く。ルディと先生は揃って私を見ながらゴクリと唾を飲み込んだ。
それに、とラッセルがさらに話しながら、窓辺を指してこう言った。
「あれを見てみろ。石が割れてる」
「なんとっ!」「あり得ねぇっ!」
先生とルディが同時に、信じられない、という動作で窓に近づきながら言葉を口に出す。
「これって団長の魔術の塊みたいなモンですよね。この部屋の護りを固めるための魔石が……これが割れるってことは、向こうの魔術がこちらの結界を破ってきたってことですか?」
「わからん、ただ月宮沙羅が自分の目を通して向こうの魔術師とリンクしたことで、こちらの結界になんらかの影響力を及ぼしていたのは確かだな」
ルディの質問にラッセルが今わかる範囲内での答えを返す。
「早急に私が会議場に出向いて、幹部を招集した話し合いをしなければならないと思ったのだが、この部屋ではこれの護りに不安があってな。とり急ぎ君たち二人を部屋に呼んだのだ」
「ちょおっとおー、何よ『これ』呼ばわりしないでよっ」
声を聞いたラッセルが、少し面白げに口の端を持ち上げて私に話しかける。
「やっと元気になったな。動けるか? 少し移動する。周りがうるさいから君にはネコななっててもらうが」
「別にどっちでもいいよ。今はアンタが側に居てくれる方が有難いわ。もうあの女に会わないって保証があるなら」
半分投げやりな、脱力した言い方で答えたのに、それに対する返しがない。
ひと言「大丈夫だ」という言葉があるだけで、こっちは安心するのに、その返事がないということは、今現在、私の身の安全は確保されている訳ではない、ということなのだ。
「君が見た夢は、たぶん予知夢だ。コークスもルーデウスもまだ赤い魔女には遭っていないし、今から対策をとれば窮地に陥ることはないだろう」
この言葉を聞いて、二人が少しは危険を回避することができるだろうと、胸を撫で下ろすことができた。
私も誰かの役に立てたかも、という嬉しさで、思わず笑顔になった。
「ただし、その能力を、向こうの魔術師が逆利用してくる可能性も考えられる。我々は、あらゆる可能性を考慮して、君を守らなければならない。敵国に利用される訳にはいかないからな」
「でもさ、一回見ただけじゃん。あの人にはもう会うこともないだろうし、会いたくないもん。夢だって見ないよ、ただの偶然だって」
そこまでおおごとにしないで欲しい。不安しかなくなるじゃない……
愛想笑いをしながら、この場の雰囲気を軽くしようとするが、ルディですら同調してくれない。
「一度だけの偶然ならいいが。君は生まれから生活まで普通と違うからな。この能力が開花しないことを祈ろう。そうでなければ、この国にどう影響を及ぼすか判断しかねる」
軽くショックを受けている自分がいた。
ラッセルにそんな風に思われていたなんて。
なんでよ、私ってまるで厄介者?
考えてみれば、私は彼を利用して日本に帰ることにしてたんだ。彼が私を利用するのだって理由はあるし、自国を守るのは彼の立場としては当然だ。
ここに住まわせてもらうのだってラッセルの好意だし、彼が私を利用するべく、どんな行動をしようと私が意見することではない。
なのに何でだろう、このガッカリしたようなモヤモヤ感は。
自分の気持ちがわからな過ぎて、余計にイライラする。
「お願い、早くネコにしてっ」
人間の姿だと涙が滲みそうになるのを必死で堪える。今はラッセルの顔をまともに見返す自信がなかった。




