26.ダンス、ダンス、ダンス!
ルンルン、ラーン。
今日から楽しいダンスレッスンだわ。
小学校の頃のフォークダンスくらいしか経験ないけど、そこそこリズム感はある方だと思うワケよ。楽勝楽勝ー。
ニコニコしながらレッスン場へ赴くと、ちょうど反対側からコン太がやって来て、入り口前で鉢合わせになる。
「「あ……」」
二人同時に口を開くと、そのままお見合いのように固まってしまった。
先に動いたのはコン太の方だった。
「アンタ、ホントにあん時のネコかよ。とりあえず女ってのは認めるぜ。ただし、レディと認めるのは俺より技術が上だったらだからな、覚えとけよ」
「はん、アンタみたいな若造に負けるワケにはいかないわ。こっちは人生の半分くらい賭けてやってんだから。跪せてやるわよっ」
火花が散るかもって威嚇をしてから部屋に入ろうとした。
と、目の前のドアがサッと開いた。
ん? と確認すると、しぶしぶながらもコン太が開けてくれたらしい。
意外に紳士な行動に、軽く目を見張って固まった。
「しょうがねぇだろ、こっから先、アンタはレディだ。仮だけどな。それ相応の対応はする」
全く厄介な、と呟く声も耳に入るが、それなりの扱いをしてくれることに変わりない。
「ありがとう」と礼を言って彼の手に自分の手を乗せて会場入りした。
少ししてからコークスさんがやってきてダンスの練習が始まった。
まずは基本のダンスの種類とステップ、それの練習というように、足さばきを叩きこまれる。慣れない筋肉を使うため、すぐに体が悲鳴をあげる。
「コ、コークスさん……か、体がついていかな……」
「サーラ、今、私は先生です。区別しましょう。思った以上に体力がないですね、今日から特別メニューを組みますので、空いた時間にこなしてください。三日おきにチェックします」
う……高校卒業してから、これといった運動から遠ざかっていたツケが今、回ってきている。
「お、鬼……」
「サーラ? 返事は『はい』のみです、余計な言葉は要りませんよ」
ニッコリ笑うコークスさん、いやコークス先生の爽やか顔は、ただの仮面だった事実を身をもって知った。
ラッセルの言葉は真実を伝えていた。言っていたではないか、敵に回したくない人物だと。
先生からの課題をこなし、結果を出さなければ、かなりヤバい事態になるだろうと容易に想像できて、思わず背筋が伸びる。
やっとの思いで今日のレッスンを終了し、先生を見送る。その場にヘタリ込む私を尻目に、コン太はアッサリとしたものだった。
「副師団長ってば、今日はずいぶん丁寧に教えてくれて助かった。アンタに合わせてくれたんだな、きっと。また明日な、えっと……」
「沙羅、でもサーラでも。私は何て呼ぶ? ヒューズ様かルーデウス様ってとこかしら」
うへっと言われ、苦笑いしたコン太から、畏まらなくて良いと許可をもらう。
「練習だしな、ルディでいいよ、また明日な、サーラ」
「ええ、また明日。私はもう少しここに居るわ。今歩けないし、先帰ってて」
おや、と不思議な顔を一瞬されてから、ああ、と小さく呟いたルディが、ゴニョゴニョの呪文を唱えたと同時にポワンと足が温かくなり、疲れが抜けた感じがした。
「アンタ、生活魔法も使えないんだったな。なら回復用の魔術とかぜってー無理だもんな、悪かった。あとは、と。部屋どこだよ、連れてってやる」
「んー、ありがと。魔術ってすごいのね、助かったわ。部屋はラッセルのとこだけど」
ルディはギョッとした顔で私に質問し、さらにピシッとした立ち姿で話を続ける。
「お前、師団長の女か? ヤッバい、大変失礼しました。今までの非礼、お許しください」
私は立ち上がると、慌てて訂正をする。
「いやいや、女じゃないって。あの人に後ろ立てしてもらってるだけ。こっちで頼る人がいないから、代理人になってもらってるんだ」
それを聞いたルディは肩の力を抜いて、大きく息を吐きだした。
「よかったー……師団長にどっか飛ばされるか半殺しかと思ったぜ。詳しいことは知らんが、結構複雑な事情抱えてるんだな、サーラも」
「へへ、誓ってあの人に恋愛感情なんか持たないわよ。私はあの人と勝負してるの」
ニヤッと笑った顔をルディに向け、貴族と肩を並べるくらいのレディになる話しを伝えた。その話しを聞いて、向こうも同じような笑顔を返してくる。
「面白れぇな、それ。師団長と勝負なんて、普通考えないぜ。そう言うことならさ、俺も協力するって。サーラが貴族連中の舞踏会に出ても周りの貴族を騙くらかせるくらい、完璧な仕上がりにしような」
私たちはガッチリと握手してお互いに不敵な笑いを浮かべて頷いた。
「うおー、俄然やる気出てきたぜ。明日もやるぞ、サーラ」
そう言ってから、移動の魔術でラッセルの部屋の前に送ってくれた。軽く手をあげ、挨拶して、その場で解散した。
部屋の中に入ってソファに座ったら、思った以上に疲れていたらしく、知らない間に眠りこけていたらしい。
「おい、起きろ、月宮沙羅。体調を崩すぞ」
「ふあ、ふぁい、先生……あと少し……」
疲れが溜まりすぎて、自分でも返事が返事になってないことだけは分かった。が、眠気の誘惑に勝てるワケもなく、またムニャムニャと眠りの淵に泳いでいきそうになる。
体がガクンと動かさせれ、ユラユラと気持ちのいい揺れに身を任せ、一時の幸せを感じ、笑顔になってる気がした。
遠くからラッセルの声が聞こえ、しきりに何か言われているようだが、それも子守唄のようで非常に心地よい。
すぐに深い眠りに入っていったようだが、最後に微かに感じたのは、頭を誰かにずっと撫でてもらっていたことかもしれない。
小さい頃、寝入りばなにお母さんにずっと撫でてもらっら記憶が蘇り、幸せいっぱいで眠れた。
次の日の朝、私が一番に発したのは、声になるかならないかの悲鳴だった。
「あ……ひぃぃ……でぇぁ」
ガクガクと震えながら、隣を見下ろすと、端正な黒髪の男がベッドにいたのだ。
そう、ラッセルだ。
「な、なな、なんで、あ、あ、アンタが隣に寝てんのよ」
ゆっくりと目覚めたラッセルは、髪をかきあげながら私に言った。
「昨夜、あれほど声をかけたのに起きなかった君が悪い。私を掴んで離さないからネコに戻すこともできなくてな。結局そのままの状態でここに移動するしかなかった」
あれれ、私のせいか。申し訳なかったかなぁ。頬っぺたをカキカキして、なるべくラッセルの方を無視して、甘えたことを忘れようとした。
そして唐突に気づいてしまった。
バッと上掛けを剥がし、服を着ているかどうかの確認をした。大丈夫だ、キチンと着こんでいるし、下腹部に鈍痛もなし。ホッと胸を撫で下ろした。
しかし、自覚した途端に、全身の筋肉が悲鳴をあげて、今日は動きたくない、と抵抗を始める。
「安心しろ、私も女性を選ぶ権利くらいある。もう少し豊満な方が抱き心地もいいし好みだ」
「悪かったわよ、貧相な肉体でっ! て、痛、いっつ、たたたた……あうっ」
目の端に涙を浮かべて筋肉痛と闘っていると、昨日のルディと同じように、今度はラッセルが、この痛みを取り除いてくれた。
「ありがとう……ございま、す」
「ん? 丁寧な言いようだな、どうした?」
「別に。年齢がどうこうより、私を保護してくれる人ってことで、敬うことにしただけよ。でも私がお姉さんなんだからねっ、それは変わんないわよっ」
素直になるのが少しだけ気恥ずかしくって、怒ったフリで誤魔化した。
「くくっ、賢明な判断だ。コークスの指導はどうだった? 彼は成長が見られない者には容赦ないぞ」
「そうなのよ、聞いて……」
夢中になってダンスの話しを説明している間、二人でベッドに入ったままとか、ネコの姿でなかったとかは、頭の端からホロリと抜けていた。食事が運ばれてきた時に我に返って、再び絶叫モードに入ったことは、後から指摘されても否定できない事実だった。




